12-5「逮捕」
捜査(そうさ)が始まって1日と経(た)たないうちにスパイが逮捕されたのには、理由があった。
カイザーが自ら、自身がスパイであることを自白し、カミーユ少佐とモリス大尉がそれを事実として認めたからだった。
逮捕は、迅速(じんそく)に実行された。
僕らが出撃している間にカイザーは拘束(こうそく)され、基地内に用意された一室に勾留(こうりゅう)された。
現在、カイザーが勾留(こうりゅう)されている1室の前には基地に元々いた憲兵が交代で警備につき、本格的な取り調べが開始されるまで、誰とも面会できないよう、そしてカイザーが逃走できない様に厳しく見張っている。
その話を聞いた時、僕ら301Aのパイロットは、全員が同じ見解を持った。
あり得ない!
カイザーがスパイなどということは、絶対にあり得ない!
彼は優れた技術者だった。僕らはこれまでにもう何十回もベルランに乗って出撃をしているが、それだけの数の出撃をこなしてこられたのは、カイザーがベルランのことを熟知(じゅくち)していたからだ。彼は僕らの機体を以前から見てくれていた整備班と協力して、献身(けんしん)的に、熱心に、その仕事に打ち込んでくれていた。
彼の仕事に対する姿勢は、職人気質(しょくにんかたぎ)で気難しい整備員たちの誰からも認められるもので、その確かな知識と誠実な仕事ぶりは尊敬に値するものだった。
それに、そもそも、彼はベルランという機体の開発に関わって来た技術者だ。
ベルランの設計にはカイザーの父も関わっており、その縁で、カイザーはずっとベルランの開発に関わって来た。ベルランは彼の手によって整備され、カルロス軍曹やマードック曹長によって試験され、そして、王国の命運を握る最新鋭戦闘機としてこの世に生を受けた。
もし、カイザーが裏切り者だというのならば、ベルランという、連邦と帝国の主力戦闘機に対抗できるほどの高性能機が誕生するはずが無い。
そして、僕らはこの機体によってエースと呼ばれるほどの撃墜(げきつい)数を稼(かせ)ぎ出したのだ。
それによって王国の劣勢(れっせい)が覆(くつがえ)ったわけでは無かったが、どう考えても、カイザーがスパイだという説は成り立たないとしか考えられない。
カイザーの性格から言っても、彼が裏切り者だとは信じられなかった。
僕とカイザーは同じ隊の仲間というだけで、決して親しい間柄(あいだがら)というわけではない。
だが、僕は彼が働く場面を何度もこの目にしてきた。
彼が機体と向き合う時、その瞳は真っ直ぐに目の前の機体に向けられており、彼は彼自身の全身全霊をかけて機体と向き合っている様に見えた。
そうであるからこそ、カイザーはベテランから新人まであらゆる整備員から認められたのであり、僕らは一切、彼の仕事ぶりを疑わず、彼の整備した機体にこの命を預(あず)けたのだ。
特に、この事態に対し、憤(いきどお)りを隠さなかったのはカルロス軍曹だった。
軍曹はベルランのテストパイロットでもあり、カイザーと以前から一緒に働いていた間柄だった。それだけに僕らよりも一層、カイザーのことを良く知っており、カイザーの来歴から言っても、性格から言っても、裏切るなどということは絶対に無いと確信している様だった。
だが、僕らはこの件に関し、すぐに抗議(こうぎ)することはできなかった。
何故なら、僕らには午後にも出撃が予定されており、その準備に専念しなければならないためだった。
一時期の苦境を脱しつつあるとはいっても、王立空軍が兵力不足に悩んでいるのには変わりがない。王国の最新鋭戦闘機であるベルランを装備した僕ら301Aを遊ばせておく余裕など、王立空軍にはありはしなかった。
その任務中、僕らは珍(めずら)しく、全員で私的な会話をした。
普段であれば、任務に必要な無線のやり取りを優先するため、任務中の私語は禁止されている。だから僕らは同じパイロット候補生だった4人だけで秘密の周波数を取り決めてこっそりとおしゃべりをしていたのだが、今回はレイチェル中尉が主導したやり取りだった。
内容はもちろん、カイザーが逮捕されたことについてだ。
僕らはカイザーがスパイであるということは絶対にないという結論で一致し、そして、これから先も戦い続ける上で、彼の力が必要だということでも同意見だということを確認し合った。
この一件について抗議するということでも僕らは合意し、そして帰還後、機を見て行動に移った。
僕らは待機所に集まって出撃後の報告会を行い、翌日のブリーフィングを受け終わると、その場でハットン中佐に迫った。
カイザーの逮捕を決定し、実行させたのはカミーユ少佐だったが、僕らはハットン中佐に抗議の矛先を向けた。カミーユ少佐はつい昨日、部隊の外からやって来た人物だったし、話にくかった。それよりも、階級もより上で、以前から僕らの隊の指揮官として関係のあるハットン中佐に話を通した方が、ことがスムーズに進むと考えたのだ。
僕らの行動は何の予告も無しに行われたことだったが、ハットン中佐はある程度この事態を予測していた様だった。
中佐は口を引き結んで真剣な表情で僕らの話を聞いてくれた後、言った。
「私も、諸君の意見と同意見だ。カイザーがスパイであるはずが無い。……だが、彼自身が自白したのだ。これを軽視するわけにはいかない」
「……中佐殿、意見具申、よろしいでしょうか」
ストイックなその性格に似合わず、声をあげたのはカルロス軍曹だった。
ハットン中佐は短く頷き、聞こう、と言って、軍曹の発言を許可した。
「カイザーはベルランのことを熟知した技術者です。その知識や技術は貴重なものでしょう。そして、彼の能力は、我々が今後も戦い続ける上で必要不可欠なものです。彼の存在なしでは、部隊の戦力の低下も免(まぬが)れ得ません。その点、ご配慮いただけないでしょうか? 」
カルロス軍曹の言葉に、僕らは自然に頷いていた。
同じ機体で飛ぶなら、僕らはカイザーが整備した機体で飛びたかった。
その方が、安心だからだ。
戦う以上、危険は避けられなかったが、できれば僕らは生きて帰還をしたかった。そしてそのためには、カイザーに整備をしてもらった機体で飛ぶことが、最善の方法だと思っている。
少なくとも、僕らはカイザーが整備してくれた機体によって、今日まで生き延びてきたのだ。
ハットン中佐は口髭(くちひげ)をなでながら難しそうな顔で悩み、それから、小さく嘆息(たんそく)した。
「実はな……、さっき、整備班からも全く同じことを言われたよ。カイザーはこの隊に必要だから、とな」
「それなら、話は早いじゃないですか! 中佐からもカミーユ少佐に、カイザーを解放する様におっしゃっていただけませんか!? 」
ハットン中佐の言葉に、レイチェル中尉は机を両手で叩き、身を乗り出して言った。
僕らも、カイザーの逮捕について、ハットン中佐が僕らと同じ立場になってくれることを期待し、前のめりになって中佐の次の言葉を待った。
だが、ハットン中佐はゆっくりと、はっきり僕らの目に見える形で首を左右に振った。
「本件の捜査については、その全権がカミーユ少佐に委ねられることになっている。これは司令部の正式な決定だ。無視するわけにはいかない」
「そんな!? 中佐! 」
レイチェル中尉を筆頭に、さらに詰めよろうとする僕らを、中佐は静かな、だが鋭い眼光で見渡した。僕らは思わずその視線に射すくめられて、それ以上の身動きが取れなくなってしまう。
「諸君らの考えはよく分かった。私自身、カイザーが裏切り者であるとは信じていない。……だが、この点にも留意してくれ。カミーユ少佐にも、彼なりの考えがあるはずだということを」
カミーユ少佐の、考え。
確かに、僕らはその一点について、想像したことが無かった。
ただ、カミーユ少佐は、つい昨日基地へとやって来たばかりだったからカイザーについて知らず、短絡的にその自白を信じ、安易に事件の解決を図ったものだと決めてかかっていた。
「この件については、先ほども述べたが、カミーユ少佐に全権が委(ゆだ)ねられている。我々も軍という組織に所属し、規律を保つ義務がある以上、これを無視して行動するわけにはいかない。この上なく面倒なことであっても、不満があろうとも、だ。……私は、カミーユ少佐が何を考えているのか、もう少し観察しようと思っている。諸君らの意見はよく留意(りゅうい)しておくから、決して、軽率な行動は取らないで欲しい」
「……。ひとまず、了解しました」
レイチェル中尉は机の上から手をどけると、一歩下がって、姿勢を正してハットン中佐に敬礼した。
「大隊指揮官殿! 意見具申を聞いていただき、ありがとうございました! 」
レイチェル中尉のその行動に、僕らも慌てて続き、ハットン中佐に敬礼をした。
「明日も出撃だ。パイロット各員、十分に休息をとってくれ。私からは以上だ。……解散」
「ハッ! それでは、失礼いたします! 」
ハットン中佐が答礼を終えると、僕らは敬礼を止め、レイチェル中尉の号令で待機所を後にした。
カミーユ少佐が、何を考えているのか。
僕には予想もつかなかったが、言われてみれば、あの怜悧(れいり)な表情をした少佐が、何の考えも無しに自白だけでカイザーを逮捕したのはおかしいと思えてくる。何か、訳がある様に思えた。
僕にできることは、とにかく、全てがいい方向に向かう様に、祈ることだけだった。
もどかしいが、それだけだった。
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