11-12「帝国2世」

 状況はかなり切迫(せっぱく)していたが、僕らが(主にレイチェル中尉)がそこへ加わると、一気に全てが解決してしまった。


 カイザーたちを問い詰めていた自警団だったが、レイチェル中尉が割って入って行き、その階級章を視認すると、まず、リーダー格らしい初老の男性の態度(たいど)が変わった。

 その初老の男性はどうやら職業軍人であったらしく、レイチェル中尉を前にして姿勢を正し、丁寧(ていねい)な敬礼をして見せた。

 レイチェル中尉はそれに返礼し、それから、自分たちが王立空軍に所属するパイロットであること、カイザーたちがそこの優秀な(レイチェル中尉はこの優秀という部分を強調していたが、僕も全く異論は無い)整備員であることを説明し、決してスパイなどではないと説明した。


 帝国人そのものと言った顔立ちをしたカイザーに、自警団はなおも半信半疑、といった様子だったが、最後には納得してくれた。

 初老の男性が自警団を代表してカイザーたちに不要な疑(うたが)いをかけてしまったことをきちんと謝罪し、カイザーもそれを受け入れたことで、事態(じたい)は全て丸く収まった。


 自警団はその後、隊列を整えると、整然(せいぜん)と行進して街の警備を再開し、僕らはほっとして息を吐(は)き出した。


「どうも、中尉さん。ありがとうございました。他の皆さんも。来てもらえなかったら、俺たち、どうなっていたことか」

「まぁ、カイザー、気にしなさんな。アンタの整備にはいつも助けられているしな」


 カイザーからの感謝の言葉に、レイチェル中尉は何でも無いことの様にあっさりとした態度(たいど)だった。

 何と言うか……、かっこ良かった。


「あ、あのっ! 」


 カイザーに続いて、レイチェル中尉に助けられた女性整備員が前に進み出て来て、深々と頭を下げて感謝を示した。


「ドうモ、ありガトウ、ございマシタ! 」


 僕は、彼女の言葉を聞いて、少しだけ驚(おどろ)いた。

 それは、帝国語訛(ていこくごなま)りのある、カタコトの言葉だったのだ。


 カタコトを話す彼女の名前は、エルザというらしかった。

 僕の何となくの記憶は間違ってはおらず、彼女は僕らの基地で整備員として働いている。癖(くせ)が強く跳(は)ね返(かえ)り気味な金髪と、ブルーグレーの双眸(そうぼう)を持つ女性で、年齢はカイザーと同じぐらいに見える。身長は平均的で、カイザーと同じ様に、帝国人としての特徴(とくちょう)が色濃く残る顔立ちをしていた。


 今日は出撃が無いということで整備員にとっても休日になっていた。エルザとカイザーは他の整備員と一緒になって街へと外出してきていたのだが、途中でエルザがはぐれていなくなった。そこでカイザーが探しに向かったところ、自警団に問い詰められているエルザを発見したらしい。


 エルザが自警団からスパイとして嫌疑(けんぎ)をかけられ、問い詰められていたのは、エルザの帝国人らしさを残した顔立ちと、帝国訛(ていこくなま)りのあるカタコトのしゃべり方に原因があるらしかった。

 自警団としてはちょっと身元を確認してやるくらいのつもりで声をかけたのかもしれなかったが、エルザのカタコトで変に疑(うたが)いを持ってしまったらしい。エルザの方も自身のカタコトでは事情をうまく説明できず、結果として大ごとになってしまったということだった。


 エルザは、カイザーと同じ様に帝国出身者を両親に持つ、帝国2世だった。両親は貿易商を営んでおり、仕事の都合で王国へと移り住んだのだが、王国に来てから生まれたエルザにはいつか帝国に戻る日に備えて帝国語で教育を行った。学校教育も王国の学校へは通わせず、定められた試験に合格することで学校を卒業したのと同じ資格を得られるという、移民者の子供向けに例外的に用意された王国の制度を利用していたらしい。


「ワタシ、いツも、コウなんです」


 騒動の後でもう街でのんびりするという気分でもなくなっていたカイザーとエルザは、整備班とは別れて、僕らと一緒に基地へと帰ることになった。

 トラックの荷台に用意された簡易座席に腰かけたエルザは、落ち込んだ様にうなだれていた。


「私ヲ生んデ育てテくレた両親ニは感謝していマスけど、やっパり、学校は他の人と一緒がヨかっタです。仲良しノ友だちもイませんし、変ナ風に絡(から)マレることもありマすシ」


 そう言うと、エルザは、深々とため息を吐(つ)いた。

 彼女は、他の多くの人と同じで、戦時に召集されてきた予備役の1人だった。王国民として生まれ育った以上、国民皆兵の制度はエルザにも例外なく適用されて、彼女は他の王国民と同じ様に兵役の期間を過ごした。

 この話し方も、兵役の時に必死に覚(おぼ)えて、ようやくここまで王国の言葉を話せるようになったということだった。

 きっと、僕には想像もつかない様な苦労があったのに違いない。


「エルザ、君は何も悪くは無いよ。戦争のせいさ。……王国に侵略してきた、帝国が悪いんだよ」


 落ち込んでいるエルザに、カイザーは励(はげ)ます様に言う。


「今日はレイチェル中尉や、パイロットのみんなに助けられたけど、近くに僕以外の整備班の仲間がいたら、同じように助けてくれたさ。エルザ、君は頑張(がんば)っていると思うし、僕らの仲間なんだから」

「デも……、私、ドジでスし……」

「それは……、まぁ、うん。これから何とか頑張(がんば)って行こうよ」

「はぅぅぅ……」


 カイザーはエルザの自己嫌悪(じこけんお)を一旦(いったん)は否定しようとした様子だったが、職人気質で生真面目(きまじめ)な性分(しょうぶん)であるせいか、否定しきれないようだった。

 余計に落ち込んでしまったエルザは、うなだれる角度をより深くし、辛(つら)そうな唸(うな)り声を弱々しくもらす。


 カイザーやエルザの様に、帝国から王国へと移り住んで来た人を両親に持つ人は、帝国2世とか、縮(ちぢ)めて2世とか呼ばれたりしている。連邦からの移民にも同じ様な呼び方がある。


 王国には元々、その北部に帝国にルーツを持つ人々が多く住んでいた。だから、帝国人の顕著(けんちょ)な特徴(とくちょう)とされる金髪碧眼(きんぱつへきがん)は、決して珍(めずら)しいことでは無い。

 だが、長い年月の間に、王国に移り住んだ人々は帝国人としての特徴(とくちょう)を失っていき、現代の帝国とは、外見上も、文化も、ほとんど関わり合いを持たない様になっていた。


 こういった事情から、近年になって帝国から移民してきた帝国人たちの一定数の集団が、王国の文化に慣れ親しむことができず、独自の社会を王国の中に作っている。エルザが帝国語で教育を受け、王立の学校へ通ったことが無いのも、その、帝国人たちが築(きず)いた独自の社会によるものだった。


 僕はこれまで意識したことなど無かったが、王国の中に築(きず)かれた帝国人の社会には、様々な問題点が存在していたらしい。

 その1つは、エルザの様に、帝国語しか話すことができないということで、王国内の社会で孤立(こりつ)しがちだというものだ。


 それは、特に、王国民にとっては当然の制度である、国民皆兵制の中で顕著(けんちょ)だった。王国で帝国語を話せる人というのはそれほど多くは無かったから、軍隊という集団生活の中で支障が生まれ易(やす)い。

 その対策として、王国はエルザのような2世を入隊させた後、軍隊生活の中で王国の言語を習得させるための教育課程を準備してはいる。エルザのカタコトは本人の努力とその教育課程のおかげだったが、それだけで全部がうまくいくわけでもない。


 言語だけではなく、文化や風習自体が異なるため、今回の様な誤解が生まれることだってあった。


この問題は、帝国と王国が戦時に突入したことで、よりはっきりと表れている様だ。


 確かに、エルザは王国の言葉より帝国の言葉を話す方が上手だったし、顔立ちも帝国人の特徴(とくちょう)とされるものを色濃(いろこ)く受け継(つ)いでいた。

 だが、彼女は間違いなく、僕らの仲間だった。


 決して、帝国側の人間ではない。

 僕らは、カイザーやエルザが整備してくれた戦闘機で、帝国軍機と戦ったことだってある。


 彼女は帝国語しか話せないというハンデを背負いながらもきちんと兵役期間をこなし、そして、今も王立軍からの招集(しょうしゅう)に応じて、僕らの機体の整備をやってくれている。

 僕と、彼女やカイザーの様な帝国2世との間に、本来は違いなど無いはずだった。これまでの生活でいろいろな問題はもちろんあったのだが、それが表面化することなど、今までありはしなかった。


 だが、戦争という状況が、王国がその内側に抱えていた問題を、より明確(めいかく)に浮(う)き彫(ぼ)りにしている様だった。


 カイザーが優れた技術者で、彼のおかげで僕らは敵機と渡り合うことができている。エルザは、どうやらドジという特性もちの様だったが、それでも、一生懸命(いっしょうけんめい)に頑張(がんば)っている様だった。


 確かに、帝国は敵で、王国民の中には理不尽(りふじん)な侵略戦争をしかけて来た帝国を恨み、王国内にいる帝国にルーツを持つ人々に疑(うたが)いを持つのは、仕方のないことだと言える。

 実際、僕だって、そういう気持ちは、大きくは無いが、ある。


 だが、カイザーやエルザの様に、王国の側に立ち、僕らと一緒になって戦っている様な人々にまで疑(うたが)いが向けられることは、それは、違うのではないかと思える。


 戦争が早く終わり、カイザーやエルザが正当に評価される日が来ることを、僕は祈らずにはいられなかった。

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