12-4「捜査(そうさ)」

 突然僕らの席へとやって来たカミーユ少佐の姿を前にして、僕らは慌ててその場で起立し、姿勢を正して敬礼をする。ライカはカミーユ少佐とは幼馴染であり許嫁でもあることから、僕らのこの態度に馴染めず戸惑っていた様子だったが、少し遅れて起立し、僕らと同じ様にカミーユ少佐に敬礼をした。


 僕らが食事をしていた食堂は、基地に所属する人員であれば誰でも利用することができたが、佐官の様な高級将校が姿を現すことはめったにないことだった。

 基地には佐官の地位にある人物がハットン中佐しか常駐していない、という事情もあったが、その多くは、食堂を利用する一般の兵士たちが変に気を使わない様に、というハットン中佐の配慮(はいりょ)によるものだった。


 何かと規律やルールにうるさい軍隊では、日々の食事は数少ない娯楽と息抜きを兼(か)ねたものだった。だから、小さな僕らの基地にもきちんと食事を作る設備があり、炊事班が毎日、腕をふるっている。

 その毎日の楽しみを邪魔しては悪いというのがハットン中佐の考えで、中佐は食事を自室に運んでもらい、数名の士官と一緒に作戦の打ち合わせなどをしながら食事をするというのがいつもの光景だった。

 一般の兵士と一緒に食堂で食事をすることが全くない、というわけでは無かったが、佐官の様な高級将校が食堂に姿を現したことは数えるくらいしか例がない。


「邪魔をするつもりでは無かったんだが……。とりあえず、全員着席してくれないか? こちらも、両手がふさがっているものだから」


 突然起立して敬礼をした僕らの姿に、カミーユ少佐は少し困っている様子だった。


 冷静になってみると、僕らの対応も少し大げさなものだったかもしれない。食堂で食事をしていた他の兵士たちの注目も集めている様だ。

 だが、直前までの話題が話題であっただけに、その話のタネになっていた本人がいきなり現れたことに、僕らは驚(おどろ)きを隠せなかったのだ。


 カミーユ少佐の言葉もあったし、冷静さを取り戻し始めた僕らはお互いに目配せをし、失礼いたします、と断ってから着席した。


「あの、カミーユ兄さま。どうぞ」


 ライカはまだ状況に馴染めないのか、僕らよりも少し遅れて行動し、彼女の隣、僕と反対側の椅子を引いて、カミーユ少佐にすすめてから着席をした。


「ああ、ありがとう、ライカ。……他の皆も、すまない。驚(おどろ)かせるつもりは無かったんだ。俺はただ、昔なじみの顔を見に来ただけで。それと、腹ペコだから、こちらも失礼して食べさせてもらうよ。皆もそのまま食事を続けてくれると嬉しい。どうか、遠慮なく」


 カミーユ少佐はライカが用意した席に座ると、僕らにそう言ってから、そのの言葉通りに食事を始める。


「へぇ、ここのシチューは悪くないね。材料が新鮮なのかな、やっぱり」


 シチューの味に笑顔を見せるカミーユ少佐は、昼間に見た冷たく、頭脳明晰(ずのうめいせき)なエリート将校といった感じの近づきがたい雰囲気ではなく、年上の兄、といった感じの親しみやすそうなものだった。

 だからといって、僕らの萎縮(いしゅく)は容易には解けなかった。プライベートな時間だからか、昼間の印象とはかなり異なる様子のカミーユ少佐だったが、少佐は少佐だ。一等兵という階級を持つのに過ぎない僕らからすれば、雲の上の存在だった。


 それに、彼がこの基地へやって来たのは、スパイを捜査(そうさ)するためだ。

 僕らの中にスパイがいないということは明らかだったが、それでも、何か疑われているのではないかと、変に深読みしてしまう。


「えっと、カミーユ兄さま。どうして、わざわざ食堂へ……? 」


 僕らの気不味(きまず)い雰囲気(ふんいき)を察したのか、ライカがおずおずとカミーユ少佐の意図に探りを入れる。

 だが、聞かれたカミーユ少佐は、怪訝(けげん)そうな表情をするだけだった。


「どうしてって、ライカ、君が元気でいるかを見に来ただけだよ。僕がこの仕事に志願したのも、ここに君がいるって聞いたからさ。いろいろあったから、様子を見に来たかったんだよ。……でも、思ったよりもずっと元気そうで、安心した」


 カミーユ少佐が嘘をついている様には、少しも見えなかった。

 もし、彼が演技でもしているのであれば、その実力は一流と言っていいレベルだろう。


 僕らは、お互いに視線を交わし、少しだけ安心して、まだ半分ほど残っていた食事を再開した。


 緊張(きんちょう)して、少し強張(こわば)った様な雰囲気だったが、カミーユ少佐とは幼馴染であるライカを中心に、少しずつ僕らは会話をする様になっていった。

 話題になったのは、僕らの日常の様子や、パイロットとしてどんな風に戦っているのかとか、スパイの捜査(そうさ)とはまるで関わり合いの無いものばかりだった。

 カミーユ少佐は、どうやら本当にライカの様子を見に来ただけであるらしい。


「いや、安心したよ。てっきり、俺はライカがまだ、落ち込んでいるじゃないかと思っていたんだ。みんなは知らないかもしれないけど、ライカはこれで、昔はかなりの泣き虫でね。しかもお転婆(てんば)で人の言うことを聞かなくてさ。俺が止めたのに、自分から木登りしていったのに降りられなくなって、兄さま、兄さまって泣いたりして」

「もっ、もぉ、カミーユ兄さま! そういう話はしないで! 」


 少し雰囲気(ふんいき)が和(やわ)らいできたころにカミーユ少佐の口から飛び出して来た昔話を、ライカは顔を赤くし、少佐に飛びかかる様にして話をさえぎった。

 何と言うか、猫みたいな話だったが、どうやら実話である様だ。


「っと、もうこんな時間か。……申し訳ないが、職務があるので失礼させてもらう」


 やがて、カミーユ少佐は腕時計を確認すると、そう言って、食事の済んだトレーを持って立ち上がった。


「職務って……、捜査(そうさ)のこと? 」

「ああ、そうだ。こういうのは早い方がいいんだ。こちらが調べている間にも、敵も動いているからね」


 少し不安そうなライカの声に答える少佐の声は、先ほどまでの穏やかな声とは異なるものだった。

 冷静沈着で、頭脳明晰(ずのうめいせき)なエリート将校。そういう、近寄りがたく、少し冷たい印象の声だ。


 どうやら、カミーユ少佐はその言葉通り、今からでも捜査(そうさ)を始めるつもりである様だった。


 僕らは、カミーユ少佐が私的な面では親しみの持てる好青年であるということを理解したが、公的な顔を見せたカミーユ少佐には、不安を持たざるを得なかった。


 カミーユ少佐は、きっと、破壊工作を行った犯人を突き止めるだろう。少佐の怜悧(れいり)な印象の表情には、そう思わせるだけの迫力がある。

 そしてそれは、言うまでも無く、これまで僕らが仲間として信じて来た誰かが裏切り者であるという現実を、目の前に突きつけられるということでもあった。


「出撃のある君たちパイロットにも、申し訳ないが後で協力を要請することになると思う。その時はよろしく頼むよ。……それと、ライカのことを、これからも頼む」


 カミーユ少佐はそう言うと、怜悧(れいり)な表情の中に一瞬だけ、妹のことを心配する兄としての、優しい表情を取り戻した。

 だが、本当に一瞬だけだった。少佐の顔にはもう、僕らと一緒に食事をしていた時の様な穏やかさは、その面影さえ存在しない。


 僕らは立ち去る少佐の姿を見送った後、言葉少なに食事の後片付けをして解散し、それぞれの自室へと向かっていった。


 僕らは、翌日も出撃をしなければならない。少しでも身体を休めておくことも、パイロットに与えられた職務だった。


 だが、僕は、すぐには眠りにつくことができなかった。

 カミーユ少佐の捜査(そうさ)の結果、どの様な結論が出るのか。そのことが僕の頭から離れない。


 誰が、裏切っているのか。

 それは、僕が知っている誰かなのだろうか。


 もし、スパイが僕の知っている誰かだとすれば、僕は、その誰かが裏切っていたのにもかかわらず、これまで何も気がつかずにいたということになる。


 だとすれば、僕はこれから、いったい何を、誰を信じればいいのだろうか?


 僕が何を考え、何を思おうとも、どの様な結論が導かれるのかは全て、カミーユ少佐とモリス大尉の捜査(そうさ)の結果によって決定される。

 そのことは理解していたが、それでも僕は、自身の内側でくすぶる猜疑心(さいぎしん)と不安を打ち消すことができなかった。


 そして、捜査(そうさ)の結果が出るまでの数日間ずっと、僕はこの感情と向き合い続けねばならないはずだった。


 だが、意外なことが起きた。


 翌日になって、僕らが午前中にその日1回目の出撃を終えて基地へと帰還すると、すでにスパイが特定され、逮捕されていたのだ。


 僕らはみな、そのことに驚(おどろ)きを隠せなかったが、何よりも意外だったのは、逮捕されたスパイの名前だった。


 スパイとして逮捕された者の名は、フリードリヒ。

 僕らから「カイザー」と呼ばれ、僕らが乗るベルランの整備につくしてくれた、あのフリードリヒだった。

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