11-2「不信感」

 僕らは、家を失った。

 国家元首も、失った。


 王国の領土は三分の一近くが既(すで)にその手には無く、それらを奪還(だっかん)する見込みも、まだ僕らの手に残っている残りの三分の二の領土も守りきれる確証も無かった。


 僕らは戦いを諦(あきら)めてはいなかったが、心のどこかに大きな不安を抱え、一度は連邦や帝国の攻撃を押しとどめたことによって取り戻しかけていた自信を、再び失った。


 この戦争において、誰が勝者かと言えば、連邦だ。そうでなければ、帝国だ。

 僕ら、王国は、敗者の側だ。


 そんな僕らに対し、連邦は、自身の勝利をより鮮明に印象付けるために、僕らが王として戴(いただ)いて来たシャルル8世を処刑した。

 それによって、連邦は僕らが完全に戦意を喪失(そうしつ)し、武器を捨てて降伏すると信じていた。


 だが、それによって生じた結果は、連邦が思い描(えが)いていたこととは、全くの逆だった。


 シャルル8世は、はっきり言ってしまうと、僕ら、王国民にとってはあまり意識されることの無い存在だった。

 イリス=オリヴィエ連合王国の王家は、その政治的な実権を失って久しく、実生活の面で王という存在を気にする機会はほとんど無かった。

 だから、人々の記憶の中に、シャルル8世の存在はあまりない。名君か、暗君かさえ、分からない。シャルル8世には王様としての能力を示すための機会がそもそも存在しなかったからだ。


 だが、それがかえって、僕らにとって、シャルル8世の死を、強く意識させることとなった。


 シャルル8世は、生前に、その治世において功績(こうせき)と呼べるようなことは残していない。その様なことをする権力がそもそも無かったのだから、当然だ。

 これは、裏を返せば、シャルル8世は僕らにとって、何ら害となる様なこともしていなかったということになる。

 善政を行ってもいないし、悪政を行ったわけでも無い。

 だから、誰も、王様に悪い印象を持ってなどいなかった。そんな印象を持ちようが無かったのだ。


 生前は僕らにあまり意識されなかった王は、その死によって、僕らの意識に強く刻みつけられることとなった。

 連邦の思慮(しりょ)を欠いた一方的な即決裁判による死には、王国が現在直面している理不尽(りふじん)な状況が重ねられた。

 王国は永世中立国として、連邦にも帝国にも何ら脅威(きょうい)を与えていなかったのに、一方的に攻撃を受けた。王もまた、罪らしい罪など犯してはいないのに、「王だから」という理由で命を奪(うば)われた。

 王の死は、王国民にとって、現在自分たちが置かれている境遇(きょうぐう)の象徴となる様な出来事になった。


 同時に、連邦について、これまでに無かった印象が持たれることとなった。

 連邦にとって、この世界には、敵か、味方か。あるいは、白か、黒かしかない。

 彼らにとっては、自分たちの思想に共感し、支持する人々以外は、全て敵とみなされるのではないかという、強い不信感が生まれていた。


 シャルル8世は、王であるというだけで、連邦にとっては処刑に値した。

 連邦は自由、博愛、平等を最も基本的なものとして大切にし、また、そのことを公言してはいるが、それは連邦の中でのみ通用するものであって、帝国はもちろん、僕ら、王国に対してですら、適用外なのではないか。


 連邦は、王国の将兵を手厚く扱うことを公言している。そして、捕虜となった将兵は、虐待(ぎゃくたい)を受けることもないし、自由は制限されるが、その生命を脅(おびや)かされる様なことにもなっていない。


 だが、一度、連邦のものとは異なる思想、信条を持っていると判断された時、容赦(ようしゃ)なく攻撃の対象とされるのではないか。

 そしてそれは、連邦がそう思えば、それだけで実行されるのではないか。そして、それが実行に移される時、それについて公正な裁判などは何ら行われること無く、調査されることすら無いのではないか。


 それは、単純な不信感というだけではなく、僕らにとっては恐怖であり、怒りでもあった。

 この戦争が、連邦側の一方的な都合によって始められたということが、より一層、はっきりとした事実として僕らに認識されたからだ。


 僕らは、この戦争に負けている。

 それを逆転できる見込(みこ)みも無い。


 だが、戦況がどうであれ、僕らにとって、この戦争を続けなければならない理由が1つ、新しくできてしまった。

 もし、このまま連邦に降伏しても、それによって、僕らが望んでいる、平穏で幸福だった頃(ころ)の王国を取り戻せるはずが無いと、はっきりしてしまったからだ。


 戦争なんてさっさとやめてしまうのが一番なのに、そうしてしまうと、僕らは今よりももっと、大切なものを失ってしまう。

 そしてそれに、抗議(こうぎ)することもできなくなってしまう。


 僕らは、もう、抵抗する力が残されている限り、連邦との戦いを止めるつもりは無かった。


 フィエリテ市の失陥(しっかん)は、僕らにとって、確かに、その敗北をより強烈(きょうれつ)に印象付ける出来事(できごと)だった。

 だが同時に、防衛上、有利となる点もいくつかもたらしてくれている。


 その1つは、前線の形が変化し、連邦軍と帝国軍から挟撃(きょうげき)されるという状況が解消された点だ。

 王国はこれまで、連邦に対する西部戦線、帝国に対する東部戦線という2つの前線を抱えていた。だが、フィエリテ市の失陥により、新たな前線はフィエリテ市の南側、フォルス市の北側に、東西にほぼ一直線になる様に形成された。

 このため、新たに形成された前線に配備された王立軍の戦力は、旧西部戦線の残存戦力と、ほぼ無傷で後退してきた旧東部戦線の戦力により、かえって手厚いものとなっている。


 これに加えて、連邦軍は東側に帝国軍との前線を、南側に王立軍との前線を持つことになった。これによって、連邦はその全力を王国へと振り向けることが不可能となっている。

 王立軍に向けられた連邦軍の戦力は、それでも王立軍に優越(ゆうえつ)する規模のものだったが、これまでの様な大規模な攻勢をかけることはできなくなっていた。


 もう1つは、イリス=オリヴィエ縦断線がまだその機能を残している地域にまで前線が後退してきたため、鉄道輸送による王立軍への兵站(へいたん)が機能を取り戻したことだ。

 これによって新たな前線への増援と物資の補給は円滑(えんかつ)に行われるようになり、西部戦線の崩壊(ほうかい)によって放棄(ほうき)せざるを得なかった野戦砲、榴弾砲などの重装備が補充され、新たな前線の守備に就(つ)いている王立軍の部隊はその能力を回復しつつある。いや、むしろ、以前よりも強化されたと言っていい。


 そして、3つ目は、王立軍が補給面の効率を取り戻しつつあるのに対して、連邦軍は補給面で困難に直面しているということだった。

 僕らが、南大陸横断鉄道の橋梁を破壊したことが影響してきている。

 連邦軍はかつての国境から、南大陸横断鉄道を利用して前線へと膨大(ぼうだい)な物資を送り出していた。それは、西部戦線を突破する際に、僕らが想像もしたことが無かったような猛烈(もうれつ)な砲撃を長期間に渡って実行できたことからも、十分に機能していたことが分かる。

 だが、前線がフィエリテ市より先へと移動し、フィエリテ市まで直接列車を乗り入れすることができないという事態(じたい)となり、にわかに補給を滞(とどこお)らせる様になっていた。


 物資は、破壊された南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)の手前までは、きちんと必要数が届いている。

 だが、そこから先へ、フィエリテ市内より向こうまで前進した連邦軍の部隊に、その物資を届けられないでいる。

 フィエリテ市の手前まで運ばれてきた物資は、そこからはトラック輸送に頼る他は無かった。だが、前線の需要(じゅよう)に応えられるだけの輸送量を、トラックだけでは確保できていないのだ。


 連邦であれば、早晩(そうばん)、前線の部隊の需要(じゅよう)を満たせるだけのトラックを配備してくるだろうから、これは、一時的な混乱に過ぎないだろう。

 だが、それまでは次の攻勢はかけられないということで、王立軍にとっては新たな防衛線の防御を固めるための時間稼(じかんかせ)ぎになっていた。

 それに加えて、連邦が当初の目的としていた、王国領内を通過して帝国領へ侵攻するという構想は、実行が困難となっていた。連邦の構想は南大陸横断鉄道の使用を前提(ぜんてい)としていたものであるだけに、それが使えないとなると、その計画は大幅(おおはば)に見直すか、あるいは、撤回(てっかい)する必要さえ出てきている。


 だからと言って、王国が連邦や帝国を追い払うことなど、できもしない夢物語に過ぎなかったが、それでも、僕らには希望があった。


 僕らは確かに負けているが、抵抗する術を完全に失ったわけでは無い。

 そして、以前にも増して、大勢力が振りかざす一方的な理屈に対して、抵抗する意思を固めている。


 それを象徴(しょうちょう)する出来事(できごと)が起こった。


 亡くなった王、シャルル8世に代わり、新たな王が即位したのだ。

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