10-6「ベルランB型」

 フォルス第2飛行場から、僕らの家であるフィエリテ南第5飛行場への飛行は、とても順調だった。

 天候に恵まれたこともあったが、僕らが受領(じゅりょう)した機体が工場から出荷されたてで、その扱(あつか)いに習熟(しゅうじゅく)した整備班によってきちんと整備されていて、最高の状態だったことが大きい。


 それに、操縦桿(そうじゅうかん)の効きも良い。曲芸飛行をした時にどんな状態になるかはこれから試すのでまだ分からなかったが、普通に飛行する分には申し分のない飛行機だった。

 ベルランの操縦(そうじゅう)では、少し注意しなければならない点もあった。高い最高速度を狙ったために、僕らが今まで乗っていたエメロードⅡよりも翼面荷重(よくめんかじゅう)(機体の重量を翼の面積で割った数値)が大きく、離着陸時の速度が増えている点だ。だが、フラップなどの高揚力装置(こうようりょくそうち)が改良されていて、それもほんの少し増えた程度で済んでいる。


 最高速度と共に巡航速度も増していたことと、プラティークの誘導があったおかげで迷わず真っ直ぐに飛べたことで、フィエリテ南第5飛行場にはあっという間にたどり着いてしまった。

 列車でフォルス第2飛行場へと向かった時には、線路が地形に沿って引かれていたことと、列車の速度が飛行機とは比べ物にならないこともあって何時間もかかった。やはり空を飛んで行けると早くて楽だ。

 操縦桿(そうじゅうかん)を握(にぎ)って、自分の手で飛ばせるのだから、なおさら時間は短く感じられる。


 基地の上空へとたどり着くと、僕らはそのまま、燃料の続く限りベルランを乗り回した。

 曲芸と言えるほどの飛行はしなかったし、エンジンも全力運転はしなかったが、多少、急なバンクをつけての旋回をして、少し手荒な操縦(そうじゅう)も試してみた。

 エメロードⅡBよりも旋回半径は大きくなっていて、旋回に要する時間も少し増えた感じはするが、とりあえず低空での運動性は十分ある様だった。戦闘機として戦うことができるだろう。あとは、もっと高く飛んだ時や、エンジンを全開にした時にどうなるかだ。


 僕はもう少し飛んでいたかったが、燃料が無くなったのだから仕方が無かった。僕らは順番に着陸進入し、滑走路へと着陸していった。

 フィエリテ南第5飛行場の滑走路は、相変わらず転圧(てんあつ)されただけで舗装(ほそう)もされていない芝生だったが、僕ももう、こういう滑走路への離着陸にはすっかり慣れている。焦(あせ)って大げさな動作をしなければ何の問題も無く着陸できる様になっていた。

 ベルランを着陸させ、格納庫の前の駐機場へと機体を滑走させながら、僕は少しだけ、初めてこの基地へと降り立った時のことを思い出していた。

 もう、何カ月にもなる。ずいぶんと昔のことの様に思えた。


 駐機場では、空中でハットン中佐が予定通りに基地へ到着することを連絡していたのもあってか、整備班が集まってきていた。

 彼らも、僕らパイロットと同じ様に補充機が届かなくて暇(ひま)をしていたから、みんな、やる気に満ちあふれている感じだ。

 ベルランは配備が始まったばかりの新鋭機でもあるから、みんな早く見たくて仕方が無かったのだろう。


 その日はそのまま整備班の手にベルランは委(ゆだ)ねられ、僕らはもう、操縦桿(そうじゅうかん)を触(さわ)らせてはもらえなかった。

 整備班も新しく扱うことになる機材に習熟(しゅうじゅく)しなければならないし、これは仕方のないことだったが、僕はベルランの性能を試したくてずっとうずうずしていた。


 整備班にベルランの扱い方を早く習得してもらうために、先生役としてやって来たカイザーは、早くも僕ら301Aの整備班と打ち解けている様子だった。

 最初はやはり、帝国人の身体的特徴を多く受け継いだ顔立ちに驚(おどろ)かれたりもした様子だったが、彼は僕らと同じ王国人だ。敵国の人間などではない。

 穏やかで人当たりのいい笑顔も見せる人だったから、何の問題も起きはしなかった。


 それに、彼はベルランについて、本当に詳しかった。

 カイザーは、航空機を生産している会社に設計士として勤めている技師の息子なのだそうだ。帝国の先進的な航空機の設計技術を習得するために王国がかつて招いたというその技師は、ベルランの設計にも関わっているらしい。

 その縁もあって、カイザーは機械に詳しかった。だから、徴兵(ちょうへい)された時も技術系の部署に配置され、兵役(へいえき)終了後はそのまま、父親が技師として勤めている航空機メーカーに入り、仕事をしていたのだという。戦争が始まったため招集を受けたものの、ずっと生産工場でベルランに関わっていたとのことだった。


 カイザーは、僕よりは年上だったが、他の整備員のほとんどから見れば若かった。だが、その豊富な知識は誰からも認められるところであり、整備員たちは彼の存在を何の抵抗も無く受け入れて行った。

 職人気質、というやつなのかもしれない。整備員たちは、きちんとした技術を持ち、誠実に仕事に取り組むカイザーに、同じ仕事をしている仲間として、敬意を持った様子だった。


 ベルランと向き合っている時のカイザーの表情は、研ぎ澄まされていた。

 学校の美術室で見たことがある、彫刻(ちょうこく)の様な表情だ。引き締(し)まった表情の中で、鋭(するど)く、驚(おどろ)くほど澄(す)んだ視線が真っ直ぐに前を向いている。彼は機体と向き合っているその瞬間(しゅうかん)、全ての意識を機体へと集中し、他の一切(いっさい)は眼中に無くなる。


 ベルランのことが気になって格納庫をのぞきに行っていた僕だったが、機体とほとんど同じぐらいの割合で、カイザーのその姿にも無意識に視線を向けていた。


 優れた職人の仕事を見ているのは、それだけで気分が良い。


 カイザーの熱心な仕事ぶりのおかげもあって、301Aの整備班はベルランに必要な整備や点検ができる様になった様だった。

 またしても、彼らは徹夜(てつや)をしたらしい。


 翌朝、パイロットの待機所に入り、ベルランを使用しての訓練内容の打ち合わせをレイチェル中尉やハットン中佐と行った後、格納庫へと向かった僕は、駐機所に機体をきれいに並べて、出発前の準備をしてくれている整備班の姿を見て何だか申し訳が無い様な気分になった。

 彼らは以前と同じ様に、パイロットが飛んでいる間に寝るから大丈夫だと言っていたが、出撃が重なれば、彼らはまた不規則な生活を強いられることになる。実際に飛んで敵機と実弾を撃ち合う僕が他人の心配をするなどおかしなことかも知れなかったが、それでも、心配になってしまう様な働きぶりだった。


 整備班の仕事ぶりのおかげもあって、ベルランは最高の状態だった。

 僕らはその素晴らしい機体へと乗り込み、すぐさま、その操縦(そうじゅう)に慣れるために訓練を開始した。


 戦況は、僕らにとって悪い。僕らが、たった5機でこの状況を逆転できるとは到底思えなかったが、だからと言って何もしなければ、王国はこのまま、連邦と帝国のなすがままにされてしまう。

 何もしないわけにはいかなかった。


 僕らが新たに受領した機体は、F3696ベルランB型という。

 3696という数字だから、その初飛行は誕暦3696年ということなのだろう。量産配備開始まで2年は経過していることになる。以前、マードック曹長がちらっと言っていたが、いろいろ不具合を解消するために時間がかかっていた様子だ。


 そして、そのB型だ。

 王立空軍では、機体に大きな改良を加えるごとに、機体名称にA、B、C、といった具合にアルファベットを付け加えていく。これは、稀(まれ)に同じ機体で違う役割を果たす飛行機を作った時にもその違いを示すために用いられる符号だから一概(いちがい)にこうだ、とは言えないものだが、基本的には改良された順につけられていく。

 通常、最初の量産配備機にはAとつくのだが、今回はいきなりB型が配備されている。


 これはどういうことなのだろうと思って、訓練の合間にカイザーに聞いてみると、彼は面白そうに笑いながら言った。


「俺は実際に見たわけじゃ無いけど、前線のある部隊から、百通も要望書が送られてきたらしくてさ。しかも結構凄(すご)い内容でさ。「さっさと新型を配備しないと殴り込みに行く、敵機を落とせない様な機体でも殴り込みに行く、王国にパイロットが何人いるか……、分かるよな?」 とか書いてあったらしくてさ。半分は脅迫(きょうはく)みたいな要望書の紙束を見た責任者が大慌てで改良したってわけ。もう生産されていたA型も全部B型に改修ってことになってさ、もう、工場じゃ大忙しだったよ。んで、こいつらは、元々A型だったけど、B型に改修された機体ってわけ」


 僕はその要求書の紙束の送り主に心当たりがあったが、たまたま近くに居てカイザーの話を聞いていた心当たりは、素知らぬ顔で煙草(たばこ)をくゆらせていた。

 書いた方も書いた方だが、それをそのまま送り付けたハットン中佐も、思い切ったことをすると思う。

 それだけ、僕らの指揮官たちは現状を危機的なものだと見ていたということなのだろう。


 どうやら、僕らの部隊に配備されたベルランB型は、元々はベルランA型として生産されたものを、改修してできあがった機体らしかった。機体番号が三ケタになっているが、元々は生産された順に番号をつけられていたものを、B型に改修になったから分かり易くするために100を加えて三ケタにしたという経緯(けいい)があるらしかった。少し複雑だ。

 ベルランの生産は以後、B型に統一され、生産工場で量産中であるらしい。


 ベルランは、液冷式の倒立V型の「グレナディエ」エンジン1基を装備する、単発単座の戦闘機だ。帝国のフェンリルの様に先に行くにしたがって細くなる機首を持ち、エンジンの下方に円形の空気取り入れ口を持つインタークーラー、胴体下部にエンジン冷却液の熱を放出するためのラジエーターが配置されている。

 装備するエンジンは、戦前に帝国から輸入し、ライセンスの権利を購入していたエンジンを国産化して独自に改良したもので、帝国のフェンリルが装備するエンジンと同じ根を持つものであるらしい。機体の全体的な構成も似たものだが、ベルランの方が全体的に流線型(りゅうせんけい)を多用した見た目になっている。


 その水平最大速度は、マニュアルに掲載(けいさい)されている数値によると、高度5000メートルで時速590キロメートルを発揮(はっき)するらしい。

 これは、僕らがこれまで乗っていた、エメロードⅡBの水平最大速度よりも、時速で50キロメートル近く、上回っていることになる。


 だが、実際に乗ってみると、どうやらそこまでの速度は発揮(はっき)できない様だった。


 もちろん、理由がある。

 これは、ベルランが、A型からB型に改修されているためだ。


 A型からB型への改修点は、主にその武装だった。

 元々、ベルランはモーターカノン(プロペラの回転軸に機関砲を配置したもの)の使用を前提とした機体だったが、その開発はまだ完了していないらしい。

 だから、当面は、主翼に装備される合計で4門の12.7ミリ機関砲を使用することとされて、その状態の機体がA型として制式化されて生産に入ったということだった。


 だが、そこへ、火力の強化を望む、脅迫(きょはく)まがいの要望書が百通も届いた。

 もちろん、それ以外にもたくさんの要望書が届いていたそうだが、ほとんど一様に、火力強化を望む内容が書かれていたという。


 恐らくは、あの、連邦の巨大な4発爆撃機である、シタデルへの対策のためだろう。

 王立空軍の戦闘機部隊から一斉に対策が求められるほど、その出現は衝撃的(しょうげきてき)だったということだ。


 それで、ベルランの武装が取り急ぎ強化されることとなった。

 武装の一部、主翼の胴体寄りに装備されていた2門の12.7ミリ機関砲が取り外され、そこに、より大口径で威力の大きい20ミリ機関砲が2門、装備されることになった。


 この20ミリ機関砲は、元々は航空機用ではない。王立陸軍が偵察などに使う軽戦車用として生産していた物だったが、それを航空機用に改造して半ば無理やり装備したものであるらしい。

 軽戦車の砲塔に収まる様に小さく作られていた砲だったが、それでも、元々12.7ミリ機関砲用だった空間には収まらず、翼下にほとんど懸垂(けんすい)される様な状態で取り付けられていた。整流用のカバーが取り付けられてはいるものの、これの存在によって機体の空気抵抗と重量は増しており、ベルランA型では発揮(はっき)できた最大水平速度の時速590キロメートルが出せなくなったのだそうだ。


 カイザーによると、飛行試験の実測値では、高度5000メートルにおいて、最大水平速度は時速572キロメートルまで低下しているのだという。


 だが、エメロードⅡBよりは、それでも時速30キロメートル近く速い。


 それに、この性能低下は、20ミリ機関砲2門の装備に比べるなら、大きな問題では無いと思えた。

 対戦車戦闘を考慮(こうりょ)して設計されたこの20ミリ機関砲は、弾丸に装甲を貫ける威力を与えるために銃身が長く、発射される砲弾の飛翔(ひしょう)速度も速い。その長さと重さが整流カバーをつけても補いきれない速度低下をもたらしてはいるものの、連邦のシタデルに苦戦した経験を持つ僕らにとってはまさに喉(のど)から手が出るほど欲しかったものだ。


 この20ミリ機関砲は威力があるだけでなく、弾丸の飛翔(ひしょう)速度も速いおかげで、命中精度もかなり良かった。撃ってみた感覚では、今まで使っていた12.7ミリ機関砲とほとんど同じ弾道を描く。

 唯一残念な点は、威力向上と引き換(か)えに弾薬も大型化しており、1門当たりわずか60発しか砲弾が携行(けいこう)できないことだった。

 これでは、あっという間に撃ち尽くしてしまう。


 だが、これがあれば、あのシタデルだって、落とせるかもしれない。

 元が対戦車用の兵器だから、シタデルの防御だって、貫けるだろう。


 例えるなら、物語の中に登場する勇者が、伝説の剣を手にした時の様な気分だった。


 ベルランの火力強化に頭を悩ませていた時に、たまたま、わずかな改造で装備可能な砲があったことが、ベルランB型の誕生を後押しした様だ。


 それに、ベルランの飛行性能は、悪くない。

 武装強化のために重くなった機体はやや運動性が鈍(にぶ)くなっているのだそうだが、戦闘機らしい俊敏(しゅんびん)さは十分に感じさせてくれる。少しコツが要るが、それは僕の技量で補(おぎな)えばいい問題だ。


 僕は、ベルランを操り、訓練に繰り返しながら、確かな自信を持つようになった。


 これなら、この機体なら、僕らは戦える。

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