11-9「偵察機」

《301A、各機! これより攻撃を開始する! 役割はいつもの通り、あたしとカルロス軍曹で敵戦闘機に突っ込んで引き付ける、お前らがその間に偵察機を落とす。確実にな! 数が違うだけだ、いつも通りにやって見せろ! 》


 攻撃すると決まると、僕らはエンジンを全開にし、敵編隊に襲いかかるために機首を向けた。

 護衛つきの偵察機を攻撃するのは、今回が初めてではない。レイチェル中尉はこれまで通りのやり方をそっくりそのまま適用するつもりの様だった。


《中尉殿、さすがに12機相手だと、厳しいんじゃないんですか!? 》


 だが、今回の相手は12機の戦闘機だ。今はもう、機種もはっきりと分かっている。特徴(とくちょう)的な大あごを持つジョーだ。

 僕らが使用しているベルランB型は高性能機だったが、ジョーに対して圧倒的な優位にあるというわけではない。僕らが4機がかりで偵察機を攻撃するのはいいが、それだと、レイチェル中尉とカルロス軍曹はたった2機で12機もの敵機を相手することになってしまう。

 さすがに、厳(きび)しいのではないだろうか。


 僕と同じ心配をしたのだろう、ジャックがレイチェル中尉に確認したが、レイチェル中尉は笑い飛ばすだけだった。


《まぁ、見てろ! 多勢に無勢は今に始まったことじゃないんだ! それより、お前ら、こっちの心配をするなら偵察機を確実にさっと落とせよ! そぅら、偵察機が逃げ出したぞ! 》


 僕らの接近に、敵も気がついた様子だった。

 カルロス軍曹が指摘した通り、連邦軍の戦闘機部隊は、僕らに対して積極的な空中戦を挑んでくる様子だった。12機全機が僕らの方へと機首を向け、向かって来る。

 一方、偵察機はというと、一目散に逃げ出し始めていた。


 僕らは、こちらが高度6000メートル、敵が高度4000メートルほどで飛行している状態から会敵した。こちらは前線付近に構築された早期警戒網(そうきけいかいもう)の情報を得て行動に移しているのだから、高度有利の状態で交戦に入るのは偶然では無い。


 連邦軍の偵察機は、流線型の機体が何とも美しい、双発の偵察機だ。武装は貧弱だったが、その速力は素晴らしかった。僕らのベルランとほとんど同じか、もしかするとそれ以上の速度だって出せるかもしれない。

 僕らが敵にしたことのある機体の中では、間違いなく、最速の部類に入る敵機だった。


 だが、僕らは高度を速度に変えて追いかけることができる。敵はこちらの情報を探るため、前線よりも何十キロもこちら側に入り込んできているから、前線を通り越(こ)して連邦側の占領地へと逃げられる前に何とか追いつくことはできるだろう。


 僕らが偵察機を追いかけ、攻撃する間、たった2機で12機もの戦闘機を引き付けるというレイチェル中尉とカルロス軍曹のことはやはり心配だったが、レイチェル中尉がやると言うのだから、僕があれこれ言っても聞き入れてはくれないだろう。

 そうであるなら、僕らがやることは1つだけだ。


 確実に、1撃で偵察機を落とし、すぐにレイチェル中尉たちの方へ引き返すことだ。


《お前ら、偵察機の方は任せるからな! お前らでやってみせろ! 》

》》


 僕らはレイチェル中尉の激励(げきれい)にこたえ、敵機との戦闘に突入した。


 敵は、僕らを狙っている。だから、総がかりで僕らと空中戦を行うつもりでいる様だった。

 最初から、手を抜くつもりは一切、無さそうだ。12機全機で正面から僕らへと挑み、装備する射撃兵装を全力で撃ってくる。


 普通は、これに、僕らは同じ様に全力で応じるしかない。僕らが高度有利から戦いを挑み、速度を得ているからといって、12機を相手に戦うには6機では心もとない。

 だから、敵機たちは、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4機がそのまま偵察機に向かって真っ直ぐ突進していくとは、想像もしていなかったのだろう。ましてや、12機の足止めを、たった2機でやろうとしているなど、予想もしていなかった様子だった。


 最初の射撃戦を潜(くぐ)り抜けた僕らは、降下によって得た速度を生かし、偵察機だけを目標に突進を続けた。

 敵は、僕らが全機で空中戦を挑んでくるものだと思っていたのだろう。一斉に旋回(せんかい)に入り、ドッグファイトを挑んで来るが、そこにはレイチェル中尉とカルロス軍曹の2機だけしかいない。

 慌てて僕らを追おうとしても、速度が出ている僕らには追い付くことができない。


 偵察機を守るという点において、彼らは取り返しのつかない判断ミスを犯(おか)していた。

 もし、安全策を取るとしたら、彼らは1個小隊でも後方に予備として置き、最初に対面からの射撃戦を潜(くぐ)り抜けて偵察機へ向かう機があった場合に備えるべきだっただろう。

だが、彼らは僕らをより確実に仕留めるために、最初から全機で向かってきた。


 戦力を集中するというのは、戦う上での基本中の基本だと、僕もこれまでの戦いで理解し始めてはいたが、レイチェル中尉の指揮はその常識を無視したものだった。


 今は、それがうまく行っている。

 だが、最後まで同じ様にうまく行くかどうかは、僕には断言はできなかった。


 僕らは、連邦軍の偵察機を追いかけた。

 これまで何度か対戦し、何度か撃墜(げきつい)に成功し、何度か逃げられてきた機種だ。


 正直に言うと、僕は、その敵機を撃ち落とすのが、あまり好きではない。

 その飛行機の姿は美しく、破壊してしまうのがもったいない様に思えるからだ。


 だが、それを逃がしてしまえば、僕らは連邦に貴重な情報を与えてしまうことになる。そしてその情報によって、連邦は僕らに攻撃を加え、味方に大きな被害が出ることにつながってしまう。

 見逃すことは、どうしてもできなかった。


《第1分隊は右エンジンを、第2分隊は左エンジンを! 敵機撃墜(てっきげきつい)後、小隊は反転して中尉とカルロス軍曹の援護に向かう! 》


 僕らはジャックの指示に答え、攻撃準備に入った。


 連邦の偵察機は、連邦の占領地へ向かって真っすぐに逃げていたが、どうしても僕らを振り切ることができないと理解すると、回避運動を開始した。

 速力も素晴らしかったが、その運動性も良い機体だった。実際に操縦(そうじゅう)して見たら、きっと、パイロットの操作(そうさ)に良く従う、「良い飛行機」なのだろう。


 だが、単発機であり、他の飛行機を撃墜(げきつい)するために作られている戦闘機の方が、どうしても飛行性能は上だった。


 僕らは敵機に追いつき、射程に収めると、照準器にその美しい翼を捉えた。


 先行していたジャックとアビゲイルの第1分隊が射撃し、敵機の右エンジンから火を噴(ふ)かせた。

 右側のエンジンを失ったことでバランスを崩し、ぐらりと揺(ゆ)らいだその敵機の左側のエンジンに向けて、ライカと僕の第2分隊がトドメを刺(さ)す様に射撃を加える。


 ベルランが装備する20ミリ機関砲は、その威力という点で、文句のつけようもない代物だった。携行できる弾数が少なく、すぐに弾切れになってしまうのが残念な点だったが、正確に狙って無駄弾を出さない様にするという芸当も、僕らは覚え始めている。


 ライカと僕が数発ずつ放った砲弾は、敵機の左主翼側のエンジンを粉砕(ふんさい)した。

 いかに優れた性能を持つ飛行機であろうと、エンジンを失い、推力を無くしてしまってはもう、飛び続けることはできない。

 撃墜(げきつい)するのがもったいないと思えるほど美しかった敵機は、炎と黒煙をあげながら墜落(ついらく)していき、やがて、王国の大地にほとんど垂直(すいちょく)に突き刺さって四散した。


 空に、いくつかのパラシュートが開く。偵察機にいったい何人が乗っていたのか、僕には正確なことは分からなかったが、少しでも多くの搭乗員が脱出できたことを祈った。


《撃墜(げきつい)確認! よしっ、中尉たちのところに戻ろう! 全機、反転! 》


 敵機の撃墜(げきつい)をしっかりと目視して確認すると、僕らは、敵の護衛戦闘機と空中戦をしているはずのレイチェル中尉とカルロス軍曹を援護するために機体を反転させた。


 そこで、僕は、2筋の黒煙が、大地へと向かって引かれていく光景を目にした。


 嫌な予感が、頭をよぎる。


 レイチェル中尉は笑い飛ばしていたが、やはり、2機で12機もの敵機を相手にすることは、無謀(むぼう)、慢心(まんしん)だったのではないか?

 僕らが偵察機を撃墜(げきつい)するまでの間に、レイチェル中尉とカルロス軍曹は、やられてしまったのではないか?


 だが、それは、僕の思い過ごしだと、すぐに分かった。


 空に、2機のベルランを追いかけまわす、10機のジョーの姿を、すぐに確認することができたからだった。


 どうやら敵は、偵察機へと向かった僕らを追いかけても追いつけないと判断して、とにかく目の前の2機を撃墜(げきつい)することに専念したらしかった。

 10機の戦闘機が、たった2機を追いかけまわしているが、レイチェル中尉とカルロス軍曹は敵機からの攻撃をひらりひらりとかわし、手玉に取っていた。


 僕らは、その渦中(かちゅう)へと、編隊を保ったまま突入していった。

 敵はレイチェル中尉とカルロス軍曹を追いかけまわしているから、僕らへの警戒心が薄くなっている。一撃目はほとんど奇襲(きしゅう)になるはずだった。


 編隊のままそこへ突っ込むのは、ベルランの高速を生かして攻撃と離脱を繰り返し、ドッグファイト中で速度の十分に乗ってない敵機を少しずつ削り取って行こうという作戦だ。


 僕らは、レイチェル中尉とカルロス軍曹を射撃中だった1個小隊に狙いを定め、接近し、横合いから全力の射撃をあびせた。

 僕らの接近に直前まで気が付いていなかった敵機は、すぐには回避運動に入ることができない。誰が撃った射撃が命中したのかは分からなかったが、1機が20ミリ砲弾の直撃を受けて翼を砕(くだ)かれて墜落(ついらく)していき、もう1機が被弾して煙を引きながら離脱していった。


 僕らは敵の中を突き抜け、こちらを追って来る敵機がいないことを慎重に確認しながら再攻撃のために旋回(せんかい)に入った。


 だが、僕らはそこで、敵機が一目散に逃げ出してしまった光景を目にし、呆気(あっけ)に取られてしまった。

 僕らの攻撃によって、敵戦闘機を1機、撃墜(げきつい)し、1機を撃退(げきたい)はしたが、敵はそれでもまだ8機もいたはずで、僕らよりも多かったはずだ。


 どうにも、退却の判断が早すぎる気もしたが、あるいは、ベルランの高性能が連邦にも認識される様になっていて、警戒されているのかもしれない。


 とにかく、敵機が逃げ出して行ってしまったので、戦闘はそれで終了だった。

 欲を出して追いかけて行って、連邦軍の占領地域に入り、対空砲の射撃を受けて墜落(ついらく)する何ていうことになっても、つまらない。


《よぉし、全機、戦闘止め! 集合しろ! これより基地に帰投する! 》


 南側へ進路を向けたレイチェル中尉の機体を中心に、僕らは編隊を組みなおした。

 僕らは無事に任務を完了したのだから、後は、いつもの様に帰るだけだ。


《ジャック! 首尾はどうだった? もちろん、偵察機は落としたんだよな? 》

《撃墜(げきつい)を確認しました。敵機はこちら側の支配地域に墜落(ついらく)。搭乗員(とうじょういん)は脱出した様でしたが、降下したのはこっち側でしたので、連邦側に情報が渡ることはないはずです》

《いい報告だ! ははっ、気分が良くなって来たぞ! 》


 ジャックの報告に、レイチェル中尉は満足そうに笑った。


《へぇ、凄(すご)いじゃないか! 偵察機を落とした上に、さっきは敵の戦闘機も1機落としていたね! さすが、みんなエースパイロットだ! 》


 続いて、カルロス軍曹が口を開く。


《やれやれ、僕はさっきようやく、1機、撃墜(げきつい)だよ。まだ2機目だ。これじゃぁ、みんなに追いつくのには、結構時間がかかりそうだなぁ》


 カルロス軍曹は、どこか羨(うらや)ましそうな口調でそう言ったが、僕は内心で呆れてしまっていた。


 冗談じゃない!


 僕らは4機がかりで偵察機1機を相手にし、乱戦中の敵戦闘機を横から攻撃することができた。戦果が出て当たり前だ。

 だが、カルロス軍曹は、12機を2機で相手にした空中戦で、1機を撃墜(げきつい)したのだ。

 同じ1機であろうと、数字上は全く同じ価値を持つものであろうと、カルロス軍曹のそれと、僕らのそれを比較することは、そもそも間違いだ。


 しかも、黒煙は2つ、空に作り出されていた。ということは、レイチェル中尉も敵機を1機、あの状況で撃墜(げきつい)しているということになる。


 2人共、きっと、化け物か何かだ。


 僕は、この2人だけは絶対に本気で怒らせはすまいと、心に誓った。

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