10-4「フォルス第2飛行場」

 フォルス市というのは、イリス=オリヴィエ連合王国の中程、フィエリテ市からは南に300キロ、僕らの基地、フィエリテ南第5飛行場からは南に150キロほどの距離にある、王国の主要な都市の1つだ。

 王国の交通の要衝(ようしょう)となっている場所で、東西にイリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)の支線が伸びている。東側は王国有数の鉄鉱山へと続き、西側は森林地帯で、建材などに用いられる良質の木材を産出する。

 鉱山で採掘された鉄鉱石は縦断線(じゅうだんせん)を経由して王国の南北、主に南側の港湾都市タシチェルヌへと送られ、木材はフォルス市で加工された後、王国全土へと送り出されている。


 僕の実家から一番近くにある、都市と呼べる規模を持つ場所で、僕も何度か訪れたことがある。人口も多く、さすがにフィエリテ市には及びもつかないが、たくさんの建物が立ち並んでいたのが記憶に残っている。


 その場所には、王国にとっての重要な都市の1つであるという理由と、王国の全土に効率よく移動できるという理由から、大きな軍事基地が置かれている。


 フォルス空軍基地もその基地群の1つで、フォルス第1から第6までの飛行場を持ち、その周辺にはフィエリテ市近郊と同じ様に、多数の秘匿(ひとく)飛行場を保有している、らしい。

 らしいというのは、当然、それが軍事上の機密だからだった。僕らパイロットにも秘密なのは、仮に誰かが捕虜(ほりょ)になってしまった時に備えての措置(そち)だ。詳しいことを知っていたとしても、僕らにはほとんど用の無い情報でもあることだし、この措置(そち)は当然のものだろう。


 実を言うと、僕らは、フィエリテ市周辺のどこに秘匿(ひとく)飛行場があるのかも知らないし、その総数さえも知らない。僕らがいる基地はフィエリテ南第5飛行場と呼ばれていることは知っているが、その、第5、という部分だって、1から順番につけられた数字なのか、それとも、情報の秘匿(秘匿)のためにつけられたものなのかも分からない。

 分かっているのは、たくさんあるということだけだ。


 話がそれてしまったが、僕ら、301Aに供給される補充機は、フォルス空軍基地の基地群の1つ、戦闘機部隊用の滑走路であるフォルス第2飛行場に用意されていた。


 レイチェル中尉に言われて、僕らは急いで準備をし、最寄りの街の駅から列車に乗り込んで、長い旅を経てここまでやって来た。

 正直、辛い旅だった。


 列車は満員に近い状態だったが、僕らにはちゃんと座席が用意されていた。だから、座って移動することができたのは良かったのだが、座席は一等から三等まであるうちの三等座席で、一応、クッションはあったがあまり良いものではなく、体中がカチコチに固まってしまう様に思えるほど、窮屈(きゅうくつ)だった。

 その上、僕ら4人の仲間は、現在、精神的にあまり良い状態ではない。僕らに用意されていた座席はクロスシートで、2人ずつ対面式に座ったのだが、そのせいで余計に気まずい雰囲気(ふんいき)だった。


 アビゲイルはどうにか任務に耐えられそうな状態にまでなっている様子だったが、彼女の本調子でないことは明らかだった。彼女は席に座ると、僕らと、主にジャックとだが、眼を合わせたくないという感じで、ずっと視線を逸(そ)らしたままだった。

 ライカも、似た様なものだ。彼女は、ずっと、窓の外へ視線を向けていた。当然、僕も彼女の方をあまり見ない様にしていた。

僕としては何とか彼女に僕の考えを理解して納得して欲しかったのだが、ライカはずっと僕のことを避けているからどうしようもなく、これ以上関係を悪化させないためには僕もあまり彼女の方を見ないようにした方がいいと思ったからだ。


 一番元気だったのは、先の空中戦で撃墜(げきつい)されてしまったジャックだった。彼は、場の雰囲気(ふんいき)をどうにか明るくしようと、僕らに話しかけたり、冗談を言ってみたり、窓の外に何か珍しいものが見えたら大げさに驚(おどろ)いたりはしゃいで見せたりしていたが、やがて、お手上げだと言わんばかりに肩をすくめる他はなくなってしまった。


 フォルス空軍基地へとたどり着いた時、僕は心底ほっとした。

 固い座席で窮屈(きゅうくつ)な思いをしてきた身体を思い切り伸ばすことができたのはもちろん、あの、気まずい空間から解放されたからだ。


 その日の予定は、それで終了では無かった。僕らが新しく乗ることになる機体についてのレクチャーが待っていたからだ。

 僕らはブリーフィングルーム(フォルス第2飛行場には、こういう、ちゃんとした設備があった)に集まり、そこでベルランについての写真やイラストつきの資料を渡されて、同機を先行配備されて試験運用していた部隊のパイロットと整備員から簡単な説明を受けなければならなかった。

 ベルランの基本性能や、操縦(そうじゅう)する上での注意事項、エメロードⅡと比較して飛行特性がどんなものかなどを教えてもらうことができた。

時間短縮のために内容は本当に必要な最小限度のものだったが、正直、長旅の疲れもあって、僕はそれを完全に理解できたか自信が無い。


 それから、ようやく解散となり、僕らはその日使わせてもらえる宿舎へと案内された。

 僕は、その日の移動の疲れもあって、すぐに眠ることができた。


 そして、翌日。

 僕らは、とうとう、待望の新型機と対面することとなった。


 朝、身支度を整え、諸々(もろもろ)の準備を済ませた僕らは、飛行服と装備一式を身に着け、フォルス第2飛行場の滑走路へと向かった。

 フォルス第2飛行場は、設備のきちんとした基地だった。僕らが訓練を行っていたフィエリテ第2飛行場と同じ様に、立派な建物や管制塔、頑丈に舗装された滑走路がある。格納庫とは別に、爆撃に備えて飛行機を保護できるバンカーがいくつも設置されており、2つほどが新たに建設されている途中だった。


 格納庫の前には、僕らへの補充機となる新型機、ベルランが5機、並べられていた。

 僕はその実物を一度目にしているから、見間違うようなことは無い。だが、マードック曹長とカルロス軍曹が乗っていた時より改良が加えられているらしく、かなり大きな変化もあった。


 だが、それは、まぎれも無く、王国の最新鋭戦闘機だった。

 初めてその姿を目にして以来、ずっと、乗ってみたいと思っていた機体だ。


 それは、かつて僕が飛行機という存在に憧(あこが)れたのと同種の感情だったが、今は、別の気持ちも混ざっている。


 ベルランは、僕らがこれまで乗って来たエメロードⅡよりも、高性能な戦闘機であるはずだ。マードック曹長やカルロス軍曹がテスト飛行を繰り返し、その性能を洗練させて出来上がった機体であるはずだ。


 そうであるなら、僕らがもう1度、空で、あの雷帝の様なエースと対峙することとなった時に、僕らが生きて生還できる確率もずっと上がるはずだ。

 そして、僕らが守りたいと思っているものも、守れる確率はグンと高くなるだろう。


 雷帝は、今の僕よりも若い、16歳の頃から、空の絶対的なエースだったのだという。

 そんな彼と、僕とでは比べるべくも無かったが、ベルランという機体があれば、その差は少しでも縮まるはずだった。


 素晴らしい性能の飛行機としてだけでなく、強力な戦闘機として、僕は、ベルランを待ち望んでいた。


 格納庫の前には、5機のベルランの他に、もう1機、飛行機が並んでいた。

 見覚えのある機体だ。


 それは、ハットン中佐がいつも操縦(そうじゅう)していた、プラティークだ。機体番号が同じだし、記憶にある姿と少しも違わないから、間違い無い。


 実際、そこには、ハットン中佐とクラリス中尉の姿もあった。

 どうやら、ここから僕らの基地、フィエリテ南第5飛行場まで飛ぶ際の誘導をしてくれるために、わざわざ中佐自らがここまで飛んできてくれたらしかった。

 アラン伍長がいないのが気になったが、彼は普段、銃座について機体の防御を担当している。後方の基地へ向かうということで、いなくても大丈夫という判断でお休みにでもなったのだろうか。


 ベルランは新型機だ。量産されて、僕らの補充機として配備された以上、制式兵器として採用されたはずだったが、まだほとんど運用されていないだけに、未発見の不具合も起きるかもしれない。

 ハットン中佐がやって来ているのは、飛行中にそういうトラブルが起こることも心配してのことだろう。

 それに、フィエリテ南第5基地まではそれほど離れてはいなかったが、途中で迷子になることだってあり得る。航法をしっかりと把握して誘導してくれるクラリス中尉にいてもらえると、僕らも安心だった。


 機体の受け渡しについての手続きは、既(すで)にハットン中佐がほとんど済ませてくれているらしかった。中佐はレイチェル中尉も交えて、ベルランの飛行前の準備を行ってくれている整備班の人と短い打ち合わせをすると、それでもう、機体は僕らのものとなった。


 いよいよ、僕らは、ベルランの操縦桿(そうじゅうかん)を握(にぎ)ることになった。

 真新しい塗装には、傷も汚れも全くない。垂直尾翼には、119、120、121、122、123という機体番号が描かれている他は、部隊章の様なものも一切描かれていない。

 工場から出荷されたての状態だった。


 僕がレイチェル中尉から搭乗を割り当てられたのは、123号機だった。

 僕らはレイチェル中尉とハットン中佐の前に整列し、レイチェル中尉からその日の予定航路や天候の情報など、飛行に必要な内容の説明を受ける。それから、中尉の号令で、一斉にそれぞれの搭乗機へと向かった。

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