10-12「特別部隊」

 この戦争が始まって以来、僕らは、一体、何回の出撃を経験しただろう?

 もう、100回近く、出撃したのではないだろうか。


 だが、そのどの出撃でも、僕らは味方の爆撃機というものを見たことが無かった。


 王立空軍に爆撃機という機種が存在しないわけでは、もちろん無い。

 連邦軍や帝国軍の爆撃機部隊が王国の空を飛びまわっていたのに対し、王国の爆撃機部隊がほとんど活動して来なかったのは、その戦力が、開戦時に連邦と帝国が王国に対して実施した航空撃滅戦(こうくうげきめつせん)で多大な被害を受け、意味のあるものとして成立しなくなってしまったためだった。


 僕ら301Aは、第1戦闘機大隊に所属する飛行中隊だ。その、僕らが所属する第1戦闘機大隊は、より上位の第1戦闘機連隊に所属している。

 そして、その第1戦闘機連隊は、第1爆撃機連隊と共に、王立空軍の第1航空師団を形成している。


 王立空軍は、前線や重要拠点の防空を主任務とした防空旅団と、積極的に敵の航空兵力への攻撃を行って航空優勢(こうくうゆうせい)を獲得(かくとく)することを主任務とした航空師団によって構成されていた。

 航空優勢(こうくうゆうせい)の獲得(かくとく)というのは、言いかえれば敵航空機の活動を抑制(よくせい)し、味方航空機の活動しやすい状況を作りだすということだ。空中で戦闘機などによって敵機を撃墜(げきつい)するというだけではなく、飛行場などの航空機を運用するのに必要な設備や、航空機そのものを補充する手段を破壊することによって、それは達成される。

 そうなると、当然、航空優勢(こうくうゆうせい)の獲得(かくとく)のためには戦闘機だけでなく、爆撃機などの攻撃機が必要になって来る。


 そのために、第1航空師団には第1爆撃機連隊が所属し、第1爆撃機連隊は敵飛行場や兵站線(へいたんせん)への攻撃を実施するために、双発の中型爆撃機をはじめとして、多数の攻撃機を備えていた。

 それらの爆撃機は、航空優勢(こうくうゆうせい)の獲得(かくとく)がなされた後には、地上部隊の支援などに用いられる予定になっていた。


 だが、それらの機体は、開戦初期に受けた攻撃によって、そのほとんどが飛び立つこともできずに撃破(げきは)されてしまった。

 大打撃を被(こうむ)った爆撃機部隊は、その戦力を失い、また、優秀な飛行性能を備えた敵戦闘機が我が物顔で飛びまわる前線に投入するのは危険すぎるとして、今までその翼を戦場に見せて来なかった。


 僕らと合流したその4機の双発爆撃機は、壊滅(かいめつ)してしまった爆撃機部隊の数少ない生き残りで、その中でも選(よ)りすぐりの精鋭であるとのことだった。


 双発爆撃機は、B3695ウルスとして制式化された機体で、最大1500馬力を発揮するアリストロシュエンジン2基を装備し、高度4000メートルにおいて時速467キロメートルを発揮(はっき)する。

 搭乗員は7名で、操縦士(そうじゅうし)が正副で2名、航法兼通信士が1名、機関士が1名、他、防御銃座に着く3名で構成されている。爆撃を実施する際は、操縦士(そうじゅうし)の内の片方が照準を担当することになっている。

 防御火器は12.7ミリ機関砲を連装で装備した銃座が尾部と胴体上部に1か所ずつあり、機首には7.7ミリ機関銃を装備した銃座が1つある。

 肝心の爆弾搭載量(ばくだんとうさいりょう)だったが、最大で1000キログラムある。50キロ爆弾を20発か、250キロ爆弾を4発か、1000キロ爆弾を1発か、爆装を選べるようになっている。


 ウルスが登場した時は、その飛行性能は他国の新鋭機にも全く引けを取らず、当時は複葉のエメロードの様な機体が主力戦闘機であったこともあって、「爆撃機は戦闘機よりも速い」「戦闘機などもはや不要」とまで言わせた機体だったが、今、僕らが乗っているベルランB型が最大水平速度で572キロメートルを発揮(はっき)することを考えると、どうしても見劣(みおと)りがしてしまう。

 たった数年で、航空機の性能は飛躍的(ひやくてき)な向上を果たしていた。

 ウルスがこれまで戦場に姿を現さず、冬眠する熊のようにじっとしていたのも、この、航空機の飛行性能の大幅な進歩のためだった。


 僕らと合流した4機のウルスは、しかし、カタログ通りの機体は1機もいない様だった。

 3機は、見た目が明らかに違う。具体的に言うと、機体の胴体上面に銃座が2つ、増設されている。どうやら、防御火器を充実させた、改修機である様だった。

 そして、残りの1機は、爆弾倉(ばくだんそう)の扉が開きっぱなしになっていた。

 故障(こしょう)では無さそうだ。何故なら、爆弾倉(ばくだんそう)の扉からは、巨大な爆弾の姿がはみ出しているからだ。それはどうやら、既存(きそん)の爆弾を幾つか束ねて作り上げた即席の爆弾の様で、爆弾倉(ばくだんそう)に収まりきらないのを無理やり運んできているらしかった。


《301A、こちら202B、ベイカー大尉だ。遅くなって申し訳ないが、御覧(ごらん)のとおり特注品の爆弾を搭載(とうさい)しているので、運んで来るのに少し手間取ってしまった》


 無線に飛び込んできたのは、落ち着いた深みのある声質の、いかにもたたき上げのベテランの軍人といった男性の声だった。

 202Bというのは、第1爆撃機連隊所属の第2爆撃機大隊、そのB中隊であることを表す略符号(りゃくふごう)だ。

 今回、僕ら301Aが護衛することになるのは、この、ベイカー大尉率いる202Bの4機のウルスであるらしかった。


《初めまして。第1戦闘機大隊、大隊長のハットン中佐です。以後、貴隊は我が大隊の301Aが護衛します》

《こちら301A、中隊指揮官のレイチェル中尉。数は5機だけですが、機体は最新鋭機。必ず護衛は成功させますよ》

《こちらベイカー大尉、了解した。よろしく頼む、守護天使たち》

《守護天使? それは、あたしらのことですか? 》

《そうだ。爆撃機部隊の間では、護衛についてくれる戦闘機のことをよく、そう呼ばせてもらっている》


 僕もベイカー大尉も同じパイロットであるはずだったが、僕は、そういう話を聞いたことは無かった。

 守護天使というのは、神が人間に遣わしたもので、人間を守り、正しい方向へと導いてくれると言われている存在だ。戦闘機は爆撃機を護衛し、爆撃機を狙う敵機から彼らを守ることを任務とする存在だから、そういった点を重ねてみているのかもしれない。

 しかし、天使などと、そういった神秘的な存在と重ね合わされるのは、少し、くすぐったい様な気分だった。


《それでは、念のため、作戦を確認させてもらう。我々301Aは、南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)を攻撃する貴隊、202Bを、その任務完了まで護衛し、その作戦遂行(さくせんすいこう)を支援する。何か、変更や、202B側からの要望などはあるか?》

《作戦に変更はない。要望というと……、まあ、これはこちらからの連絡になるが、我々4機の内、3機は爆装していないガンシップだ。だから、戦闘機部隊には、爆装している本機、橋梁(きょうりょう)の爆撃に当たる1機だけに特に注意して支援してもらいたい》

《1機だけ? その、腹にでかいのを抱えている1機だけ? 爆撃するのは、その1機だけ? 》


 ハットン中佐の問いかけに答えたベイカー大尉に、レイチェル中尉が驚(おどろ)いた様な声をあげた。


《そうだ。今回の任務用の特殊爆弾の製造が1つしか間に合わなくてな。その代り、照準は私が直接実施して、必ず命中させる。搭乗員も選りすぐりのを選んでいるから、成功は確約する。だが、見ての通り、通常の搭載量(とうさいりょう)を超過しているため、当機は本来の性能を発揮(はっき)できないし、チャンスは1度きりだ。爆撃進入を開始したら一切の回避行動がとれなくなる。その点、301Aには特に注意してもらいたい》

《なるほど、了解しました。……おい、301A全機、聞こえていただろう!? 護衛中はベイカー大尉の機体を重点的に守るぞ! 》

》》


 レイチェル中尉の呼びかけに、僕らは気合を込めて応答した。

 だが、今度は、ベイカー大尉が驚(おどろ)いた様な声を出す。


《声が若いな。301A、貴隊のパイロットはいくつだ? 》

《あたし以外は全員未成年です。この戦争が始まったせいで、パイロットコースを1年弱も切り上げて臨時に実戦配備になったパイロットばかりですが、安心してください。まだまだ未熟なところはありますが、腕は決して悪くない。それに、全員5機以上の撃墜(げきつい)記録を持っているエースです》

《ほぅ。そいつは頼もしいな。当てにさせてもらう。……だが、若きパイロット諸君。重要な任務だが、あまり気負わないでくれ。こちらはガンシップを3機も引き連れている。1機や2機、敵機が向かってきたところで十分に撃退(げきたい)できる。決して、無茶はしないでくれよ。君たちはまだまだ伸びしろがあるようだからな》

《了解です、大尉。……おい、301A各機、大尉の言葉はちゃんと聞こえているな? お前らの中には自分を省(かえり)みない無鉄砲な奴がいるからなぁ。また、気負い過ぎて突っ込むんじゃないぞ》


 何となく、自分を省(かえり)みない無鉄砲な奴というのは、僕のことを指している様な気がした。だが、レイチェル中尉は具体的に誰とは言及していないのだから、僕は何も言わずに黙っていることにした。


《しかし、ベイカー大尉。ガンシップなんて代物、よく引っ張り出して来ましたね? 開発中止になったと聞いていましたが》

《ああ。試験部隊の倉庫で通常の機体に改修されるのを待っていた機体を、引っ張り出して来たんだ。試験部隊はずっと、ベルランの開発で忙しかったから、改修が後回しにされていたのでな。偶然(ぐうぜん)のめぐりあわせだが、今回の任務にはぴったりだ》


 ガンシップと呼ばれている機体は、航続距離(こうぞくきょり)の長い爆撃機の護衛につけられる戦闘機が無かった時代に、爆撃機部隊が持つ敵戦闘機への迎撃(げいげき)能力をどうにか高めようと計画された機体だった。王立軍では、爆装能力を諦(あきら)める代(か)わりに、その分の重量で防御銃座を増設し、防御火力を強化することでその目的を果たそうとした。

 ガンシップの使い方は、編隊を組んで飛行する爆撃機部隊の、敵機の攻撃に対して脆弱(ぜいじゃく)になり得る位置につき、攻撃を仕掛(しか)けてくる敵戦闘機を濃密(のうみつ)な防御射撃で撃退(げきたい)するというものだ。


 だが、実際に試作されてみると、思っていたほど効率的では無く、爆撃機の護衛には長距離戦闘機の方がどうしても効果的だという結果となった。それに、王国の場合は、永世中立という立場上、敵国深くに攻撃を加える必要も無いと考えられたことから、そのまま開発中止となった。

 だが、今回の様に1機を絶対に守らなければならない任務には、その防御火力は頼もしい。

 僕は1機たりとも爆撃機部隊には敵機を近づけさせないつもりだったが、不測の事態はいつだって起こり得る。


《銃座を増設しているせいで爆装能力は失っているが、敵機への防御火力はなかなかのものだ。レイチェル中尉、戦闘機部隊の護衛は頼りにさせてもらうが、こちらにも相応の備えがあることを忘れないでくれ。この作戦は、我々全機が一丸となって立ち向かわなければ、成功は見込めない》

《いいお言葉です、大尉殿! よぉし、301A、全機、必ず成功させるぞ! あたしら全員で力を合わせれば、必ずうまく行く! 》

》》


 僕はレイチェル中尉のかけ声に応じ、気合を入れるためと、気持ちを落ち着けるために、一度深呼吸をした。


 僕らは、今、用意できるものの中で、最も良いものをそろえて来た。

 それが、連邦軍や帝国軍が用意できるものと比較すれば、どうしても見劣りするものであっても、僕らは、王国は、これで勝負するしかない。


《301A、202B、全機。作戦開始の時間だ。これより、作戦の開始となる。以後、特別部隊の指揮権はベイカー大尉に一任する。当機はここで、全機の生還を待つ。作戦の成功を祈る! 》

《了解しました、中佐殿! よし、202B、301A全機、これより目標へ突入する! 作戦開始だ! 》


 ベイカー大尉の指示で、僕らは機体を打ち合わせで決めていた位置につけ、爆撃目標である南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)へと向けて、突入を開始した。

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