12-7「質問」

 僕らは建物の中を移動し、やがて、ある扉の前へと案内された。

 どうやら、その扉で隔(へだ)てられた一室に、カイザーが勾留されている様だった。


「フリードリヒ、まだ起きているだろ? 急ですまないが、いくつか確認したいことがある。協力してもらいたい」


 モリス大尉は扉をノックすると、そう用件を伝えた。その態度からは、カイザーのことを犯罪者として過酷(かこく)にあつかっているわけでは無く、一定の配慮を持っていることが見て取れた。

 返事は、すぐに返って来た。


「はい、起きていますよ、大尉殿。ご用件をどうぞ」


 その声を聞いて、僕は少し、ほっとした。元気そうな声だ。

 モリス大尉は僕らの方を一度振り向き、静かにしていろよと唇(くちびる)に人差し指を当てて合図すると、カイザーへの質問を始めた。


「フリードリヒ、改めて確認するが、レイチェル中尉とカルロス軍曹の乗機、機体番号138号機と142号機に規定以外の燃料を使用するという破壊工作を行ったのは、貴様で間違いはないか? 」

「はい。俺がやりました」

「こんなことをやった理由は? 」

「言えません」

「誰に指示された? 」

「言えません」

「他に協力者はいたのか? 」

「いえ、俺が1人だけでやりました」

「どうしてこんなことをやったんだ? 」

「分かりません」

「フリードリヒ、それじゃ困るんだ。言えませんとか、分かりませんとか、隠す様な返事ばかりじゃないか。それじゃぁ、こちらも捜査(そうさ)にならない。このまま非協力的な態度を取り続けると、より厳しい罪に問われることにもなりかねないんだぞ」

「はい。それでも俺はかまいません」

「……まったく、仕方が無いな。フリードリヒ、本格的な取り調べはまた後日に行うが、その時までにもう少し素直に話をしてくれる様に、考え直しておいてくれ。……では、今回はこれで失礼する」


 扉一枚を間に挟(はさ)んで行われたモリス大尉による質問は、それで全てである様だった。

 大尉は扉から離(はな)れ、無言のまま手ぶりだけで僕らに合図を出すと、カミーユ少佐が待っている部屋へと向かう。僕らも、これまでと同じ様にできるだけ静かに、大尉の後についていった。


 部屋に戻ると、そこの光景は一変していた。

 書類が山積みにされていた机の上が片づけられ、代わりにティーカップが4つ用意されていた。机の周囲には人数分の椅子(いす)も用意され、カミーユ少佐が鉄製のポットを準備して待っていた。


「お疲れ様、大尉。フリードリヒは、どうでしたか? 」

「相変わらずですよ、少佐殿」


 モリス大尉はカミーユ少佐の確認に肩をすくめて答え、用意されていた椅子(いす)の一つに腰かけた。


「2人とも、どうぞ、座って。お茶を淹れたんだ。話はお茶を飲みながらにしよう」


 次の行動をどうするべきかで迷っていた僕とライカに、カミーユ少佐はそう言って椅子(いす)に座る様にうながした。

 僕とライカは一度お互いに顔を見合わせると、カミーユ少佐の言葉を無視するわけにもいかず、すすめられた通り、椅子(いす)に腰かけることにした。


 用意されていたティーカップにポットからお茶が注(そそ)がれる。カミーユ少佐はまずモリス大尉にカップをすすめた後、僕らにもどうぞと言って、最後に自分の分のカップを手に取って着席した。

 どうやら、階級はカミーユ少佐の方が上ではあったが、少佐は年長者としてモリス大尉へ相応(そうおう)の敬意をはらっている様子だった。


 お茶を一口すすると、僕らが普段から飲んでいるのと同じ種類のお茶の味がした。ありきたりな味だったが、気持ちが落ち着く味だ。


「さて、2人とも。フリードリヒの声を聞いて、何か思いついたことはないかな? 」


 僕らが一息ついたところで、カミーユ少佐は本題を切り出した。


 僕は2口目のお茶をすすりながら、どんな風に答えようかと考える。

 先ほどのモリス大尉によるカイザーへの確認で、僕に分かったことは1つだけだった。


 カイザーは、誰かをかばっている。

 モリス大尉の質問の内、カイザーが明確に答えたのは2つだけだった。自分が破壊工作をやったということと、それを自分1人だけでやった、という2点だ。

 他の質問には言えませんとか、分かりませんとかしか言わなかったのに、この部分だけはっきりと答えているのは、カイザーが、他にいる真犯人に追及が及ぶのを防ぐためだとしか考えられなかった。


 僕がその考えを言うと、カミーユ少佐はなるほどと言って頷(うなず)いた。


「誰かをかばっている、か。うん、それは十分にあり得るね」

「それなら、カイザーはやはり、無実なのではないでしょうか? 誰かをかばって、自分が犯人だと嘘を言ったのではないでしょうか? 」


 僕はカミーユ少佐がカイザーのことを信じてくれたと期待して、彼の方を見る。

 カミーユ少佐は、表情を変えないまま、お茶を一口すすった。それからカップを机の上に置くと、落ち着いた声ではっきりと言う。


「申し訳ないが、誰かをかばっているというだけで、フリードリヒが無実であるという証明はできない。スパイが複数いて、同じスパイを隠すために嘘をついているということも十分に考えられる。そして、もしそうであれば、彼の罪状はより重いと言わざるを得ない」


 僕は、何も言い返すことができなかった。

 できればカイザーの無実を証明するためにもっと何かをしたかったが、これ以上、僕には何も思いつかない。


「その……、モリス大尉。1つ、確認してもいいでしょうか? 」


 だが、ライカにはまだ、気づいた点がある様だった。

 ライカの質問に、モリス大尉は無言で頷(うなず)いて、話を続ける様にうながした。


「えっと、大尉殿が同じ内容の質問をされたのって、わざとだったんでしょうか? 」


 ライカのその言葉に、モリス大尉は少しだけ驚(おどろ)いた様な表情を見せ、それから、感心した様に口笛を吹いた。


「こいつは、驚(おどろ)いた。お嬢さんはなかなか鋭いじゃないか。パイロットを引退しても、探偵でやって行けるんじゃないか? ご希望なら、憲兵隊で歓迎するが」

「どうも、大尉殿。……そういうことでしたら、もう1つ思いついたことがあります。カイザーは、やっぱりスパイではないと思うんです」


 ライカの思いつきというのは、こういうものだった。


 モリス大尉は、カイザーに同じ質問をした。

 1回目は、「こんなことをやった理由は? 」

 2回目は、「どうしてこんなことをやったんだ? 」

 どちらも、言い方が少し変わっているだけで、質問の意味は同じだ。


 その質問に対して、カイザーは1回目に「言えません」、そして2回目に「分かりません」と答えた。

 全く同じ意味の答えに思えるが、2つの答え方には微妙な違いが存在する。


 言えないというのであれば、事情を全て知っているのに何らかの理由や意図があって言えない、という場合と、言いたくても何も知らないので言えない、という2通りが考えることができる。言えないという言葉だけでは、そのどちらとも確定することができない。

 だが、分からない、というのであれば、意味としては、自分も詳しくは理解していないので何も言うことができない、あるいは、自分ではうまく言語化できないといった意味を含む様になる。


 つまり、2回目の回答から、1回目の回答の意味が、言いたくても何も知らないので言えない、というものだと推定できる。


 もちろん、カイザーが自身の言葉に明確に定義を持っていたとは限らない。モリス大尉の質問に対し、回答をはぐらかすために適当に言っていただけかもしれない。

 そこには、何の意味も無いということだって、十分にあり得る話だ。

 だから、ライカの推理は、僕らの願望も入り混じったものであって、この場でそれが正解だと断言することはできなかった。


 それでも、僕はライカの推理を信じた。いや、信じたかった。

 もし、ライカの推理が正しいのであれば、カイザーはスパイとして破壊工作を実行したその動機を、自分自身では持っていない、あるいは知らないということになる。

 犯人であれば必ず知っているはずの重要な情報が欠けているということで、彼が真犯人をかばっているだけで、彼自身はスパイ行為には関与していない、という見方ができるようになるからだ。


「ライカ、君の推理は、根拠を持っているとは言えないものだ。だから、それをそのまま事実としてあつかうことはできない。……けれど、人間っていうのは、無意識の内にどんな言葉を口にするかを決めてしまうことがある。そんな時には、自分が隠していることや、秘密にしようとしていることを、うっかり漏(も)らしてしまうことだってあるものなんだよ。だから、モリス大尉はかまをかけたのさ」


 カミーユ少佐は、ライカの推理を肯定しなかった。

 だが、その言葉からは、カミーユ少佐もモリス大尉も、カイザーについて、ある共通の見解を持っているということが分かる。


 それは、カイザーが本物のスパイではなく、誰かをかばっているだけだという、僕が持ったのと同じ認識だ。


 2人はそのことを明確に口にはしなかったが、僕にはそう思えた。

 少なくとも、2人は疑いを持っている。事実を一つに決めてかかってはいない。

 そうでなければ、僕らが聞いている前でモリス大尉がわざわざあんな質問をするはずが無い。


 大尉はおそらく、少佐と彼自身が持っている見解を、カイザーを以前から知っている僕らが同じ様に持つかどうかを確認したかったのだろう。


 これによって、カイザーが勾留された状態が、即座に解除されるわけでは無かった。

 だが、少なくとも僕は、カミーユ少佐とモリス大尉が安易な結論を出すことなく、慎重に真実を探り出そうとしているのだということを、信じることができた。


 カミーユ少佐は、話の間中、少しも表情を変えることが無かった。

 それは、彼が、彼の感情を表に出すことで、僕らの思考に少しでも影響を与えることを避けるためだったのだろう。

 だが、話の終わりに時計を確認したカミーユ少佐は、僕らと一緒に食事をしていた時に見せた様な、優しい表情を見せた。


「さて、もうこんな時間だ。ライカ、それにミーレスさん。ご協力に感謝する。しかし、パイロットは明日も出撃があることだし、今夜はもう、部屋に戻って休んで欲しい。捜査(そうさ)のことは、俺と、モリス大尉にどうか任せてもらいたい」

「まぁ、そういうことだ。必ず事実は明らかにして見せるさ。……さぁ、部屋に戻って明日に備えてくれ。貴重なパイロットが疲労で倒れたなんてことになったら、それこそ問題になるしな」


 僕らは、カミーユ少佐とモリス大尉に言われた通り、自室へと引き返すことにした。


 恐らく、2人はこれからも夜遅くまで捜査(そうさ)を続けるつもりなのだろう。基地にいる人員の経歴を徹底的に洗い出し、本物のスパイの可能性がある人物を洗い出していくのだろう。


 カイザーがこれからどうなるのか、まだ心配ではあったが、少なくとも僕は、理不尽な結果にはならないだろうと、信じることができる様になっていた。

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