10-7「ベルラン、出撃」

 ベルランの配備を受けて以降、僕ら、301Aは、毎日の様に訓練に励(はげ)んだ。

 ベルランの機器の扱いに慣れ、緊急時でも短時間で飛行できる様に地上で機上訓練を繰り返し、それから、通常の飛行訓練、空中戦時に行う様々な曲撃飛行の訓練を実施した。


 本来であれば、これらの訓練は、もっと、時間をかけてじっくりと行うものだった。だが、王国にとって戦況は良くなく、その首都であるフィエリテ市の上空は、連邦軍機か、あるいは帝国軍機が闊歩(かっぽ)する空となってしまっている。

 王立空軍の戦闘機部隊は、敵機の行動を妨害することすらできなくなっていた。

 僕らは、1か月後や、2か月後ではなく、今、必要とされている。


 少し気負(きお)い過ぎかもしれなかったが、僕らは焦らずにはいられなかった。


 連邦軍による、王立軍への砲撃は、今も続けられている。

 砲撃が開始されてから、もう、何週間、経(た)っただろうか。

 連邦軍が王立軍の防御陣地に向けて突撃を開始するのは、まだいつかは分からなかったが、砲弾を浴びながら、塹壕(ざんごう)の中でじっと息を潜(ひそ)めている友軍が何万人もいる。僕らだけ、安穏(あんのん)としてはいられない。


 ベルランを用いての訓練を繰り返しながら、僕らは、並行して、どんな戦い方をすればよいかを話し合っていた。

 ベルランは連邦や帝国にも十分通用する性能を備えているが、これまで僕らが乗って来たエメロードⅡとはやはり飛行時の特性が異なっている。

 飛行性能が違うということは、戦い方も、今までと同じというわけにはいかない。


 それに、僕らが戦う戦場は、敵に支配された戦場だ。

 僕らは、自分たちよりも多くの敵機を相手に戦うことを、常に強いられるだろう。

 そんな戦場で、今まで通りに戦っていても、また、以前の戦いの様に、僕らは大きな損害を受けてしまう。


 新しい機体と、新しい戦場に合わせた戦い方を生み出さなければ、僕らがこれから先、戦い続けることは難しいだろう。


 だが、数で劣る僕らに、それほど多くの戦術的な選択肢は存在しなかった。一度に多くのことをやろうとして戦力を分散させれば容易に各個撃破されてしまうだけだ。


 結局、ありきたりだが、一撃離脱に徹(てっ)するというのが、僕ら、301Aが出した結論だった。

 敵機に対して、高度有利の状態から降下して一撃し、そのまま降下を続け、高度を速度に変えて敵機を振り切り、離脱するという戦い方だ。


 一口に一撃離脱と言っても、やり方はいろいろある。

 降下して射撃し、降下した勢いを利用して素早く再上昇して敵機の反撃を振り切る方法や、下から突き上げて、そこから降下に転じて離脱するというやり方もある。

 僕らのやり方は、その一例で、ベルランの飛行性能から見て、一番、安全に戦えそうだということで決められたものだ。


 ベルランB型は、改造前のベルランA型よりも水平最大速度が低下しているが、降下時の制限速度には変化が無い。降下時に限って言えば、武装の強化によって生じた速度の低下を無視できるということになる。


 連邦軍や帝国軍の戦闘機が実際にどれほどの速度が出せるのか、あるいは、降下時の制限速度はどのくらいなのか、僕らは詳しい数値を知りようが無い。だが、今まで戦ってきた感触(かんしょく)から、ベルランの降下時の最大制限速度であれば、十分引き離(はな)せる。少なくとも追いつかれることは無いはずだった。

 20ミリ機関砲の大火力で一撃し、敵機と必要以上の交戦は避けて離脱する。敵機にとって有利な戦場で僕らが戦い続けるには、自分たちの身を守ることを優先しなければならなかった。


 戦い方が決まると、僕らの訓練に、降下しての一撃離脱も加わった。

 降下中、制限速度いっぱいまで速度をつけた状態で、機体が僕らの操縦(そうじゅう)に対してどんな反応を示すのかも試さなければならなかったし、敵機に対してきちんと命中弾を与えられるように操縦(そうじゅう)の技量を向上させる必要もある。


 幸い、弾薬は補給があり、豊富に使うことができた。どうやら、最新鋭機のベルランが配備された数少ない飛行中隊の1つとして、優先して補給が送られてきたらしい。

 射撃練習はハットン中佐が操縦(そうじゅう)するプラティークに曳航(えいこう)された標的機(ひょうてきき)を使って行われ、僕らは何度も、降下しながら射撃し、そのまま降下して離脱し、再上昇してもう一度、という行動を繰り返した。


 普段よりも速度がついた状態での射撃は、これまでとは勝手が違った。敵機の予測位置に見当をつけて射撃する偏差射撃(へんさしゃげき)の感覚が違っている。

 機体の、僕らの操縦(そうじゅう)に対する反応自体は、あまり問題ではなかった。少し舵の効きが悪くなる感じがしたが、かえって機体が安定して狙いがつけやすかった。高速で格闘戦でもするなら問題かもしれないが、一撃離脱に徹(てっ)する限りは、問題にならないだろう。

 降下後の機体の引き起こしも、操縦桿を引くのにかなり力が必要だったが、踏ん張ればどうにかなるレベルだった。


 最初はほとんど命中弾を得られず、レイチェル中尉からは毎度毎度、叱りつけられたが、同時にもらうことができたアドバイスのおかげもあって、僕らはどうにか、意味のある数の命中弾を出せる様になっていった。


 そして、とうとう、実戦で訓練の成果を見せる時が来た。


 僕らの初陣となった、ファレーズ城への航空支援任務の時もそうだったが、今回の任務も急なものだった。


 午前中の訓練を終え、昼食をとっていたところに、午後から出撃するぞという連絡をレイチェル中尉から受けた。

 僕らは、驚(おどろ)きはしたものの慌(あわ)てることは無かった。


 この戦争の主導権を握(にぎ)っているのは、連邦だ。そうでなければ、帝国だ。

 少なくとも、僕ら、王国の側には無い。

 僕らがいつ、どこで、どんな風に戦うかは、僕らの側に選択権は用意されていなかった。敵がいつ、どこで、どんな風に出撃をしてくるかで、僕らがどんな戦いに臨(のぞ)むかが決まる。

 僕らは、ずっと、そういう戦争を戦ってきた。だから、急な出撃命令にも、今更(いまさら)、驚(おどろ)く必要を感じない。


 だが、その出撃の内容には、多少、動揺(どうよう)はした。

 何故なら、僕らが飛ぶのは、フィエリテ市ではなく、その西側、王立軍が連邦軍の侵攻を食い止めるために構築した陣地の上空であったからだ。


 その防衛線には、ずっと、連邦軍が総攻撃の準備のために猛烈(もうれつ)な砲撃を加え続けていた。

 そして、今朝、とうとう、連邦軍の総攻撃が始まったのだという。

 朝、日が昇るか昇らないかの内に、連邦軍の突撃は開始された。相変わらずの猛烈(もうれつ)な砲撃と、戦車による支援を受けた歩兵部隊が何重にも散兵線(さんぺいせん)を作り、喚声(かんせい)をあげながら、王立軍の塹壕(ざんごう)に向かって攻め寄せて来たのだという。


 それに加えて、王立軍の陣地には、連邦軍機による激しい航空攻撃が開始された。その攻撃目標は塹壕戦の後方に用意された砲兵陣地や司令所、補給施設などで、防衛に当たっている王立陸軍の部隊からは、王立空軍に対して応援を要請する連絡が途切れること無く入ってきているらしい。

 王立空軍もこれまでの戦いで消耗(しょうもう)し、フィエリテ市上空の防空任務でさえ満足に実施できない状態になっていたが、それでも、何もしないわけにはいかないと判断したらしい。


 そこで、どうにか出撃可能な空軍部隊をかき集め、前線への航空支援を行うことを決めたということだった。

 僕らは、その、どうにか出撃可能な部隊として選ばれた。


 ファレーズ城の時の様に、爆装しての航空支援かと思ったが、今回は違うらしい。

 というのも、前線では既(すで)に、突入してきた連邦軍と激しい乱戦状態となっており、爆弾を落とすと半分の確率で味方に命中してしまうのと、連邦軍しかいない前線後方に入り込んで爆弾を投下するには、敵機の存在と対空火器が多過ぎて、効果が望めないどころか帰還すら危うい、ということらしい。


 とにかく、少しでも敵機による被害を減らせれば、というのが、司令部が僕らに求めていることである様だった。


 これは、はっきり言って焼け石に水というのがいい所だったが、ベルランの性能を実戦で試す機会には違いなかった。


 出撃は、機体の準備が完了するのと同時に開始され、僕らは、久しぶりに戦場へ向かって飛んだ。

 プラティークの誘導を受けて飛ぶのは、5機のベルランBだ。

 僕らはフィエリテ市の南側の空域にたどり着くと、そこから進路を西へと変え、ハットン中佐のプラティークとも別れて、戦場へと向かった。

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