10-13「信頼」

 僕らが攻撃しようとしている南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)は、四径間連続(よんけいかんれんぞく)トラス橋と呼ばれる構造をしている。

 これは、5本の橋脚の間に、ひと繋(つな)ぎにされた、トラス構造で支えられる橋桁(はしげた)を架(か)けたものだ。多くの橋は2つの橋脚もしくは橋台を繋(つな)ぐだけの簡単な構造をしているが、その橋梁(きょうりょう)は5つの橋脚の間をひと繋(つな)ぎにした橋桁(はしげた)で結んでいる。

 これは、そういった連続桁(れんぞくげた)にした方が、構造上の安全性や強度が増し、橋と橋の間に橋の温度変化による伸び縮みを吸収するために必要となる隙間も無くせるため、線路の継ぎ目も少なくできてそこを通過する列車の乗り心地も、速度も向上させられるためだ。

 トラス構造というのは、鉄骨を三角形に組み合わせ、それをいくつも組み合わせて作った構造のことで、軽量で作れる上に高い強度が出せて効率的だということから、多くの橋で用いられている構造だった。実際、フィエリテ市を流れる河に架(か)けられている橋には、似た様な構造を持つものが幾つもある。


 その橋を、これから破壊する。

 あれだけ巨大なものを、特注品とはいえたった1発の爆弾で破壊するのにはどうやるのか、僕には分からなかったが、とにかく、それを破壊する。


 僕ら301Aの戦闘機5機、ベイカー大尉の202Bの爆撃機4機で構成される特別部隊は、高度1000メートル以下の低空で攻撃目標への進入を開始した。

 低空で進入するのは、爆撃の精度を少しでも上昇させるためだ。

 作戦を確実に成功させるために可能な限りの低空を飛行するベイカー大尉の機体の直上には、密集隊形(みっしゅうたいけい)を取った3機のガンシップが、何者も侵入は許さないと言いたげに防御についている。翼と翼が触(ふ)れ合いそうなほどぎっちりと詰まった編隊を微動(びどう)もさせず維持している姿からは、選(よ)りすぐりの精鋭を集めたと言う通り、かなりの練度を持った搭乗員たちばかりだということが見て取れた。


 僕ら301Aは、その上空で、2層に分かれて護衛についていた。

 レイチェル中尉と、ジャックと僕の301A第1分隊は、高度2000メートル。敵機が向かってきた場合、積極的(せっきょくてき)に迎撃(げいげき)に向かうことになっている。

 ライカとアビゲイルの301A第2分隊は、高度1500メートル。202Bのガンシップの上側で、僕らの迎撃(げいげき)をすり抜けていった機体があった場合に、それを阻止(そし)する役割を担っている。

 もしそれでもすり抜けていく機体がある様であれば、3機のガンシップが最後の砦となる予定だった。


 フィエリテ市南側の空域でその隊形を作り、攻撃目標へと進路を取ったところまでは、順調だった。

 だが、敵機にどうか遭遇(そうぐう)しませんようにという僕の祈りなどおかまいなく、すぐに、敵機はその姿を現した。


《敵機発見! 2時の方向、機数8! 機種はマンバ! 高度2000! 》


 僕は、レイチェル中尉の言葉で、9時の方向へ向けていた視線を1時の方向へと向けた。

 そこには、確かに、敵機の姿があった。


 マンバというのは、大あごのジョーと比べると遭遇(そうぐう)する機会は少なかったが、連邦軍で用いられている戦闘機の1機種だった。

 もう、遠い昔のことの様に思えるが、ファレーズ城にパンを投下するために飛んだ時に、僕らを4機で迎撃(げいげき)してきたのと同じ機体だ。


 液冷機にしても極端(きょくたん)な、先端が鉛筆(えんぴつ)の様に先細りして尖(とが)っているのが印象的なオリーブドラブ色の機体だ。連邦の所属機であることを示す国籍章である八芒星(はちぼうせい)が、主翼と胴体にはっきりと描かれている。

 その機種も、以前に配布された識別表に記述があり、連邦軍でマンバという、蛇(へび)の一種の名前で呼ばれていることや、その独特な形状が、エンジンを機首では無く胴体中央部に配置していることから生まれていることも分かっている。よく見ると、胴体の中央部にエンジンからの排気管が設置されているのが分かる。

 武装は、強力だ。プロペラの回転軸に埋め込む形で、37ミリ機関砲が装備され、機首と主翼に、7.7ミリ機関銃か12.7ミリ機関砲を合計で4つ装備している。


 だが、今の僕らは、ベルランBに乗っている。ベルランBには20ミリ機関砲が2門も装備されている。37ミリ機関砲だろうと、撃ち負けはしないはずだ。


 敵機が、こちらに気付かなければそれでよかったのだが、彼らはすでにこちらに気が付いている様だった。

 僕らと同じ低空にいるのは、どうやら、市街地で防御を固めている王立軍部隊に対して、地上銃撃(ちじょうじゅうげき)をしかけていたためらしい。

 彼らはどうやら市街地の守備隊に対して攻撃を終えた後の様で、攻撃後に再上昇して編隊を組み直したところで、僕らを発見した様だった。


僕らが少数なのを見て、簡単に戦果をあげるチャンスだとでも思ったのだろう。


《第1分隊、打ち合わせ通り、あたしらで迎え撃つぞ! 第2分隊はそのまま動くな! 何機かはこっちをすり抜けていくだろうから、それを絶対に通すな! 》

》》


 ジャックと僕は、加速するレイチェル中尉に続き、スロットルを全開にして、8機のマンバへと向かった。


 8機のマンバも機首をこちらへと向け、速度を上げて向かって来る。

 だが、途中で、2手に分かれた。

 4機がそのまま真っ直ぐ僕らの方へ、4機が機首を下げて、ベイカー大尉の202Bへと向かう様だった。


《中尉! 敵機が202Bに向かいます! 》


 僕は、悲鳴じみた声を出していた。

 202Bにはライカとアビゲイルがついているが、4対2では、ベイカー大尉の機体への攻撃を防ぎきれないかもしれない。


《分かってる! お前ら、まずはこっちに突っ込んで来る敵機の相手をするぞ! だが、交差する直前でお前らは反転、降下してベイカー大尉の方に行った奴らを追え! 第2分隊と挟(はさ)んで確実に落とせ! こっちの4機はあたしが引き付ける! 》

《しかし、中尉! それでは中尉が危険では無いですか!? 》

《なぁに、ベルランなら、逃げるだけなら何とでもなる! そんなのはもう慣れっこだ! それに、あたしゃマンバを相手にした時は、美味しい思いしかしたことがないんでな! 》


 ジャックの不安を、レイチェル中尉は笑い飛ばした。

 確かに、以前、レイチェル中尉がマンバを相手にした時は、ほとんど一方的に中尉の方が勝っている。

 だが、中尉の言葉がハッタリなのか、本当にそう思っているのか、僕には分からなかった。


《だがな、ベイカー大尉の方に行った機体を追っ払ったら、すぐに戻ってこい! 追い回されるのにはもううんざりしてるんだ! 》


 僕とジャックは、中尉のその言葉で、迷うことを止めた。

 中尉は、決して、無理をしようとしているわけでは無い。


 僕らが202Bへ向かった敵機を必ず撃退(げきたい)し、そして、すぐに戻って来ると、そう、信じてくれているのだ。


 僕は、初めて、中尉が僕らを一人前として認めてくれているのだということを理解した。


 お互いに機首を向けて、全速力で向かっていくのだから、敵機との距離はどんどん縮(ちぢ)まった。

 もうすぐ、射撃距離に入る。


《今だ! 反転しろ! 》


 僕とジャックは、レイチェル中尉の合図で機体を反転させ、ベイカー大尉の方へと向かった4機を追って降下した。


 4機の敵機は、爆撃機を狙っている様だ。南大陸横断鉄道へと真っ直ぐに向かっていく爆撃機たちに対して、少し回り込んで右後方から接近し、攻撃しようとしている様に見えた。

 交戦を開始した時の位置関係からすれば、彼らは、202Bに対して正面から突進し、一撃して素早く爆撃機の後方へ向かって離脱するのが最も安全なはずだった。それを、わざわざ迂回して攻撃しようとしているのは、4機のウルスを全て撃墜(げきつい)してしまうつもりでいるからだろう。


 ライカとアビゲイルの第2分隊が、それを迎え撃つ。僕とジャックが敵機に追いつくのは、その後になりそうだった。


《アビー、やりましょう! けど、無理はしないで! 敵機の武装はかなり強力だから! 》

《了解! 分かってる! 》


 第2分隊は機首を4機のマンバへと向けると、それを迎え撃った。

 マンバの方もそれを受けて立ち、2機と4機は正面から向かっていって、交錯した。


 双方が射撃をし合った時間は、1秒か、2秒か。


 戦いは、ライカとアビゲイルの、第2分隊の方が勝利した。

 ベルランが装備する20ミリ機関砲の直撃を受けた1機のマンバが、プロペラと機首を吹き飛ばされ、墜落(ついらく)していく。さらにもう1機が、被弾によって薄く煙を引き、グラグラと機体を揺(ゆ)らしながら離脱していった。どうやら、ダメージによって操縦系統(そうじゅうけいとう)に被害を受けた様子だった。


 対して、無理に攻撃せず素早く回避行動に入ったライカとアビゲイルの機体は、ほとんど無傷だ。


 手を叩いて褒(ほ)めちぎりたいような気分だったが、まだ、生き残った2機のマンバは202Bへの攻撃を諦(あきら)めていない。

 第2分隊は、その2機が202Bへ攻撃を加えるまでに再攻撃をかけるのは難しい。


 僕とジャックは、かろうじて間に合った。


《ミーレス、後続の1機から撃つ! ミーレスは前の方を撃て! 》

《了解、ジャック! 》


 僕はジャックの指示に答え、機体を攻撃位置につけてトリガーに指をかけた。


 先頭を行くジャック機が、202Bへと向かう2機のマンバの内で後方についていた1機を捉え、射撃を加える。

 ジャック機からの射線が、うまく敵機を包み込んだ。敵機は垂直尾翼と水平尾翼をバラバラに吹き飛ばされ、そして、次の瞬間、爆発した。


《ぅおっ!? 》


 四散した敵機の破片を、ジャックは慌てて回避する。

 敵機の燃料タンクに20ミリ砲弾が直撃したのかも知れなかった。連邦軍機は打たれ強く頑強な機体が多かったが、ベルランBが装備している20ミリ機関砲は装甲の貫通力が高く、マンバの防御を容易に打ち破った様だった。


 破片は、僕の進路上にも飛散してきていた。

 このままでは、僕の機体はその中へと突っ込み、大きな損傷を負ってしまうだろう。


 それでは、僕は、202Bへと向かう敵機を攻撃するのが、間に合わなくなってしまう!


 だが、回避しなければ、僕の機体は最悪、操縦不能(そうじゅうふのう)となり、僕は機体もろとも墜落(ついらく)することになるだろう。

 ここは、低空だ。運よく僕自身が無事だったとしても、脱出して助かる見込みは薄い。


 しかし、202Bを確実に敵機の攻撃から守り、僕らに与えられた任務を確実に成功させるためには、僕はこのまま、突っ込むしか無かった。

 僕には、それが、自分がとるべき唯一の行動である様に思えた。


 少し前の僕だったら、それで、ためらうことなく、敵機の破片の中に突っ込んでいただろう。


 だが、その時、僕の脳裏(のうり)に、ライカの顔が浮かんだ。

 あの、怒りと、悲しみとがないまぜになった、二度と見たくないと思えるような、そんな表情だ。


 同時に、僕は、ベイカー大尉が何と言っていたのかも思い出していた。

 202Bには、最後の防衛手段として、3機のガンシップがついている。


《ベイカー大尉! すみません、1機、そっちに行きます! 》


 僕はそう無線に叫ぶと、敵機の破片を回避するために攻撃を諦(あきら)め、回避行動に入った。


《了解した! ガンシップ、頼むぞ! ハチの巣にしてやれ! 》


 3機のガンシップたちはベイカー大尉の言葉に答えると、向かって来るマンバにその銃口を向け、12.7ミリ砲弾のシャワーを浴びせかけた。

 合計で18門もの12.7ミリ機関砲で撃ちまくられたマンバは、次々と被弾し、煙を吹き、たまらずに逃げ出して行く。


 南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)は、もう、目前へと迫っていた。

 もはや、何者にも遮(さえぎ)られることの無くなったベイカー大尉のウルスは、その攻撃目標へと向かって真っすぐに突進していく。


《速度そのまま! ヨーソロ、ヨーソロ! ……今! 》


 そして、その機体から、ベイカー大尉の声と共に特別製の爆弾が切り離された。

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