11-8「狩り」

 カルロス軍曹の着任に前後して、僕ら、301Aの任務の内容も、若干、変わって来ていた。

 僕らは今まで、味方を攻撃しようとする攻撃機を迎撃(げいげき)する任務を多くこなして来た。フィエリテ市の攻防戦と、その陥落(かんらく)後に新たな前線が明確な形として形成され戦況が落ち着くまで、連邦軍機の行動は活発で、味方をその攻撃から守る必要が大きかったからだ。


 だが、一度、新たな前線が形成されると、連邦軍機の活動は低調になった。

 これは、連邦軍側の補給の混乱も影響(えいきょう)していたが、次の攻勢(こうせい)のための準備期間に入った、ということでもあった。


 こういった状況の変化に合わせ、僕らが出撃する理由は、敵の攻撃機を迎え撃つことから、偵察機を攻撃し、可能な限り撃墜(げきつい)することへと変わっていた。


 戦いに勝つためには、その兵力の大きさや物資、弾薬の量なども重要なものだったが、何よりも必要なのは情報だった。

 相手がどの様な備えをしており、どこに部隊を集結し物資を集めているのかが分かれば、どこを攻撃すれば最も効果的か分かるし、次にどんな作戦をしかけてくるのかだって、かなりの精度で予測することができる。

 こちらから積極的に攻撃するにしろ、攻撃を待って防御をするにしろ、情報があればあるほど、より有利に戦うことができる。十分な情報さえあれば、どれほどの兵力と物資を集めれば勝つことができるのか、ある程度計算することだってできる。


 航空機というのは、もともとはこの、情報のために戦争に使われるようになった。

 高い所から見ればより遠くまで見通せる、というのは今も昔も変わらない。山に登ったり塔を建てたり、気球を使ったりと、人間は様々な手段で高所から敵を見渡し、少しでも多くの情報を探ろうとしてきた。

 その目的のために、飛行機は最適(さいてき)な存在だった。


 飛行機はまず、偵察機として戦争に使われた。やがて空から地上を攻撃することができると気づき、攻撃機としても使われるようになり、それとほぼ同時に、それらの任務につく飛行機を攻撃するための存在、戦闘機が生まれた。

 ある意味で、僕らに与えられた新しい任務は、戦闘機の本来の存在意義(そんざいいぎ)に立ち返るものと言えた。


 連邦軍は、僕ら、王国に対してさらなる攻撃を計画している。それだけははっきりと分かっている。

 連邦は次の攻勢(こうせい)で確実に僕ら王国の命脈(めいみゃく)を断つために、より多くの情報を必要とし、盛んに偵察機を飛ばす様になっていた。


 王立軍は様々な手段を尽くして、防衛線に築(きず)いた陣地を隠(かく)し、その戦力を知られまいとしていたが、それを探りに来る偵察機を始末(しまつ)してしまえば、その秘密はより安全だ。


 偵察機が情報を得る手段は、古典的かつもっとも信頼性のおける人の目の他に、写真機などで具体的な画像として撮影(さつえい)することだ。

 この、写真、というのが厄介で、僕らが連邦の偵察機を追い払っても、撮影(さつえい)した写真が無事であれば敵に多くの情報が渡ってしまうことになる。

 だから僕らは、確実に敵機を撃墜(げきつい)することを求められる様になっていた。


 偵察機というのは、僕にとってあまり馴染(なじ)みがなく乗ったこともない機種だったが、実際に戦ってみると手ごわい相手だった。

 彼らは武装もほとんどなく、僕らに襲(おそ)われると逃げ回るだけということが多いのだが、その逃げ回る、というのが嫌な点だ。

 偵察機は情報を持ち帰るのがその役割で、武装がほとんど無いのは逃げるためにできるだけ自分を軽くするためだった。だから最小限の防御火器と装甲しか持たず、その代わり高速で、遭遇(そうぐう)した状況によっては簡単に逃げられてしまうこともあった。


 だが、戦闘機というのは元々、偵察機を狩るために作られたものだ。

 僕らだって、負けてはいない。僕らはベルランの高速と、20ミリ機関砲の威力(いりょく)を生かし、出撃して連邦軍の偵察機を発見しては、少しずつ戦果を稼(かせ)いでいった。


 連邦軍は最初、身軽で高速な偵察機を単独で王立軍の防衛線の上空へと飛ばしてきていた。これは、単機の方が隠密(おんみつ)に行動できるためと、連邦軍が持っている偵察機が十分に高速で、僕ら王立軍機の迎撃(げいげき)に遭(あ)っても十分逃げ切れるという判断のためだった。

 実際、僕らは連邦軍の偵察機に逃げられてしまうことが、何度かあった。だが、それ以上の回数で迎撃(げいげき)に成功し、情報を持ち帰らせることなく撃墜(げきつい)することができた。

 20ミリ機関砲の威力のおかげだった。ベルランB型が装備する20ミリ機関砲は初速が速く威力(いりょく)があって命中率が良い。少ない射撃機会でも簡単に敵機に火を噴(ふ)かせることができた。


 連邦軍は、僕らに偵察機が落とされるのを、黙(だま)って見てはいなかった。

 彼らは隠密性(おんみつせい)を犠牲(ぎせい)にし、その代わり確実に情報を得るために、偵察機に護衛の戦闘機をつける様になっていった。


 1機のために何機もの戦闘機を護衛につけるのは連邦軍にとっても大きな負担となるはずだったが、それだけ、連邦軍は航空偵察による情報収集を重要視しているということでもあった。


 連邦軍の偵察機の護衛は、最初は徹底(てってい)されてはいなかった。小数機での行動で隠密性(おんみつせい)と作戦の自由度を高め、そもそも僕ら、王立軍の戦闘機による迎撃(げいげき)を阻止しようというのが、連邦の最初の考えだったからだ。


 だが、僕らは、小数機の接近でも容易にそれを察知することができた。新たな前線となった地域に向けて野戦防空用のレーダーサイトがいくつも設置されるようになり、人の目に頼った無数の監視哨(かんししょう)が設置されて、連邦軍機の侵入をかなりの精度で発見することができるようになったからだ。

 これらの情報は、フォルス市に設置されたフォルス防空指揮所に集約され、そこから、前線付近を戦闘空中哨戒中の僕らへ指示が出される。出された指示はハットン中佐が自ら操縦(そうじゅう)するプラティークによって受信され、僕らへと確実に届けられる仕組みになっていた。


 2機や4機、護衛がついていたところで、僕らにとっては容易い障害でしか無かった。確かに、以前よりは連邦の偵察機を狩るのが難しくはなったが、それは、ほんのちょっとだけだ。

 むしろ、こうやって小出しに出てきてくれた方が、僕らにとっては戦いやすかった。こう言っては何だが、ウサギ狩りの様な気分だ。

 僕らの獲物(えもの)は賢(かしこ)くすばしっこいが、僕らに向かって反撃してくる力はとても弱かった。


 だが、僕らが何かをすれば、相手もそれに対抗して何かをしてくるのは、当たり前のことだった。

 カルロス軍曹が301Aに加わってから十数回目の出撃で、僕らは、強力な護衛を受けた偵察機と遭遇(そうぐう)することとなった。


 それは、たった1機の偵察機に、12機もの護衛機のついた編隊だった。

 フォルス防空指揮所からその接近が知らされた時、僕はすぐにはその事実を信じることができなかったが、その編隊は実際に存在し、僕らの眼の前に姿を現した。


 王国からすれば、信じられない様な光景だった。

 偵察機からの情報が重要なのは理解できるが、だからと言って、たった1機のために1個飛行中隊まるまる全てを護衛につけるなど、王国にはとても真似(まね)できない贅沢(ぜいたく)だ。

 出撃に消費される燃料や、機材の消耗(しょうもう)だって軽くは無い。


 だが、連邦はそれをやった。

 僕らは、12機もの護衛を突破し、偵察機への攻撃を成功させなければならない。


《おいおいおい、本当に12機も戦闘機がいるぞ! なぁ、どうするよ? なぁ、なぁ? 》


 敵機を遠目に視認した時、無線越しに飛び込んで来たレイチェル中尉の声は、何と言うか、楽しそうだった。

 僕ら301Aの倍も敵戦闘機がいるのに、レイチェル中尉のこの余裕ぶりもちょっと信じがたいものがある。


《なぁ、どうするよ? なぁ、カルロス軍曹? 》

《敵は、もしかすると、僕らをおびき出すつもりなんじゃないでしょうか? 》


 一方のカルロス軍曹は、相変わらず冷静な口調だ。僕は軍曹と一緒に飛ぶようになったのだが、彼が任務中に慌てたり、取り乱したりするのを見たことが無い。

 地上にいる時は、冗談なんかも言って、見た目や飛んでいる時の印象と違ってフレンドリーな面も見せるのだが。操縦桿(そうじゅうかん)を握(にぎ)ると、人が変わるのだろうか?


《僕らがあんまり偵察機を撃ち落とすものだから、本腰を入れて対策をしてきたってところでしょう。敵はまだこっちに気づいていないようですが、突っ込んで行ったら相手の思うつぼなんじゃないでしょうか? 今なら攻撃しないという手もありますよ》

《なぁるほどなぁ! だが、軍曹。却下だ! 敵戦闘機は12機しかいないからな! 》

《12機「も」、ですよ、中尉殿。こっちの倍じゃないですか》

《いいや、12機「しか」、だ! それにな、軍曹。あたしはそうやって人を罠にかけたつもりでいる奴らを、悔しがらせるのが大好きなんだ! 》


 特に発言を求められなかったし、その必要性も感じなかったので僕らは黙(だま)っていたのだが、どうやら、攻撃を実行することに決まったらしかった。

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