10-3「新型」

 フィエリテ市の西方、連邦と対峙(たいじ)する王立軍の陣地に向かって、今日も、砲撃が続いている。

 これで、もう、何日目になるのだろうか。1週間以上は続いている。


 フィエリテ南第5飛行場の脇(わき)に、農地化されずに残された小さな丘がある。そこに上って、北の方へと耳を澄ますと、発砲され続ける火砲の轟音(ごうおん)が、フィエリテ市から100キロメートル以上も離れたこちらまで聞こえてくるような気さえする。


 連邦軍は、一体、どれほどの大砲を備えているのだろう?

 そして、それらの砲に供給する砲弾を、どうやって確保しているのだろうか。


 いや、それはもちろん、連邦が自身で生産し、兵站(へいたん)しているのだが、それを分かっていながら、それでも疑問(ぎもん)に思わずにはいられない。

 僕らの常識(じょうしき)から言えば、全く、想像もつかなかった様な規模(きぼ)の砲撃が、これだけ長い期間続けられ、そして、まだまだ終わる気配が無い。

 それだけで、もう、これが現実なのかと、疑いたくなってしまう。


 だが、これは、間違いなく現実だ。

 僕らは、こういうことができる敵と、戦っている。


 友軍がこれまでに経験したことの無い様な砲撃を受け続ける中でも、僕ら、301Aは相変わらずだった。

 補充の戦闘機は、未だに基地へと運ばれてこない。だから、僕らは何かをしたくても、何もできなかった。


 補充が来ない、というのは、元々の王国の生産力の都合もあったが、フィエリテ市上空の航空優勢(こうくうゆうせい)を喪失(そうしつ)したことで、王国の南北の輸送の要であるイリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)の輸送能力が低下しているためだった。

 フィエリテ市周辺には多くの鉄道関連設備がある。王立空軍が追い払われてしまったことで、それらが大きな被害を受けてしまったのだ。


 これまでは王立空軍の戦闘機部隊の抵抗があり、連邦の爆撃機部隊も、爆撃の狙いを正確にできなかった。だが、王立空軍の戦闘機がいなくなったために、連邦の爆撃機は思うままに狙いをつけられるようになり、縦断線(じゅうだんせん)の鉄道設備に次々と被害を与えて行った。

 鉄道を効率的に運用するためには、機関車や車両の整備施設はもちろん、列車の編成を入れ替(か)える操車場(そうしゃじょう)や、機関車の機回(きまわ)し(機関車が終着駅に着いた後、折り返しのために向きを反転させること)のための線路やターンテーブル、給炭や給水のための設備が必要だ。それらが失われてしまった今、縦断線(じゅうだんせん)の運用には混乱が生じ、その輸送力は大幅な低下を見せている。


 その混乱のせいで、僕らへの補充機も、遅れているらしかった。


 本来の運用であれば、僕らの様に保有機を失い、部隊としての戦闘力を喪失(そうしつ)してしまった部隊は、後方の基地に下げられ、そこで再建を目指すことになる。

 だが、縦断線(じゅうだんせん)の輸送能力低下の影響で、僕らの様に再建を必要とするほどの打撃を被った部隊も、後方の基地への移動ができなくなっていた。

 パイロットの移動だけならまだしも、部隊の移動となると、その人員や機材の輸送には膨大(ぼうだい)な労力が必要となる。戦闘による損耗(そんもう)が重なり、その補填(ほてん)のために急速に輸送需要が増大する一方で、需要に対する供給側の輸送力が低下している今、僕らへの補充を送る都合もつかなくなっていた。


 それだけフィエリテ市上空の航空優勢(こうくうゆうせい)を失ったことの影響(えいきょう)は大きく、僕らへの補充はいつになるか、全く分からない状態が何日も続いた。


 だが、そんな状態は、唐突に終わった。


 僕は、相変わらず、老夫婦にお願いして、動物たちの世話を手伝わせてもらっていた。

 仕事をしている間だけは、僕の悩みごとを考えずに済むからだ。


 そんな僕に、レイチェル中尉が集合をかけた。

 301Aのパイロット全員に、だ。


 数分後には、僕らはパイロットの待機所に集合していた。

 パイロット全員でこの場所に集合するのは、いったい、何日ぶりだっただろうか。


 僕らが壊滅(かいめつ)させられた戦い以来、僕らの間にはどこか気まずい雰囲気(ふんいき)が漂(ただよ)っている。

 だが、それでも、全員がきちんと集まっていた。


 アビゲイルは相変わらず浮かない顔をしていたが、レイチェル中尉が何かを彼女に言った様で、最近は部屋からも出て、身体を鍛(きた)えたりしているから、一応、もう心配はいらない様だった。

 アビゲイルとレイチェル中尉は、親戚同士だ。さほど親しくはない様子だったが、昔から知っている間だから、こういう時、僕らには分からない様なことも、レイチェル中尉には分かったのかもしれない。


 問題なのは、僕と、ライカだ。


 正面から言い争ったり、喧嘩(けんか)をしたりということは無かったが、何となく、お互いに避け合っている。

 今だって、そうだ。何となく、僕から離れた場所にライカは立っている。


 僕は、この状況をどうにかしようと、自分なりに努力をしたつもりだった。

 だが、まるでうまく行かない。今はもう、途方に暮れているだけだ。


 ライカは、僕の視線に気づいたのか、一度だけ僕の方へと視線を向けた。だが、すぐに不機嫌そうな表情になり、僕から顔をそむけてしまう。


 僕には、どうして彼女がそういう態度を取っているのか、少しも分からない。

 ああ、ライカ。君は、僕にどうしろと言うんだ?


 僕は溜息(ためいき)を吐きたくなったが、今は、とにかく、レイチェル中尉が僕らを呼び出した理由の方が大切なことだと、頭を切り替えることにした。

 それは、簡単なことでは無かったが、とにかく、僕はそうした。


「お前ら、喜べ。今から補充機を取りに行くぞ」


 レイチェル中尉は、口に火のついた煙草(たばこ)をくわえたまま、僕らにそう言った。

 思わず、僕らはお互いの顔を見合わせた。相変わらず、ライカは僕の方を見てはくれなかったが。

 そして、いつもの様に、僕らのリーダー格であるジャックが代表して、レイチェル中尉に質問する。


「中尉殿。それは、どういうことでしょうか? 」

「言った通りの意味だ。後方の基地まで、補充機を取りに行く。補充機を受領した後は、この基地まであたしらで空輸するんだ。操縦に早く慣れなきゃならんからな」


 レイチェル中尉はそう答えると、すぅっと煙草(たばこ)を吸い込み、少し肺に貯めてから、白い煙を勢いよく口から吐き出した。

 それから、不敵な笑みを浮かべる。


「ちなみに、補充機は新型だ」


 僕らは、もう1度、お互いに顔を見合わせた。


 新型。王立空軍が配備する新型の戦闘機というと、僕らは、1つしか知らない。

 ベルランだ。

 だが、ベルランは、今から2カ月以上前のことだが、まだ、試作段階にあり、不具合の解消に苦労していたはずだ。

 それらの問題が解決し、いよいよ、本格的に配備されるということなのだろうか?


「お前ら、すぐに準備しろ。飛行服一式と装備を持ってもう一度ここに集合だ。準備出来次第、あたしらは汽車で南のフォルス市に向かい、そこの空軍基地で一泊する。翌朝にベルランを受領して、正午までにこの基地に戻って来ることになっている。まぁ、時間に余裕はあるが、汽車は待ってくれないからな。全員、急げよ! 」


 だが、僕には深く考えている余裕は与えられなかった。

 とにかく、新型機を受け取り、基地へ向かって飛んで、空輸してくるために、僕らは出発しなければならない。

 レイチェル中尉の掛け声で、僕らは急いで出発の準備を整えるために、待機所を飛び出して行かねばならなかった。

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