11-6「カルロス軍曹」
カルロス軍曹とは、僕らは1度、一緒(いっしょ)に飛んだことがある。
それは、この戦争が始まるよりも前のことだ。僕らがまだパイロットコースの訓練を受けていた時、模擬(もぎ)空戦の対戦相手として、マードック曹長と共にベルランの試作機で飛んでいたのが、カルロス軍曹だった。
軍曹は、雷帝の攻撃を受けて撃墜(げきつい)され、脱出に成功して生還したものの負傷し、長く療養(りょうよう)することになってしまった。だが、その傷が癒(い)え、現役に復帰した。
その現役復帰のタイミングと、ハットン中佐が増員を求めていたタイミングが、ちょうど重なったから、軍曹を僕らの部隊に迎えることができたということらしい。
昨晩、僕らの部隊に到着した補給が、僕らが聞いていた予定とは異なり1機分の部品しか運んでこなかったのは、完成機で工場から直接飛行してきてパイロットも一緒に移動させてしまった方が、効率がいいということらしかった。
今はまだ午前中だから、カルロス軍曹はかなり早く、まだ夜も明けない内から飛んで来たということになる。しかも、単独で迷うことなく、僕らの基地へとたどり着いた。
模擬(もぎ)空戦の時、僕らはカルロス軍曹が優れたパイロットであるということをはっきりとこの目にしている。だが、正規のパイロットの1人として飛ぶようになった今なら、カルロス軍曹の腕前の良さがより一層、理解できる。
基地周辺へは地文(ちもん)航法といって、地上の特徴的(とくちょうてき)な地形や建物などをたどって飛行することで理論上は迷わず飛んで来ることができるが、それは口で言うほど優しいことでは無い。
もし、僕が単独で何百キロメートルも飛べと言われたら、多分、できないだろう。目的地を見失って、どこかに不時着するのがせいぜいだ。
だが、カルロス軍曹は、その、僕にはできないことを平然とやってのけた。そのことだけでも、軍曹は僕らにとって、尊敬(そんけい)に値するパイロットだと言える。
飛行帽を取ったカルロス軍曹は、王国の北方に多い金髪に碧眼(へきがん)で、少し髪を長めに伸ばした、スラリとした長身の男性だった。
あまりたくましい、という印象ではない。どちらかと言えば電気関係の、難しくて細かい仕事の方が得意そうに思える風貌(ふうぼう)だったが、優れた腕前のパイロットであることは疑(うたが)う余地がない。
僕の印象では、カルロス軍曹はいつも冷静で、ストイックな性格だと思えたが、意外にも親しみやすい面もあった。
「ぇえっ!? 警報まで出たのかい!? 」
カルロス軍曹がやって来るのを敵機と誤認して警報が出て、緊急発進するところだったということを知ると、軍曹はかなり驚(おどろ)いた様子だった。
その様子は、少し大げさで、外見の繊細(せんさい)で気難しそうな感じとはかなり違っている。
「変だなぁ。事前に連絡を入れていたはずなんだけど……」
カルロス軍曹は首をかしげるばかりで不思議がっていたが、それは、こういうことであったらしい。
連絡は、確かに僕らの基地へ向かって発せられていた。
だが、途中の伝達で手間取り、基地へその連絡が届いたのは、ちょうど、カルロス軍曹が基地の上空へと到着しつつある時だった。
不明機が接近しているということで一度は発せられた警報がすぐに取り消されたのは、目視で味方機だと確認ができたことと、この連絡がようやく基地に到着したからであったらしい。
前にも、似た様なことがあった様な気がする。戦争が始まって以来、王国の通信網はひっきりなしに行き交う通信によってその容量は逼迫(ひっぱく)しており、未だに混乱することがある様だった。
もう少し深刻な間違いが起きていれば、僕らは、カルロス軍曹の機を迎撃するために対空砲を放っていたかもしれなかった。
だが、とにかく、カルロス軍曹は僕らの基地へと到着し、僕らの部隊の一員となってくれた。
その到着を一番喜んだのは、レイチェル中尉だった。
レイチェル中尉とカルロス軍曹は、どうやら、以前からの友人である様だった。飛行教官としてマードック曹長に教えを受けた仲であり、一時期同じ部隊に所属していたこともあったらしい。
中尉が軍曹の着任を喜んだ理由は、他にもある。
今まで、僕ら、301Aは5機の戦闘機を保有し、その5機で出撃を繰り返して来た。その中でレイチェル中尉は隊長機として僕らの戦闘の指揮を取っていたのだが、自由に行動していつでも僕らを支援できる様に、常に独立して単機で飛行していた。
1人で何もかもやらなければならなかったのだから、さぞ、忙しかったことだろう。
その中尉に、ようやく2番機が、背中を任せられる僚機(りょうき)ができたのだ。
レイチェル中尉は機体の不具合と疲労によって事故を起こしてしまったのだが、それは、常に単機で飛び続けたことにより、僕らよりもさらに体力も精神も消耗(しょうもう)していた、ということが大きく関わっている。
しかも、中尉の僚機(りょうき)となるのは、ベテランで、誰から見ても腕の立つパイロットだ。
嬉しくないはずが無かった。
カルロス軍曹は、年もレイチェル中尉と近かったから、話も合う様だった。
カルロス軍曹がなぜ、レイチェル中尉よりも低い階級である軍曹であるかと言えば、士官学校を出ていないせいだった。カルロス軍曹は士官学校に進むこともできたのだが、わざとそうしなかったということらしい。
軍曹は志願兵として軍に入り、偶然(ぐうぜん)でパイロットコースに進んだのだが、それが自分で思っていたよりも性に合っていて、そのまま軍に残ることに決めたということだった。だが、士官学校に進むと、一時的にとはいえ操縦桿(そうじゅうかん)を握(にぎ)れなくなるので、あえて進まなかったらしい。
それに、小難しいことは嫌いなのだそうだ。
カルロス軍曹の見た目はそういう小難しいことが得意そうな印象だから、僕からすると意外な話だった。
だが、その僕の考えも、正確ではなかった。
カルロス軍曹は、勉強が嫌い、と言うよりは、誰かにあれやこれやと指示を出すのが嫌だ、ということらしかった。
士官学校を出て将校への道に入るということは、多くの部下を持つことと同じだった。仲間のことだけならまだしも、あまり深く関わらない様な他人のことまであれやこれやと考えて指示を出すのは、カルロス軍曹にとって苦手なことであったらしい。
ちなみに、レイチェル中尉がどうして士官学校に進んだのかと言えば、「人に指図されるより、指図する方がいい」とのことだった。
なんともレイチェル中尉らしい言い分だ。
そして、人に指図をするのが大好きなレイチェル中尉から、僕らは、ある任務を言い渡された。
それは、「今晩、カルロス軍曹の歓迎会をささやかに開くので、その準備をせよ」という、非公式の特殊任務だった。
前線の上空は天候不良で、僕らの今日の出撃は中止とされて待機状態となっていたが、それは、日が暮れるまでのことだった。
僕らが装備する機材、そして僕らの技量では、夜間出撃はできない。だから、僕らの待機任務も、日が暮れればそれで終了になる。
出撃のあった日なら、その日の出撃の報告や戦果のすり合わせ、戦術や戦法の見直しなどで話し合いをして、そのまま疲れに任せてぐっすりと眠ってしまう。だが、今日は待機するだけだからそういったことはなく、翌日の任務の予定を話し合うだけで、後の時間は空いていた。
その時間で、形だけでもカルロス軍曹の歓迎会を開こうということらしかった。
パイロットだけで集まって小さなお祝いをするということは、以前にもあった。僕らが全員5機以上の撃墜(げきつい)スコアを持つ様になった時に行ったものだ。
僕らは、その時と同じように準備をすることとし、役割の分担を決めて散っていった。
ジャックは一緒にパンを焼いた縁で炊事班と仲がいいので、炊事班にかけあって少し余分の料理を作ってもらいに行った。
アビゲイルは、僕らからひとまず不要な品々(配給された石鹸(せっけん)や衣服など。物資が欠乏(けつぼう)気味なので現金ではあまり喜ばれない)を集め、基地にいる他の兵士たちへ交換を持ちかけに行った。
ライカは、ハットン中佐のところへ向かった。ライカはハットン中佐に事情を話し、中佐の私物をいくらか分けてもらえないかを交渉する役割だ。
僕はと言うと、僕らの基地、フィエリテ南第5飛行場で、牧場に擬態(ぎたい)するために飼育されている家畜たちの世話をするために雇われている老夫婦の家へと向かった。
僕は時々、老夫婦にお願いして仕事を手伝わせてもらっているから、2人とは仲がいい。事情を話せば、何かを分けてもらえないかと思ったのだ。
結果は、上々だった。老夫婦はそういうことなら、と、出来(でき)のいいベーコンを一塊(ひとかたまり)と、自家製のチーズを一塊(ひとかたまり)、僕に分け与えてくれた。
老夫婦が持って来てくれた塊(かたまり)はどちらも大きく、少しもらい過ぎの様な気もしたが、農場の産物は基地の食糧事情を潤(うるお)して余りあるらしく、他に運び出す手段も戦争の影響で無くなってしまったため、むしろ食べてもらわないと困る、とのことだった。
食べ物だって必要だが、兵器や弾薬の輸送が優先されているため、以前使っていた馬車もそちらへ回されている、ということらしかった。
僕は老夫婦に深く感謝すると、いただいたものを持って仲間たちの所へと向かった。これだけのものがあれば、みんなも喜んでくれるはずだった。
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