12-6「考え」
僕ら301Aには、翌日にも出撃の予定があった。
だから僕は、ハットン中佐に言われた通り、大人しく自室で休むつもりだった。
カイザーのことが心配で、ここ数日と同じ様にすぐには寝付けないかもしれなかったが、それでも目を閉じていれば少しは疲労も回復する。
できるだけ万全の状態に体調を整えることもパイロットとしての仕事だったし、体調不良なんかで未帰還になるのは、何とか避けたいものだった。
だが、僕がベッドに横になって目を閉じてから10分ほどして、誰かが部屋をノックした。
遠慮がちなノックだったが、まだ意識がはっきりしていたので、僕の耳にはしっかりと届いた。
僕にはノックをしたのが誰なのか見当がつかなかったが、わざわざこんなことをするのだから僕に用事があるのだろう。
僕はベッドから身体を起こし、脱いでいた上着を着直すと、ドアを開いた。
そこにいたのは、ライカだった。
「ライカ。いったいどうしたんだい? こんな時間に」
「うん、ミーレス、ごめんなさい。でも、ちょっと相談したいことがあって」
ライカは申し訳なさそうにそう言うと、それから小さく息を吸って、吐いて、意を決した様に僕を見上げた。
「私ね、やっぱり、納得がいかないの。ハットンおじさまはカミーユ兄さまたちに考えがあるんだろうっておっしゃっていたけど。……それがどんな考えなのか、私、どうしても知りたいの」
何と言うか、ライカらしい言葉だった。
彼女は元々、好奇心が強い性格をしている。今回の場合は、単純に知りたいという気持ちだけではなく、カミーユ少佐がこれからカイザーをどんな風にあつかうつもりなのかを心配しているのだろう。
「それでね、カミーユ兄さまに聞きに行きたいんだけど、何だか、1人じゃ心細くって。モリス大尉もいるだろうし……。ミーレス、お願い。一緒に来てくれない? 」
僕は、ほんの少しだけ考えた。
ハットン中佐が言っていた様に、カミーユ少佐には彼なりの考えがあるはずだった。それをわざわざ問いただしに行くことは、少佐やモリス大尉のことを信じていないということになりはしないだろうか。
「分かった。一緒に行くよ」
だが、僕はライカについて行くことにした。
僕自身、カミーユ少佐の考えがどんなものかを知りたかったし、それに、僕はライカの僚機だった。僚機の行動を僕が支援することは、別におかしなことでは無いはずだ。
「ありがと、ミーレス」
ライカは周りの迷惑にならない様に小さな声で僕へお礼を言うと、僕を先導して歩き始めた。
向かったのは、カミーユ少佐とモリス大尉が使用している建物だ。
ハットン中佐が2人に用意した建物で、少佐と大尉はそこを拠点として捜査(そうさ)を始めようとしていた。今はその建物内の一室がカイザーの勾留所ともなっている。
僕らは建物自体にはスムーズに入ることができたのだが、中で足止めされることになってしまった。警備のために憲兵が数名いて、僕らは彼らによって引き留められてしまったのだ。
警備についている憲兵たちは元々この基地にいた人々で、僕らとは顔見知りだった。だが、職務は職務だった。規律を守り維持することが仕事の憲兵であるだけに、なかなか融通(ゆうづう)がきかない。
状況を打開してくれたのは、モリス大尉だった。彼は僕らと憲兵たちとの押し問答を聞きつけ、そのたくましい肉体を部屋の中からのっそりと現し、憲兵たちに僕らを通す様にと言った。
おかげで、僕らはカミーユ少佐が捜査(そうさ)のために使用している部屋へと入ることができた。
部屋の中では、カミーユ少佐が待っていた。
基地は灯火管制下にあったが、部屋の中は電灯で照らされ、明るかった。代わりに厚手のカーテンが閉め切られており、外へ一切光を漏(も)らさないようになっている。
カミーユ少佐は用意された資料に目を通していたらしく、少佐の眼の前にある机には書類が山積みにされていた。基地にいる人員の経歴などをまとめた資料である様だった。
少佐は、部屋に入って来た僕らの姿を見ても、少しも驚(おどろ)いた様子を見せなかった。
「少佐殿のおっしゃっていた通りになりましたな」
僕らを部屋へと通した後、椅子には腰かけずドアのすぐ脇(わき)の壁に背中を預けたモリス大尉が、どこか楽しそうに笑みを浮かべた。
大尉のその言葉に、カミーユ少佐は肩をすくめて見せる。
「ライカは、昔から知りたがりだったからね。つき添(そ)いが一緒だとは思わなかったけれど」
少佐のその言葉に、ライカは唇をへの字にして、悔しそうだった。自分の行動が少佐に見透(みす)かされていたのが気に食わなかったのだろう。
それから、ライカは不満そうなまま、口を開く。
「カミーユ少佐。私が来ることを予想されていたのでしたら、用件もご承知のはずですよね? 部屋まで通してくれたということは、答えていただけると期待してもよろしいでしょうか。 少佐は、どの様なお考えでカイザーを逮捕なさったのですか? 自白があったというだけでは無いはずですよね? 」
ライカは少佐のことを兄さまと呼んでいるが、モリス大尉がいるのを考慮(こうりょ)してから、よりフォーマルな呼び方をした。
問われたカミーユ少佐の方はというと、右手の人差し指で数回、テーブルの表面をコツ、コツ、コツ、と叩いて、何かを考えている様子だった。
「考え、と言われても、特に無いな。俺が君たち2人を部屋に通したのは、やってもらいたいことがあるからだ」
少佐の表情からは、僕らをはぐらかしているのか、本当に考えなど持ち合わせていないのか、読み取ることはできなかった。
「やってもらいたいということは、何でしょうか? 」
僕は少佐の返答に感情的になり、つめよろうとするライカの肩をつかんでその場に押しとどめながら、少佐に確認する。
僕には少佐が何を意図しているのかは分からなかったが、彼は、今の状況で意味の無い行動をする様な人物には思えなかったからだ。
カミーユ少佐は、少しも表情を変えずに答える。
「簡単なことさ。これから、モリス大尉にお願いして、フリードリヒにいくつか確認をしてもらう。君たちはモリス大尉に同行して、彼がどんな風に答えるかを聞く。その上で、どんな風に感じたかを、俺に教えて欲しいんだ」
僕にはやはり、カミーユ少佐が何を考えているのかは分からなかった。
だが、少佐の言うとおりにすることで、僕にもいくらかメリットはある。
カイザーの今現在の状況を知ることができるし、何より、彼がどうして嘘(うそ)の自白をして、逮捕されることを選んだのかを、少しでも理解できるかもしれない。
「分かりました。ご協力します」
僕はカミーユ少佐の要請を受け入れることにした。
「ちょっと!? ミーレス!? 」
ライカは驚(おどろ)きと不満が合わさった声を上げた。だが、カイザーが何を考えているのか分かるかもしれないと僕が説明すると、まだ不服そうではあったが納得してくれた。
「ありがとう、2人共。……それでは、モリス大尉、お願いします」
カミーユ少佐の言葉にモリス大尉は頷(うなず)いただけで答えると、僕らに「ついて来い、ただし静かに」と短く指示し、部屋を後にした。
僕らは言われた通り、できるだけ静かに、足音も小さくして、その後についていった。
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