11-5「警報」

 僕らは連日続いていた出撃によって疲労し、その疲労は、とうとう、着陸時の事故という形で表面化した。

 王国にとって待望の新鋭機であったベルランにも、新鋭機であるが故の問題が生じ、開発部では現在、対策の検討が行われている。


 パイロットの疲労という問題については、僕は、あまり気にしてはいなかった。気にしてもどうしようもないことだと思っていたからだ。

 現在の戦況を考えれば、王国にとって数少ない戦力となった僕らが何度も出撃するのは仕方の無いことだし、僕らで何かできる様なことではないと思っていた。


 だが、意外なことに、パイロットの疲労という問題についても、対策がとられることとなった。

 部隊に、事故で失われた補充機と共に、パイロットが新たに1名、加わることとなったのだ。


 これは、僕らの指揮官であるハットン中佐が、あちこちにかけあって、ようやく実現したことだった。

 王立空軍の現在の苦しい状況を考えれば、どこの部隊でもパイロットは必要とされており、今回の増員は驚(おどろ)くべきことだった。よほどハットン中佐がやり手だったのか、運が良かったのだろう。

 どうであろうと、ハットン中佐が僕ら、パイロットの疲労という問題を深刻(しんこく)に考え、解決のために真剣に取り組んでくれたということだった。


 やって来る補充機は、事故で失われた機体の分と、新しいパイロットの分で、2機が供給される予定となっていた。

 どうやら、ベルランの生産は順調に進んでいるらしく、ひとまず必要な量を得ることができている。

 余裕があるわけでは決して無かったが、それでも、連邦軍や帝国軍の主力戦闘機と対等に戦うことのできる高性能機の生産が順調であることは、僕らにとって心強いことだった。


 補充機は、相変わらず、とにかくその場にあった車両をかき集めて運んできました、といった風な車列によって、僕らの基地へと運ばれてきた。

 もう、すっかり見慣(みな)れてしまった光景だ。車両たちはあちこちを走り回り、酷使(こくし)されているせいか汚れが目立ち、ボディにも傷跡(きずあと)が目立った。中には、被弾痕(ひだんこん)をそのまま残したままで働いている車まであった。


 補給部隊がやって来たのは、やはり日が暮れてからのことだった。視界のいい昼間は敵機の行動が活発で、前線から100キロメートル近く離れているこの辺りでも攻撃を警戒しなければならない。日が暮れてからであれば、敵機の脅威(きょうい)はぐっと少なくなる。


 相変わらず、整備班は仕事熱心だった。翌日にも出撃が予定されていたから、一晩で機体を仕上げ、午前中にはテスト飛行を行って、午後からの出撃には参加できる様にするということだ。

 機体を完成させても、新たに加わることになっているパイロットはまだ到着していないのだから、2機とも仕上げてしまうことは無いと思うのだが、僕らの整備班のモットーは「今日やれることは今日やっておく」だそうで、彼らはその方針を曲げようとは思わないらしかった。

 パイロットだけでなく、整備班にも増員が必要そうだ。


 だが、そんな整備班の努力は、無駄になってしまった。


 前線上空の天候が悪いため、僕らの出撃は取りやめとなったからだ。

 フィエリテ南第5飛行場の上空は晴れていて、飛行するのに何の問題も無いのだが、前線の上空は雲が出て、荒れ模様(もよう)であるらしい。

 もちろん、敵機が僕らの頭上へ、いつやって来るかは分かったものでは無かったから、僕らはいつでも飛べる様に待機している。だが、連邦軍は補給の混乱が影響(えいきょう)して活動を弱めているし、帝国軍も、連邦と王国が潰(つぶ)し合うのをこれ幸いと鑑賞(かんしょう)しているので、多分、今日はもう、交戦は無いだろう。


 僕らが普段使っている機体は、いつでもエンジンを始動できるような状態で駐機場に並べられたままだったが、整備班が徹夜(てつや)で完成させた機体は、これからレイチェル中尉がテスト飛行させるということで、朝、出撃中止が伝えられたブリーフィングの最中からエンジンを回していた。


 そこで、僕は、完成した機体が、2機ではなく、1機だけであることに気が付いた。

 昨夜の補給で、2機分の部品が到着し、整備班が2機とも仕上げているものとばかり思っていたのだが、僕の予想は外れた。


 何か問題でもあったのだろうかと思って、僕はテスト飛行に出発するレイチェル中尉を見送るついでに、仕事を終えて休憩(きゅうけい)中だったカイザーと話してみることにした。


「ああ、それなんだけど。納入されたものを確認したら、1機分の部品しか無かったんだよ。あとは全部予備部品ばかりさ。俺たちも2機分仕上げちまうつもりだったんだけどさ、おかげで肩透(かたす)かしだったよ。徹夜(てつや)するつもりだったのに。まぁ、その分たっぷり仮眠できたからいいんだけど」


 カイザーは熱々のコーヒーをすすりながら、僕の質問に肩をすくめて見せた。

 それから彼は、まぁ、予定が遅れているんだろうと、あまり気にした風でも無い様子だった。確かに、今は戦時でもあるし、こういった予定外が起きてもおかしくは無い。


 それに、僕らは深くそのことを考えている余裕が無かった。

 唐突に、基地に警報が鳴ったのだ。

 その直後、対空戦闘用意、配置につけという意味のラッパも鳴った。


「まわせーっ! 」


 僕はそう叫びながら、駐機所に用意されていた機体へと駆け寄った。カイザーも、飲んでいたコーヒーをカップごと放り出し、慌てて走り出す。

 僕が機体の主翼を踏み台にして操縦席(そうじゅうせき)にもぐりこむと、既(すで)に機体の周りには数人の整備員たちが集まって来ていて、エンジンの始動手順を始めていた。

 視線を動かすと、僕と同じ様に大慌てで待機所から駆け寄って来る仲間たちの姿が見える。先頭はアビゲイル、続いてジャック。ライカはすばしっこいが小柄なので、単純な競争ではちょっと不利だ。


 ちょうど、僕の機体のエンジンが点火された時だった。


 今度は、戦闘止め、用具納めろという意味のラッパが鳴った。

 機体のすぐ近くまで駆け寄ってきていた僕の仲間たちが走るのをやめ、拍子(ひょうし)抜けした様に、音のした方向を振り返る。


 基地中にすぐに指令を伝達できる様にあちこちに設置されている拡声機から、クラリス中尉の声が流れて来た。


「ただ今の警報は誤報です。戦闘の必要はありません。各員は待機状態に戻ってください。繰(く)り返します……」


 僕は唖然(あぜん)とし、近くで機体の準備をしてくれていたカイザーと視線を交わして、お互いに不思議がる他は無かった。


 だが、どうして誤った警報が発令されたのか、その理由はすぐに分かった。

 この基地に、僕ら、301Aの所属ではない機体が着陸進入してきたからだ。


 それは、王立軍の新鋭戦闘機、ベルランB型だった。

 同型の機体なら、ついさっきレイチェル中尉がテスト飛行のために飛行して行ったが、その機体では無かった。中尉の新しい機体は機体番号138号機だったが、今、着陸進入してきている機体は、機体番号142号機で、明らかに別の機体だ。


 その機体の飛行は安定していて、見る者に少しも不安も感じさせないアプローチを行った後、ふわりと車輪を滑走路の芝生の上に着地させた。その様子からは、それを操縦(そうじゅう)しているパイロットの高い技量がよく分かった。


 警報は、どうやらこの機の接近を敵機と誤認して発令されたものであるらしかった。


 僕はカイザーにエンジンの停止手順をお願いして、機体から降りると、駐機所に向かってゆっくり滑走して来るその機体を待ち構えることにした。

 慌てて出撃しようとしたのに空振りさせられたので、せっかくだから、どんなパイロットが乗っているのかを確かめてやろうという気持ちだった。

 待機所から駆け出して来た、アビゲイル、ジャック、ライカも、僕と同じ様な気持ちだったのだろう。自然と、僕の周りに集まり、同じ様にこちらへ向かって来る機体を待ち受ける。


 所属不明の友軍機は、やがて駐機場へとやって来ると、機体を停止させた。

 乗っているパイロットは、男性の様だ。細身で、背が高い。

 風防を後方へとスライドさせ、近くに駆け寄って来た整備班に挨拶(あいさつ)をし、いくらか言葉を交わすと、そのパイロットは操縦席(そうじゅうせき)を降りた。


 どうやら、味方で間違いは無いらしい。


 機体を降りたそのパイロットは、一塊(ひとかたまり)になって様子をうかがっていた僕たちに気づくと、少し驚(おどろ)き、それから嬉しそうな笑顔になって、僕らの方へと向かって来る。

 僕らは、そのパイロットの飛行服に軍曹の階級章があるのを見つけ、慌てて姿勢を正して敬礼をした。軍曹ということは、僕らの上官だ。


 僕らの近くまでやって来た、スレンダーなその男性パイロットは僕らに敬礼を返すと、親しげな様子で声をかけてくる。

 誰、とはすぐには思い出せなかったが、聞き覚えのある声だった。


「やぁ、みんな。驚(おどろ)かせてしまったみたいだね。……初めまして、というのは、少し違(ちが)う気がするけど、とにかく、初めまして。カルロス軍曹、301Aに着任します」


 僕はその名前で、その声の主を知っているということを思い出し、思わず、あっ、と声をもらしていた。

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