11-7「歓迎会」
カルロス軍曹の歓迎会は、ささやかに開かれた。
用意されたものは、炊事班が余分に作って分けてくれた料理と、日用品を交換して手に入れた菓子やビール類、そして、僕が老夫婦に分けてもらったベーコンとチーズをスライスしたものなどだ。
目玉は、ライカがハットン中佐からもらってきた、秘蔵(ひぞう)の年代物のウイスキーだった。既(すで)に開封されている様子だったが、茶色の瓶(びん)には琥珀色(こはくいろ)の少し甘い香りのするお酒が、まだたっぷりと入っている。
それがどんな飲み物なのか、僕は知らなかった。ライカもよく知らずにハットン中佐からもらって来た様子だったが、その瓶(びん)のラベルを見たレイチェル中尉やカルロス軍曹の喜びようから、いいものであるのは間違いないらしい。
カルロス軍曹の歓迎会であるからには、その主役は当然、カルロス軍曹だった。
僕らはそのお相伴(しょうばん)にあずかるといった立場だったが、幸いなことに食べ物は十分な量を確保することができた。今は戦時中で、物資は決して潤沢(じゅんたく)とは言えなかったが、物々交換(ぶつぶつこうかん)でこれだけのものを集めることだって、まだまだできる。
レイチェル中尉はカルロス軍曹のティーカップに、ハットン中佐が秘蔵(ひぞう)していたウイスキーをたっぷりと注ぎ、自身のティーカップにも注ぎ入れる。ティ―カップなのは、他にちょうどいい入れ物が無いからだった。
中尉は、僕らにも飲むか、と聞いてきたが、僕らは熟慮(じゅくりょ)し検討した上で、丁重(ていちょう)に遠慮(えんりょ)することにした。少し興味はあったのだが、ウイスキーというのは蒸留酒(じょうりゅうしゅ)の一種で、とても強いお酒だ。アビゲイルがレイチェル中尉に酔わされた後どんな目に遭(あ)ったかを聞いているだけに、ためらう気持ちが強かった。
レイチェル中尉とカルロス軍曹はウイスキーの注がれたカップを、僕らはその本来の用途通りにお茶が注がれたカップを掲(かか)げ、乾杯をした。
基地にはちゃんと電気が来ているが、夜間は灯火管制がひかれており、歓迎会の会場となっている待機所の照明は切られていた。何も無いとさすがに真っ暗なので、テーブルの上にはオイルランプが1つだけ置かれ、淡い光でゆらゆらと周囲を照らし出している。
落ち着いた光で、かえって雰囲気は良い。
会話の中心は、レイチェル中尉とカルロス軍曹だった。僕らは同じ部隊に属する戦友だったが、同時に、上官と部下という関係でもある。年も10歳近く離れているから、そういう遠慮もあって、そうそう気軽に会話には参加していけない。
中尉はまず、カルロス軍曹に今までどうしていたのかをたずねた。
軍曹と僕らが最後に言葉を交わしたのは、もう、何カ月も前、戦争が始まるよりも前の話だ。その間、軍曹がどんな風に過ごしていたかを知りたいと思うのは、自然な成り行きだった。
軍曹は、雷帝に撃墜(げきつい)され、機体から脱出した後の着地に失敗し、脚を骨折していた。そのため、軍曹は最初、フィエリテ市の軍病院に入院することとなった。
その後、前線が次第にフィエリテ市に接近してきたことと、怪我(けが)が治ってきたことから、王国の南部、旧オリヴィエ王国の首都であるクレール市に移動したのだそうだ。
クレール市の近郊には、王国が近年、官民一体で設立した大きな航空機の生産工場があり、そこでベルランを生産しているとのことだった。カルロス軍曹はそこで、パイロットとしてのリハビリがてら、負傷する以前と同じようにテストパイロットとして働くことになった。生産ラインを出て来た機体のテスト飛行をしたり、フォルス市近郊の空軍基地に空輸したりしていたとのことだ。
カルロス軍曹が単機で僕らの基地の近くまで迷わず飛んで来ることができたのも、空輸のためにフォルス市までは何度も往復したことがあって、航路を熟知(じゅくち)していたおかげでもあったらしい。
日に日に前線は後退し、いよいよフィエリテ市が戦場となるころになると、カルロス軍曹は前線への配備を希望した。怪我(けが)もすっかり癒(い)えた状態(じょうたい)になり、戦況も不利であったことから、自分がやっているテストパイロットの仕事が重要だとは理解しつつも、いてもたってもいられなかったそうだ。
上層部はまず、後身の育成のために教官となることを打診(だしん)してきたそうだったが、カルロス軍曹は前線への配備を強く希望し、そこへ偶然(ぐうぜん)、王国の新鋭機であるベルランを装備する僕ら301Aからの増員要請が重なったということだった。カルロス軍曹はベルランの操縦(そうじゅう)を熟知(じゅくち)しており、ベルランを装備して戦っている僕らの部隊にとっては最適な人材と言えた。
話は、僕らがどんな風に戦って来たのかという話題にもなった。
話すことなら、たくさんあった。
開戦初日に、帝国軍による航空撃滅戦(こうくうげきめつせん)の矛先(ほこさき)を向けられて以来、ファレーズ城の友軍支援のための初陣や、フィエリテ市の防空戦で、連邦軍の四発爆撃機であるシタデルに苦戦したこと。そして、フィエリテ市上空で雷帝と遭遇(そうぐう)したことや、ベルランが配備されてから出撃した、南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)を破壊する特別任務のこと。
思い返してみると、僕らはもう、数えきれないほど出撃し、何度も戦っている。
たった数ヶ月の出来事に過ぎないのに、もう、何年も戦っている様な気分だった。
カルロス軍曹は、僕らの戦いぶりを興味深そうに、そして、嬉しそうに聞いていた。どうやら、マードック曹長やレイチェル中尉を介しての後輩である僕らの成長ぶりが、嬉しい様だった。
中でも、曹長が喜ぶのと同時に驚いてくれたのは、僕らが全員、5機以上の撃墜(げきつい)記録を持ち、エースと呼ばれるパイロットたちに加わっている、ということだった。
もちろん、ダントツで多くの撃墜(げきつい)記録を持っているのはレイチェル中尉だったが、僕らは僕らなりに頑張っているし、自分でもたいしたものだと思っている。少なくとも、戦争が始まった時は、エースと呼ばれる人たちに加わることができるなんて、思いもしなかったことだ。
「そうか、全員もう、エースって呼ばなきゃいけないのか。すごいなぁ。僕も負けていられないね」
僕らがエースとなったのと同じくらい、カルロス軍曹が興味を持ったのは、雷帝の話だった。
彼は、僕らが雷帝と遭遇(そうぐう)したこと、そして、その戦いぶりを目にしたことを知ると、少し陰のある表情となり、感慨(かんがい)深そうに呟いた。
「そうか。彼も、この空にいるのか。そうか。彼が、いるのか……」
僕には、その呟きが、カルロス軍曹のどんな感情を表しているのか、分からない。
だが、カルロス軍曹にとって、雷帝は、あの、偉大なパイロットは、マードック曹長という名パイロットの仇だ。
軍曹はベルランのテストパイロットとして、マードック曹長と共に飛んでいた。軍曹にとって曹長は師であり、戦友であったはずだ。
そして何より、僚機(りょうき)を目の前で失ったのだ。
その強い結びつきからは、僕が見る雷帝の姿とはまた違ったものが見えているはずだった。
「僕も、噂は聞いたことがあるんだ。マードック曹長から、昔、凄(すご)いパイロットがいたっていう伝説として、ね。曹長も第3次大陸戦争の生き残りのパイロットから話を聞いたんだって。その時の僕は、単純に凄(すご)いなぁと思った。……けど、もしかすると、僕らが戦う可能性だって、あるっていうことか」
アルコールが回っているためか、深刻そうになるカルロス軍曹を、レイチェル中尉が笑い飛ばした。
「なぁに言ってるんだよ、カルロス! 今のあたしらにゃ、マードック曹長や軍曹が仕上げてくれたベルランがあるだろうが! 雷帝だろうが何だろうが、20ミリでバラバラにしてやりゃいいんだよ! 」
僕らはレイチェル中尉の勢いに釣られて笑ったが、僕は、内心では前向きに考えることができなかった。
僕は、雷帝の飛び方を直接目にした。
あの、誰にも真似できないと思わせる様な、空を知り尽くし、風を使いこなす飛び方を。
確かに、ベルランはいい機体だった。連邦の主力戦闘機である大あごのジョーや、帝国の主力戦闘機であり、雷帝の乗機でもあるフェンリルにも、負けない機体だ。
だが、機体の性能は並んでいても、パイロットの腕には明白な差がある。
僕と雷帝の間には、埋めようもない差がある。
その差を埋めない限り、僕は、雷帝には勝てないだろう。
負けない、ではなく、勝つことが必要だった。
僕は、自分が生き残るというだけではなく、仲間と一緒に生き残りたい。
そのためには、雷帝と戦って、引き分けになるだけではだめだ。
彼を倒さなければ、全員で生き残ることなど、できないだろう。
カルロス軍曹の歓迎会は、ささやかに、なごやかなに、楽しく続いた。
だが、僕の中の一部分が、冷たく、僕を現実へと引き留めている。
僕は、今が戦時でなければなと、残念だった。
今が戦時でなければ、僕は、純粋(じゅんすい)に、このささやかな集まりを、心から楽しむことができただろう。
カルロス軍曹は尊敬できるパイロットだったし、彼の話は、どれも興味深いものだった。これから一緒に飛ぶことができるのが、待ち遠しくなるくらいだった。
だが、その、飛ぶということが、戦うということとイコールであることが、首輪の様に僕の心を締(し)め付ける。
そんなことを何も気にすることの必要なかったころが、ひどく懐(なつ)かしく思える。
だが、そんな日々を取り戻すためには、僕らは飛ばなければならなかった。
強くなりたい。
強くなって、そうすれば。僕は、僕らは、この全員で、この戦争を生き残ることができるだろう。
そして、その時にまた、こんな風に、ささやかでいいから集まることができたら。
それは、楽しく、ずっと先まで記憶に残る、素晴らしい瞬間(しゅんかん)になるに違いなかった。
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