11-10「罰」

11-10「罰」


「よぉ、お前らここにいたか。ところで、いつだったかの罰がまだだったよなぁ? 」


 レイチェル中尉が、ニヤニヤと、いかにも悪だくみをしていますといったふうな笑みを浮かべながら僕らの前に現れたのは、僕らが待機所に集まってお茶を飲みながらおしゃべりをしていた時だった。


 僕らがのんきにおしゃべりなんかをしていたのは、その日がたまたま、休日だったからだ。

 ベルランを装備して以来、僕ら301Aは僕らにとって不利な状況にある前線に投入しても成果と生還の期待できる数少ない部隊として出撃を繰(く)り返してきた。だが、同じ第1戦闘機大隊に所属する301B、301Cなど、他にもベルランを新たに装備した飛行中隊が戦線に参加し始めたため、交代で休みを取る余力が生まれてきている。


 休日なので基地から外出することも日帰りに限って許可が出ていたが、今は戦時でもあるし、僕らは念のためと思って、待機所に自発的に集まって来ていた。

 お茶を片手に、のんびりとしていた雰囲気(ふんいき)が、中尉の登場で一変した。羊の群れの中にいつの間にか紛(まぎ)れ込んでいた狼に急に気がついた時の様な慌て方だった。


 僕らはぎょっとしてレイチェル中尉の方を振り向き、ジャックはお茶を飲み込み損(そこ)ねてむせてしまい、咳(せ)き込(こ)んだ。


 レイチェル中尉は、床に顔を向けて苦しそうに咳(せ)き込(こ)むジャックに、いたずらが成功した時の子供の様な、満足げな悪い笑みを浮かべる。


「げほっ、げほっ。ちゅ、中尉殿? 自分はてっきり、その話はお忘れになったものと……」

「あたしゃそーいうことの覚えはいいんだよ。それに、今まであの件をお咎(とが)めなしにしてきたのは、あたしらが忙(いそが)しかったからだ。まさか、逃げられるとでも思っていたのか? 」


 あの件、というのは、以前、僕らが出撃した際に、レイチェル中尉やハットン中佐には内緒の無線周波数でおしゃべりを楽しんでいたことだ。

 もう、1カ月以上も昔の話になる。南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)を攻撃して破壊する特別任務に出撃した時、僕らはこっそりおしゃべりをしていた現場をレイチェル中尉に押さえられたことがある。


 その罰を、いよいよレイチェル中尉が僕らに与えようというつもりらしい。


 僕らは、戦慄(せんりつ)した。

 レイチェル中尉は教官として僕らを指導してきた立場の人物だ。僕らは彼女のパイロットとしての腕の良さを良く知っているし、同時に、その指導の恐ろしさも骨身に染(し)みている。

 こっそり無線でおしゃべりをしていたことの主犯格であるジャックはもちろん、アビゲイルも、ライカも、青ざめた様な表情をしている。きっと僕も青ざめている。


「それに、お前ら最近、撃墜(げきつい)数も稼(かせ)いで、調子に乗っている様だったからなぁ。こころで一発、気を引き締(し)めさせないといかんと思うんだよ。全員、逃がさないからな? 」


 僕は、中尉のその言葉に、言い表しようもない様な恐怖を感じ、ゴクリ、と唾(つば)を飲み込んだ。

 結局、僕らは中尉に逆らうこともできず、そのまま、中尉に連行される他は無い。


 待機所から連れ出された僕らは、そこで待機していたトラックに乗せられた。兵員輸送用に荷台に簡易的な座席を設置したタイプのもので、運転席にはカルロス軍曹が座っていた。

 カルロス軍曹はどこか怯(おび)えた表情をしている僕らの姿を見て一瞬、怪訝(けげん)そうな表情をしたが、レイチェル中尉の不敵な笑みを見て何かを理解したのか何度か頷(うなず)き、すぐに前に向き直った。


 僕らが着席すると、トラックはすぐさま発車し、基地の外へと出た。外出が許されているとはいえ本来であればいろいろ手続きをしなければならないことだったが、恐らく、中尉は事前に許可を取ってきているのだろう。


 中尉はと言えば、僕らを監視(かんし)するためなのか荷台の座席に座り、悠々(ゆうゆう)と脚組(あしぐみ)をして煙草(たばこ)を吸い始めている。

 中尉には景色を楽しむ余裕がある様だったが、僕は気が気では無かった。


 いったい、レイチェル中尉は僕らをどこへ連れて行くつもりなのだろう?

 罰ということだから、また、走らされるか、腕立てとか腹筋とか、そういうものを想像していたのだが、今回はどうも、いつもと様子が違う。


 まさか、人目につかない様な所へ連れて行かないとできない様なことをやらせるつもりなのだろうか?


 そんな、嫌な予感が、僕の背筋に冷たい汗を流れさせる。

 トラックは順調に走り続け、色づき始めた麦の穂や、盛夏の青々とした緑から落ち着いた緑色になった木々など、秋の気配を感じさせる景色が流れていくが、とても、景色を楽しんでいる余裕などは無かった。


 やがて、カルロス軍曹が運転するトラックは、基地から最寄(もよ)りの街へと到着し、その小さな街の一番賑やかな通りへとたどり着くと、1件の店の前で停車した。その店はレストランの様で、近くには休日だからと基地から出かけて来た兵士たちが乗って来たらしい車両が何台か既(すで)に停車している。店の中では兵士たちが賑(にぎ)やかに食事をしていて、昼前だというのに、もう酔っぱらっている者もいる様子だった。


 降りろ、と中尉に言われた僕らはトラックの荷台から降りると、レイチェル中尉とカルロス軍曹についてその店に入り、事前に予約でもしていたのか店側が開けておいてくれた席へと案内されることになった。


「よぉし、お前ら。あたしが全部おごってやる、好きなものを食え! 」


 レイチェル中尉は椅子(いす)に深々と腰かけ、脚も肩も広げて威張った様な姿勢を作ると、僕らに向かってそう言った。

 僕らは、びくびくと怯(おび)えながら、お互いの顔を見合わせる。


 最後の晩餐(ばんさん)、ということだろうか

 最後に思う存分、好きなものを食わせてやる。そういうことなのだろうか?

 いや、きっと、そうに違いない。


 無言の内にそう結論づけた僕らを代表して、ジャックがおずおずと挙手した。


「あの……、中尉殿。遺言(ゆいごん)を書く時間をいただいてもよろしいでしょうか? 」

「……。はぁ? 」


 ジャックの言葉に、レイチェル中尉は呆(あき)れた様な声を出した。

 数秒後、カルロス軍曹が、何かをこらえきれなくなったのか笑い出す。


「ぷっ、わはははっ! 君たち、まだ分からないのかい? あは、あははははっ! 」


 そんな軍曹の様子を、僕らはきょとんとした顔で見やった。

 それから、レイチェル中尉の大きなため息が聞こえて来たので、視線を中尉の方へと向けると、中尉はなんだかぐでっとした様子で椅子(いす)の背もたれに全身を預け、天井の方を仰ぎ見ている。


 やがて身体を起こし、僕らを睨(にら)みつけた中尉は、心底、呆れ果てたといった様な表情をしていた。


「お前らなぁ。そういうとこだぞ、そういうとこ」

「えっと……、そういうところ、とは? 」

「考え方が真面目(まじめ)過ぎるんだよ、お前らはっ」


 控(ひか)えめに質問したジャックに、レイチェル中尉は無遠慮(ぶえんりょ)に人差し指を突きつけ、僕ら4人を順番に指さしていった。


「お前も、お前も、お前も! ったく、何だっていうんだい!? せっかくの休日だっていうのに、自発的に待機所に何か集まりやがって! おい、ジャック、ミーレス! お前らフィエリテ市にいたころは無断抜け出しの常習犯だったろうが!? あん時のやんちゃっぷりはどうした!? アビーもライカも同じ! すっかり縮こまっちゃってさ! 」


 レイチェル中尉はそこまで言うと、テーブルに身を乗り出し、僕らをじろりと睨(にら)みつけた。


「いいか、お前ら。確かに今は戦時だし、前線じゃ塹壕(ざんごう)で泥まみれになってる味方が何万といる。だがな、あたしらは戦争になる前と同じで、息をして、ものを見て、聞いて、しゃべってる。戦争だって言っても、変わってないことだってあるんだ。お前らみたいに根(こん)を詰めてやってると、いつか自分でも気がつかない内にガタが来てぶっ壊れちまうからな? 休める時に休んで、美味いものも食わないと長続きなんか絶対にしないんだからな! 」


 僕らは、中尉の言っていることが理解できずにきょとんとしたまま、全員の意識をシンクロさせたように同じタイミングで何度か瞬(まばた)きを繰(く)り返した。

 そんな僕らの様子がよほどツボだったのか、カルロス軍曹は笑い続けたまま、僕らに教えてくれる。


「つ、つまり、中尉は、君たちのことが心配だったのさ。何でも、今までは休みだっていうのに、どこにもいかないで、基地内にずっといたんだっていうじゃないか。これは、だから、そんなんじゃだめだっていうことで、みんなを中尉が連れ出したっていうことなんだよ」


 軍曹の解説に、僕らは唖然(あぜん)とした。唖然(あぜん)としたまま、それは本当なんですかと、レイチェル中尉の方へと視線を向ける。

 中尉は、椅子(いす)の上に戻ると、相変わらず呆(あき)れた様な、そして、少し恥ずかしそうな顔をしていた。


「……ったく。言わないと分からないのか? 」


 それは、カルロス軍曹の説明が真実であるという肯定(こうてい)の言葉だったが、僕らはすぐには理解が追いつかず、やはりきょとんとしたままだった。

 そんな僕らの様子に、少し苛(いら)立たしげに、レイチェル中尉は自身の黒髪をガシガシとかくと、それから、僕の方に店のメニューを放ってよこした。


「ああ、もう! らちが明かないよ! おい、ミーレス! もう何でもいいから、さっさと注文しな! おーい、店員さん! 注文よろしく! 」


 まだ思考が停止している様な状況で急に行動を求められて、僕は慌てるしか無かった。

 慌ててメニュー表を開くが、何が書いてあるかを確認する間も無く、店員が注文を取りにやって来てしまう。


 ど、どうすればいい?

 どうするのが正解なんだ!?


 レイチェル中尉が僕らを心配して街に連れ出してくれたというのはようやく理解できたが、だが、ここで僕が選択を誤ってしまえば一大事につながることかもしれない。

 だが、僕はまだメニューを満足に確認できてはいなかったいし、変な注文をして中尉をまた不機嫌にするわけにもいかず、かと言って、中尉が僕らをここへ連れ出した趣旨(しゅし)からすれば、遠慮(えんりょ)して控(ひか)えめな注文をするわけにもいかない。


 緊張したまま悩んだ僕は、やがて、注文を取りに来た店員に向けて適当なメニューのページを向けて示した。


「と、とりあえず! このページのものを全部下さい! 」


 そうしたら、僕はレイチェル中尉にぺしっと叩かれた。


「アホウ! 限度ってもんがあるだろうが!? それにそのページのは全部、酒だ! お前らは一応、未成年なんだぞ!? 」

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