10-2「総攻撃」

 戦争は、僕の深刻な悩みなどおかまいなしに続いている。


 連邦軍は、僕ら、第1戦闘機大隊を壊滅(かいめつ)させた日の空戦を境にして、毎日の様に戦闘機のみで構成された部隊をフィエリテ市の上空へと展開して来る様になった。


 彼らはこれまで、フィエリテ市への補給を断つべく、王国にとっての命綱となっていた輸送路であるイリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)を破壊しようと試みて来た。

 連邦も帝国も、そのために爆撃機を飛ばし、僕らはそれを必死に防ぐ。そういう構図が、フィエリテ市上空で繰り広げられてきた航空戦の姿だった。


 だが、それが変わった。

 連邦は爆撃機を一切、飛ばしてこなくなった。代わりに、毎日、毎日、戦闘機ばかりが飛んでくる。そして、その連邦の戦闘機たちはフィエリテ市上空を守るために飛ぶ王立空軍の戦闘機を発見すると、飢えた狼が獲物(えもの)を追う様に襲い掛かって来る。


 僕らは、連邦が何を考えているのか、すぐには理解できなかった。

 だが、連邦の戦闘機によって、王立空軍の戦闘機への被害(ひがい)が増えるにつれ、その狙いが分かって来る。


 連邦は、王立空軍の戦闘機を狙っている。


 それは、こういうことだ。

 連邦は、フィエリテ市を狙っている。だが、それを占領するためには、補給路を断って王立軍を弱体化させる必要がある。

 だが、それには、迎撃に飛んでくる王立空軍の戦闘機部隊がどうしても邪魔(じゃま)だ。

 そうであれば、まず、その邪魔(じゃま)な存在を徹底的(てっていてき)に排除しなければならない。


 王立空軍の戦闘機部隊の殲滅(せんめつ)。

 それが、連邦の狙いである様だった。


 開戦初期の攻撃で、一度は壊滅(かいめつ)状態に陥(おちい)った王立空軍は、以後、兵力を各地の秘匿(ひとく)飛行場に分散配備し、基地を攻撃されて簡単に兵力を喪失(そうしつ)するという事態を回避する様になっていた。

 うさぎの巣穴みたいなものだ。

 獲物(えもの)を狙う天敵がやって来ても、どこの巣穴にいるのか分からない。一つの巣穴を抑えても、獲物(えもの)は別の巣穴から出て行ってしまうし、かといって、巣穴を全て押さえてしまうことなど、できはしない。


 だから、連邦も帝国も、王立空軍が無数に作った滑走路を全て虱潰(しらみつぶ)しにすることは諦(あきら)め、王立空軍が迎撃(げいげき)に出てくるのをある程度許容して、とにかくイリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)という動脈を食い千切ることに集中した。

 だが、それがうまく行かない。

 どこかに隠れている僕ら王立空軍の戦闘機部隊が、必ず彼らの邪魔(じゃま)をするからだ。


 連邦は、頭を痛めていただろう。

 王立空軍の航空部隊の拠点を全て虱潰(しらみつぶ)しに破壊して回るほどの戦力はさすがの連邦でも持ってはいなかったし、第一、どこを攻撃すればいいのかの見当もつかない。


 だが、彼らは気づいたのだ。

 僕ら、王立空軍の戦闘機部隊が、必ずいるその場所を。


 それは、フィエリテ市の上空だ。

 王立空軍は敵機の攻撃を防ぐために、フィエリテ市の上空に向かって飛び、敵機をいつでも迎撃できる様に戦闘空中哨戒を実施している。

 そこを襲(おそ)えば、必ず、獲物(えもの)にありつける。


 もちろん、飛行している状態の戦闘機を撃墜(げきつい)することは、狐や狼がうさぎを狩るほどには優しくないことだったが、連邦は数で圧倒するという、古典的かつ単純明快で、対策のしようの無い方法でその問題を克服(こくふく)した。

 それに加えて、攻撃する側が防衛する側に対して有する戦術上の優位性がある。

 攻撃側は、いつ、どこに攻撃を仕掛けるかという選択権を持つが、防御側にはそれが無い。防御側はいつでも敵を迎撃できるようにするためには、戦力をローテーションさせる必要がある。王立空軍にとってそれは、ただでさえ劣勢な戦力をさらに分散させざるを得ないということだった。


 連邦軍は自分の都合で、いつ、どこに、どれだけの戦力を投入するかを決められるのに対して、王立空軍は手持ちの戦力を小分けにして出さなければならない。

 どちらにとって有利であるかは、議論する余地さえない。


 日を追うごとに、王立空軍に損害が増えていく。

 王立空軍は、フィエリテ市上空で連邦の戦闘機部隊が待ち受けていると知りながらも、フィエリテ市防衛のための要であり、まだそこに暮らす多くの人々の生命線となっているイリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)を守るためには、戦闘機を飛ばし続けなければならなかった。


 ほんの数日前、僕ら、王立空軍は、この戦争に対して、自信の様なものを持ち始めていた。

 開戦当初の大損害から態勢(たいせい)を立て直し、連邦、帝国双方による同時侵攻という特殊な状況も利用しながらではあるものの、何とか戦えるようになってきていた。


 僕らは、フィエリテ市を守りきることができる。そんな風に思えてきていたのだ。


 だが、そんな僕らの淡い希望は、砕かれてしまった。

 王立空軍はその総力をあげて、フィエリテ市の防空のために戦闘機を飛ばし続けたが、戦えば必ず負ける。そんな戦いばかりが続いた。


 王立空軍の全戦闘機は、勇敢(ゆうかん)に戦った。

 その奮戦(ふんせん)のおかげもあって、イリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)は未だにその機能を維持している。


 だが、その戦いは、急速な機材の消耗(しょうもう)と、搭乗員の喪失(そうしつ)という、重い代償(だいしょう)と引き換(か)えのものだ。


 損耗は補充を上回るペースで嵩み、人員の損失も急速なペースで進んだ。

 1週間もしない内に、王立空軍の戦闘機部隊は、敵機に対して有効な迎撃を実施することができなくなっていた。


 連邦は、フィエリテ市上空での航空優勢(こうくうゆうせい)の確立という目的を、達成した。

 王立空軍の戦闘機部隊は壊滅(かいめつ)状態となった。開戦時とは異なり、後方にあった諸部隊も既(すで)に前線に投入された後だから、戦力が早期に回復する見込みは無い。


 誰の目にも明らかだった。

 王立空軍は、フィエリテ市の上空の航空優勢(こうくうゆうせい)を賭(か)けた航空戦に、敗北したのだ。


 僕たちはもう、敵機がフィエリテ市の上空を我が物顔で飛びまわるのを、黙って見あげているしかなくなってしまった。


 王立空軍の抵抗を排除した連邦は、いよいよ、その本来の目的に着手した。


 フィエリテ市の西側、連邦軍と王立軍が対峙する戦線に、無数の火砲が並べられた。

 王立軍からは想像もつかない様な数だ。

 そして、それらの火砲に使用されるべく、数えきれない弾薬が、数えきれないトラックや列車によって運ばれ、集積(しゅうせき)された。


 誕暦3698年7月27日、日の出を待って、連邦軍は、王立軍がそれまでに経験したことの無い様な猛烈(もうれつ)な砲撃を開始した。

 その目標は、フィエリテ市を防衛するために集結した王立軍諸部隊と、各部隊が籠(こも)っている防衛線。何週間にも渡って掘り続けられた塹壕線(ざんごうせん)だ。


 砲撃は、1日だけでは無かった。何日も、何日も、昼夜をかまわず続けられた。


 砲撃の狙いは、単純に、王立軍の兵器の破壊や、兵員の殺傷を狙っているだけでは無い。

 砲撃によって、王立軍が築いた陣地そのものを破壊し、連邦軍にとって進撃の邪魔となる鉄条網などの障害物や、地雷原を排除するためだ。

 連邦軍によるフィエリテ市への攻撃を確実に成功させるために、連邦軍の火砲は代わる代わる、王立軍の陣地上に途切らせることなく砲弾を降らせ続けた。


 王立軍はその攻撃に、塹壕(ざんごう)の中で身を縮めて、ひたすら耐える他は無かった。

 こちら側にも、もちろん野戦砲(やせんほう)や榴弾砲(りゅうだんほう)はあるのだが、配備された数が違い過ぎる。撃ち合いをやっても勝負にならない。

 その上、航空優勢(こうくうゆうせい)を連邦に握(にぎ)られたため、前線上空には連邦の観測機(かんそくき)や偵察機(ていさつき)がほぼ常時(じょうじ)巡回している。もしも発砲すれば、すぐさま敵に砲の位置が知られ、自身が撃った砲弾の何十倍もの砲弾が降り注ぐことになる。


 反撃したくとも、できない。そんな状況に置かれた王立軍は、ただ、一方的に、途切れること無く撃ち込まれる砲弾を浴び続ける他無かった。


 王立軍にとっての状況は、さらに悪い。


 この猛砲撃(もうほうげき)は、連邦軍による攻勢作戦(こうせいさくせん)が再開されたことを意味している。

 フィエリテ市への総攻撃が、間近に迫っているということだ。

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