10-14「帰還」

 ベイカー大尉の機体から投下された、複数の爆弾を一体化させただけの、いかにも急ごしらえといった姿をした特殊爆弾は、吸い込まれる様に南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)へと命中した。


 それは、最初からそこに命中することが決まっていたことである様な、見事な爆撃だった。


 爆弾は、ベイカー大尉の機体が橋梁の上を通過するのとほぼ同時に、5本ある橋脚のうちで、真ん中の1本の頂点辺りに命中した。

 瞬発式の信管が即座に作動し、特殊爆弾は巨大な爆発を起こし、爆炎と黒煙が一気に広がり、水面に白波が立った。


 黒煙が薄れると、そこには、橋脚の頂点部分に乗っていた橋桁(はしげた)部分をすっかり吹き飛ばされた橋梁(きょうりょう)の姿があった。

 支えを失った橋梁(きょうりょう)は、その中央部分を、最初はゆっくりと沈下させていく。だが、突然、攻撃された橋脚上にあるトラスの、下向きの三角形を構成していた上側の梁(はり)が折れ曲がると、橋梁(きょうりょう)は急激(きゅうげき)に落ちた。

 橋は、真ん中の支えを失って、ちょうど、V字型に折れて崩落(ほうらく)した。


 橋の崩落(ほうらく)は、それで終わりでは無かった。

 中央部が落下したことによって、橋の両端側の橋桁(はしげた)が橋の中央側へと引きずられ、橋脚の上から外れた。

 両端の支えを失った橋梁(きょうりょう)は、その自身の重みに耐えられず、まだ残っていた橋脚の上で左右がほぼ同時に折れ曲がり、河の中に落ちて行った。


 崩落(ほうらく)の衝撃(しょうげき)で、河に大きな水柱があがり、落下してきた橋桁(はしげた)によって押し出された波が河岸へと押し寄(よ)せて、陸地を波がさらった。


 空中を、エンジンの爆音を轟(とどろ)かせながら飛んでいる僕には何の音も聞こえなかったが、見ているだけで、鉄骨が折れ曲がり、軋(きし)み、歪(ゆが)む音や、水面に落ち込んで巨大な水しぶきを上げる轟音(ごうおん)が聞こえてくるような気分だった。


 後には、橋桁(はしげた)を、ちょうどアルファベットのM字型に折り曲げて破壊された、南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)の姿だけがあった。


 僕は、まるで、手品でも見ている様な気分になった。

 ベイカー大尉たち、ウルスの搭乗員たちの技量にも感心させられたが、何よりも、あれだけ巨大な構造物が、特別製とは言えたった1発の爆弾で完全に破壊されてしまったことが、すぐには現実のものとして受け入れることができなかった。


 例え、連邦軍が復旧させようとしても、あれでは橋桁(はしげた)はもう使い物にならないし、復旧させるためには残骸(ざんがい)の撤去(てっきょ)から始めなければならない。

 それには、長い時間と、膨大(ぼうだい)な労力が必要になるはずだった。


 だが、それは、王国が平和になった時、その橋を利用可能とするためには、同じく、長い時間と、膨大(ぼうだい)な労力が必要となるということでもあった。

 僕らは、王国にとっての大切な財産であり、平和さえ取り戻せれば大きな恩恵をもたらしてくれたであろうものを、破壊した。


 そうせざるを得なかった。


《命中! やった、やったぞ! 技術屋の言っていた通りになった! 》


 僕は、無線越しに飛び込んで来たベイカー大尉の歓声で、それが現実であるということを理解した。


 僕は、ほんの少しの後悔と、寂(さび)しさと、こんなことをしなければいけなくなってしまったことへの嘆(なげ)きと、怒りと、そして、大きな達成感がごちゃ混ぜになった感覚をいだきながら、崩落(ほうらく)した橋梁(きょうりょう)の上空でジャックと一緒に機体を旋回させた。

 僕らは、その光景を忘れまいと、眼に焼き付けておきたかったのだ。


 その時、無線に、レイチェル中尉の声が入って来る。


《お前ら! ぼけっとしてないでさっさとこっちに来やがれ! 》

《あっ! やっべ》

《いっ、今行きます! 中尉! 》


 僕らは、まだ4機のマンバに追い回されているレイチェル中尉のことを思い出し、慌てて、援護するために機首を向けた。


 戦闘は、すぐに終わった。

 4機の敵機は巧みに逃げ回るレイチェル中尉に手を焼いていたが、そこへ僕らが駆け付けると隊形を乱した。

 そこを、レイチェル中尉は見逃さなかった。


 今まで散々追いかけまわされていたことへの鬱憤(うっぷん)を晴らす様に、レイチェル中尉はあっと言う間にマンバの1機を20ミリ機関砲でズタボロにしてしまった。さらにもう1機に攻撃を加え、エンジン部分を正確な射撃で狙撃し、炎と黒煙を吹かせた。

 中尉に攻撃された2機のマンバはそのまま落ちて行き、河川に不時着した。1機は着水した時に機体が折れてしまったが、パイロットは脱出に成功したらしく、水面に顔を出すのが確認できた。


 残った2機は、レイチェル中尉が自分たちの方に機首を向けたのを見るや、一目散に逃げ出していった。

 レイチェル中尉が優れたパイロットであることが分かり、相手にするのは危険すぎると思ったのだろう。


 僕だって、レイチェル中尉を相手に空中戦何てやりたくない。

 模擬戦でも、勝った記憶が無い。


《よぉし! 戦闘終了だ! 301A全機、集合! このまま202Bを安全な空域まで護衛しながら帰還するぞ! 》


 レイチェル中尉は、逃げ出していった2機を深追いしなかった。

 僕らの任務は完全に達成されていたし、深追いして、別の敵機と遭遇(そうぐう)したり、連邦軍の対空砲の射程に入ってしまったりする危険を冒(おか)す必要は無い、という判断だった。


 僕らは、作戦の開始前に空中集合したその全機で隊形を組みなおすと、ハットン中佐が待ってくれている空域へ機首を向けた。


《作戦は成功。損失機も無し。100点満点、言うことなしの結果だ! 守護天使たち、感謝する! 素晴らしい護衛だった! 》


 帰り道で聞いた、その、ベイカー大尉の称賛(しょうさん)の言葉は、どこかくすぐったい様な感じであるとともに、こんな風にほめてもらっていいのだろうかと、不安でもあった。


 確かに、任務は完全に遂行(すいこう)された。

 その上、僕らは1機も損失を出すことがなく、逆に、4機の敵機を撃墜(げきつい)し、2機の敵機を撃破するという、ほとんど一方的とも言える結果を残すことができた。


 だが、僕は、202Bに攻撃をしかけようとしていた敵機を攻撃するのを、自身の安全のためにためらった。

 それは、利己的で、他者を危険にさらす行いでは無いのか。


 そんな思いが、僕の心に影を落とす。


 だが、これで良かったのだと、すぐに思える様になった。


 確かに、僕らの今回の任務は、ベイカー大尉率いる202Bを護衛し、無事に任務を達成することだった。

 だが、202Bは、単に、一方的に守られるだけの存在では無かった。


 彼らは3機のガンシップを用意し、自身の身を自身の力でも守れるよう、十分な計画を練り、準備をした上で任務に臨(のぞ)んでいた。

 その準備がどれだけ役に立ったかは、結果を見れば明らかだ。


 僕は無理に敵機の破片に突っ込まずに、自身の命を危険にさらさずに済んだし、任務は完全に、これ以上ないほどの成功を見せた。


 だが、あの時。敵機が爆発したことによって進路が遮られた時、202Bを守るためだと言って、僕がその中に無理に突入していたら。


 立場を変えて、考えてみる。


 僕は、ガンシップの銃座についている。

 敵機の攻撃から味方を守る。そのために訓練を積み、そのために戦場へと出てきている。


 だが、そんな自分が目の前にいるのに、味方機が敢(あ)えて危険を冒(おか)し、そして、墜落(ついらく)していく様を目にしたとしたら。


 僕は、どんな気持ちになるだろう?


 僕は、飛行機に乗りたいがために、軍に志願して、パイロットになっただけの人間だ。


 戦争が始まって、僕自身の手で戦うことなど考えたことも無かったし、望んだことも無い。

 だが、そうなってしまった。


 だから、僕は、その現実に、必死になって向き合わなければならなかった。

 家族や、友人や、故郷を。かけがえのない仲間たちを守るために、僕は、自分にできることなら何でも、全て、やるつもりだった。


 だが、僕は、ようやく学ぶことができた。

 今まで分かっていたつもりだったが、全然、僕が理解できていなかったことだ。


 僕は、僕1人で戦っているのではない。

 無限大に思える程広いこの空で、たった1人、孤独に、飛んでいるのではない。


 僕は、ようやく、ライカが何を言いたかったのかを理解することができた。


僕には、仲間がいる。

一緒に戦い、飛んでいる、仲間たちがいる。

そして、仲間たちと一緒であれば、僕は、僕1人でできることよりも、すっと、ずっと、多くのことをやり遂(と)げることができる。


 そう気づいた時、僕は、それに気づかなかったことへの深い後悔の気持ちと、そして、何よりも、大きな喜びでいっぱいだった。

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