11-11「自警団」
11-11「自警団」
結局、僕はレイチェル中尉を怒らせてしまった。
いや、呆(あき)れさせてしまった、と言った方が正しい。レイチェル中尉は僕からメニューを奪(うば)い取ると、カルロス軍曹に「見本を見せてやれ」と言って手渡した。
カルロス軍曹は僕の慌てぶりを見て相変わらず楽しそうに笑ったままだったが、その手際は良かった。メニューをほんのちょっと見ただけですぐに注文の品を決め、注文をすぐに済ませてしまった。
出てきた料理は、素朴(そぼく)な田舎の家庭料理を少しお上品に作った様な感じのものだった。そのほとんどはありふれたものだったが、どれも美味しく、量もちょうど良く、文句の無い品ばかりだった。
中でも美味しかったのは、この店の看板メニューだという、牛肉のシチューだった。乱切りにされた玉ねぎや人参、ジャガイモなどと一緒に細切れにされた牛肉がたっぷりと入っていて、味を調(ととの)えるための生姜(しょうが)や、隠し味なのか僕が口にしたことが無い、独特の風味を持つ根菜が入っていた。具材の味がよくなじみ、牛肉が柔らかくなるまで丁寧(ていねい)に煮込まれたその味は、またこの店を訪れたいと思うには十分なものだ。
ようやく緊張のほぐれて来た僕らは、料理の美味しさもあって、すぐに元気になって、力がみなぎってくるような感覚になった。
僕は緊張(きんちょう)もあって失敗してしまった。だが、カルロス軍曹はスムーズに、しかもこれだけ素晴らしい料理の注文をすぐに決めることができた。
次の機会があるかは分からなかったが、同じ失敗はしたくない僕は、カルロス軍曹にコツの様なものを聞いてみることにした。
すると、軍曹は、「そんなに難しく考えなくていいのさ」と、笑いながら言った。
「ありふれたものでいいんだよ。みんなが誰でも好きそうなやつで。それと、その店の看板メニューっぽいものを適当に選んでおけばいいのさ。どうせ、後は流れで、食べたい物があれば誰かが注文するだろうし。無難でいいんだよ、無難でさ」
無難な注文、というのがそもそも、僕には分からないのだが。人生経験の差、というものなのだろうか?
とにかく、僕らは久しぶりに、満腹になるまでたくさん料理を食べることができた。店の中は地元の人や、僕らと同じ様に基地から出かけて来た兵士たちで賑(にぎ)わっていたが、その繁盛(はんじょう)ぶりも当然のものだと思えるくらい、本当に素晴らしい食事だった。
店の料金設定は田舎らしく手ごろなものだったが、かなりの量の注文をしたので、会計の額もかなりのものになってしまった。だが、中尉は前言撤回(ぜんげんてっかい)せず、気前よく全額を支払ってくれた。僕らはまたしばらく、中尉には頭があがらなくなった。
中尉と軍曹だけであれば、酒なども注文して、居心地も良かった店に長居していたかもしれなかったが、軍曹が車を運転する都合と、僕らの様な未成年がいる関係で、食事を済ませると僕らは店を後にした。
中尉の言う通り、僕らは真面目(まじめ)過ぎたのかもしれない。こうやって羽を伸ばせたことで、何と言うか、肩が少しだけ軽くなった様な気がした。
この外出は素晴らしいものだったが、残念だったのは、この街があまりに小さく、見るべきものがほとんど無い、ということだった。せっかく基地から出て来たのだから、少し観光でもしていきたい気分だったが、そうやってどこかを周って見ても面白そうなものは無く、お腹が膨(ふく)れている今、散歩して回るというのも気分では無かった。
それに、久しぶりに思い切り食べた後で、僕らは眠気を感じ始めていた。このまま自室のベッドに倒れこんで、昼寝でもできたら最高だろう。
そういうわけで、僕らはこのまま基地へと帰ってしまうことになった。
言い争う様な声が聞こえて来たのは、僕らがトラックに乗り込もうとしていた時だった。
あまりに大きい声だったので、僕らは声のした方向を一様に見やった。
言い争っているのは、作業着姿の2人の男女と、数人の、肩に「自警団」といった意味の単語が書かれた腕章を身につけ、全長数メートルはありそうな槍を持った大人の男女たちだった。
作業着姿の方の衣服には、見覚えがあった。僕らの基地の整備班で使われている作業着だったからだ。
そして僕は、その作業着姿の男女の片方、男の側に見覚えがあった。それは、カイザーだった。
「自警団」、というのは、王国の法律で正式に定められている制度だ。
今の様な戦時に、治安維持や警備の強化、戦闘の補助を行うために、退役した職業軍人や予備役の期間を終えた人々などによって各地に設置される組織で、軍や警察の直接的な指揮系統下にはおかれないが、後方の治安維持や警備などで協力するということになっている。
王国は国民皆兵制を用いており、成年に達した国民のほぼすべてが従軍経験者だった。だから、自警団とは言っているものの、その実態(じったい)は民兵であり、場合によっては武装して戦闘に参加することすら想定されたものだった。
もっとも、その立場は少し複雑だ。
軍や警察の正規の指揮系統には入っていないため戦力としては実効性が小さい上に、戦時国際法における「捕虜(ほりょ)」として扱(あつか)われるかどうかも曖昧(あいまい)な存在であり、その身分を明確に示す様な制服も定められてはいない。
実際、連邦も帝国も、自警団を捕虜(ほりょ)としては扱(あつか)わないと、王国に対して言ってきている様だった。これはつまり、自警団が実際に銃弾を放つなりして戦闘に参加して敵に捕まった場合、捕虜(ほりょ)とはならずに平時の法律が適用されて、殺人罪や傷害罪などの罪に問われる可能性がある、ということだった。
面倒くさい話だったが、法律というのは、どうやらそういうものであるらしく、王国は頭を痛め、自警団という制度に本来求めていた軍事力の補助という役割を制限せざるを得ない状況となっていた。
今、言い争っているのはそうした自警団組織の1つの様で、一般人と区別できる特徴(とくちょう)はその腕章と、手に持った槍だけだった。
自警団という存在は戦力に乏(とぼ)しい王国にとっては必要なものだった。王国は自警団という存在の立場の曖昧(あいまい)さを解消し、戦時国際法における「捕虜(ほりょ)」としての扱いが認められるよう、軍服や小銃などの支給を行っているが、現物が無く、前線の将兵への補給が優先されている状況で、まるで足りてはいない。この街の自警団が手作りされた様な腕章と槍しか装備していないのは、そういった事情だ。
「この人はスパイなんかじゃありませんよ! 僕らはこの近くの基地の整備員なんです! 」
「そんなことを言って! お前もスパイなんじゃないか!? それに、お前のその顔、本当に王国の人間なのか? 帝国から来たんじゃないのか!? 取り調べてやるから大人しくしろ! 」
「そんな! いくらなんでも、横暴じゃないですか!? 」
言い争いは、自警団がカイザーたちをスパイだと疑(うたが)っているために起こっている様子だった。
反論しているのは主にカイザーの方で、もう1人、女性の整備員の方は、カイザーの後ろでオロオロとしている。槍とはいえ武装した集団に詰め寄(よ)られているのだから、混乱してしまうのも仕方の無いことだったろう。
直接面識は無かったが、何となく、彼女のことも、整備班に交じって働いているのを見たことがある様な気がする。彼女もまた、帝国人と王国の北方に多い金髪碧眼(きんぱつへきがん)であり、茶や黒の髪を持つ者が多い中ではどうしても目立つから、何となく記憶に残っている。
言い争いは段々とエスカレートし始めていた。周囲には見物人も集まって来ている。
やがて、自警団の内の数人が、槍の穂先(ほさき)をカイザーの方へと向けた。どうやら、無理やりにでも拘束(こうそく)してしまうつもりの様だった。
いつの間にか僕らの背後にやって来て、僕らと同じ様にことの成り行きを見守っていたレイチェル中尉が、舌打ちをするのが聞こえた。
「チッ。仕方ない。おい、カルロス軍曹、それにお前ら! カイザーを助けに行くぞ! ついて来い! カイザーに整備してもらった機体はいつでも最高だからな、いなくなられちゃ困るんだ! 」
そう言い終わる前に、レイチェル中尉は歩き出していた。
確かに、状況は緊迫(きんぱく)したものになっていた。自警団が持っている槍はお手製のものらしかったが、その先端には穂先(ほさき)の様なものがきちんと装着されている。それで突き刺されては、大怪我(おおけが)では済まないかもしれなかった。
僕らはカルロス軍曹と共に、慌てて中尉の後を追った。
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