第10話:「仲間」
10-1「あなたとは、もう飛びたくない」
僕ら、第1戦闘機大隊は、壊滅的(かいめつてき)な打撃を被(こうむ)り、その実質的な戦闘能力を喪失した。
第1戦闘機大隊を構成する3つの飛行中隊、301A、301B、301Cは、それぞれ無視できない大きさの損害を受けていたが、割合から言えば僕らの301Aが最も酷(ひど)かった。
301Aを構成していた5機の戦闘機の内、4機が失われてしまったのだ。
割合に直すと、80%になる。
基地へと帰り着いたのは3機だったが、その内の2機、アビゲイルと僕の機体は、大きな損傷を受けており、修理を諦(あきら)めて廃棄(はいき)することになってしまった。
アビゲイルの機体は完全に修理不可能だったが、実を言うと、僕の機体は修理しようと思えば何とかなるレベルの状態だった。だが、交換用のエンジンをはじめ、機材を調達できる見込みが立たず、比較的無事だったライカの機体を早期に飛行可能とするための部品取りとして、消費されることとされてしまった。
以前乗っていた機体をダメにしてしまって、新しく配備してもらった機体だったが、こんなに早くお別れすることになってしまうとは。
何というか、寂しさも感じられないほど、あっという間のお別れだった。
整備班の尽力で、空戦の翌日には戦闘可能な戦闘機が1機、完成していたが、しかし、保有機数1機だけの飛行中隊は、もはや戦力として意味を成さなかった。
飛ぶことはできるが、2機編隊を基本とする空戦術も使えないし、戦えば多数の敵機に囲まれて撃墜されるだけだ。
どうせすぐには戦線に参加できないのだから、と、戦闘可能な状態にまで復旧したライカの機体は、他の部隊へと配置換えされることになってしまった。
格納庫で待機状態に置かれていた機体は、分解されて、木箱に詰められ、回収しに来た車両に積み込まれると、どこかの部隊で次の活躍をするために運ばれていった。
とうとう、僕ら301Aは、全ての戦闘機を失い、部隊としての活動が全くできない状態へと陥(おちい)った。
フィエリテ市上空の航空戦は、僕ら抜きで、今も激しく続いている。
戦況は、良くないらしい。
その意図するところはよく分からなかったが、連邦軍は僕らが遭遇(そうぐう)した敵機たちと同じ様な、多数の戦闘機だけで編成された部隊を出撃させ、フィエリテ市の防空に当たっている王立空軍の戦闘機部隊を盛んに攻撃しているらしい。
王立空軍側も戦闘機部隊を大隊規模で集中運用していたが、連邦軍の戦闘機部隊は、徐々にその戦力集中の度合いを強くしているらしい。
自然、王立空軍は数の上で不利な戦いを強いられている。
だが、僕らは、何もできない。
漠然(ばくぜん)と、フィエリテ市がある方の空を眺めていることしかできない。
飛びたくても、戦闘機が無いからだ。
そんな僕らの部隊へ、フィエリテ市から、レイチェル中尉とジャックが帰って来た。
フィエリテ市への唯一の補給路となっている、イリス=オリヴィエ縦断線(じゅうだんせん)の輸送能力は相変わらず逼迫(ひっぱく)していて、人間2人を追加で乗せるのも簡単ではない。だから、2人が帰って来たのは、僕らが壊滅的な打撃を被った空戦の翌々日のことだった。
幸いなことに、2人共元気そうだった。
レイチェル中尉は空中戦の被害の大きさを知って酷く不機嫌そうだったし、左手を怪我していて、包帯も巻かれていた。しばらく操縦桿を握ることはできないそうだったが、それでも、怪我はそのうち治る。また、僕らの指揮をとって飛んでくれる日が来るだろう。
ジャックなどは、久しぶりにフィエリテ市の実家に帰ることができたと、喜んでいた。それで、両手で抱えた紙袋に詰め込まれたパンを持ち帰っていて、僕らに分けてくれた。彼の実家で焼いたパンであるらしい。
途中、列車の中で避難民に分け与えてしまったから、僕らで食べるだけですぐにパンは無くなってしまったが、表面は香ばしく、中はふっくらとしていて、噛(か)めばほんのりと甘い、美味しいパンだった。
僕は、2人が帰って来て本当に嬉しかった。
だが、同時に、憂鬱(ゆううつ)でもある。
アビゲイルは相変わらず自室に閉じこもりがちで、せっかく帰って来たジャックにも顔を合わせづらそうにしたままだ。
ジャックはさっぱりとした笑顔で、「気にすんなよ、お互い様だぜ」と、いい笑顔を見せていたが、アビゲイルの気持ちはそれでは晴れなかったらしい。
例え、本人から許されたのだとしても、自分で自分が許せない。そういう状態なのだろう。
そして、ライカは、相変わらず僕と口をきいてくれない。
彼女がどうして怒っているのかは、僕にも何となく分かってはいる。
僕が、彼女が止めるのを無視して、敵に突っ込んでいったせいだ。
僕としては、これは、仲間たち全員で生き残るためにやったことだ。だから、僕には僕の言い分もある。
だが、それでも、僕の方から謝るべきだろうと思った。
ライカは僕の僚機(りょうき)で、ジャック、アビゲイル、ライカ、そして僕で作る301A第1小隊の3番機、小隊の第2分隊の分隊長だ。そして、僕は4番機。彼女の僚機だ。
僕は、彼女の指示に従うべきだっただろう。
だから、僕は、彼女に謝りに行った。
だが、ライカは、僕の話を聞いた後、たった一言だけしか言わなかった。
「ミーレス、そういうことじゃないの! 」
それきり、ライカは僕と口をきいてくれない。
僕は諦(あきら)めずに、ライカに謝ろうとした。
戦闘機が無いとはいえ、いつになるかは分からないが補充はきっと来る。そうなって、もう1度出撃する様になった時に、今のままでは支障(ししょう)があるだろう。
それに、何と言うか……、何と言うか! このままでは、嫌だと思ったからだ。
だが、ライカはやっぱり、僕と口をきいてはくれない。
僕が何を言おうと、不満げに睨みつけて来るだけで、何処かへ行ってしまう。
僕は、困っている。
どうしたら良いか、さっぱり分からない。
幸か不幸か、僕は、この問題と向き合う時間をたっぷりと持っていた。
僕ら301Aは戦力を失ったため出撃任務から外され、毎日毎日、フィエリテ南第5飛行場で暇(ひま)を持て余しているからだ。
あまりに暇(ひま)で仕方が無いのと、悩みごとの解決法が見いだせず辛かったので、僕は気晴らしになればと、基地で雇われて動物たちの世話をしている老夫婦に手伝いを申し出た。
僕は生まれも育ちも牧場だから、動物の世話は慣れている。
仕事をしている間は、少しだけ気持ちが安らいだ。
実家での日々を懐かしく思い出すことができたし、何より、動物たちと触れ合うのはいい。
僕は、基地で飼われている馬の1頭と仲良くなることができた。乗馬用の、馬としては結構(けっこう)年を取った雌馬だが、まだ元気で、人を乗せて走ることだってできる。
僕は、彼女にエサをやり、水を与え、ブラシで丁寧(ていねい)に身体を掃除してやった。
実家で、幼いころから一緒に育った雄馬のことを思い出した。僕は彼で乗馬を覚え、彼に乗って学校に通ったり、野山を駆け巡ったりした。この基地で世話をさせてもらった雌馬と同じ様に、彼ももう、馬としては相当な年になっているはずだ。もう、何年も会っていないが、彼は今、こんな時代になってしまって、どういう風に過ごしているのだろう?
馬の世話の次は、家禽(かきん)たちのエサやりをやらせてもらえることになった。僕はもっと働きたかったのだが、老夫婦はパイロットさんにこれ以上は働いてもらえないと固辞(こじ)し、僕は諦(あきら)めるしか無かった。
今の状況を思えば、僕としては仕事をもらえる方がありがたかったのだが、老夫婦からすれば違って見えるのだろう。
家禽(かきん)たちへのエサやりを終えてしまうと、僕は再び、やることのない、暇を持て余している人間へと戻ってしまった。
だから、僕は今、柵の中の動物たちを眺めている。
足元で、食いしん坊のアヒルが、僕にもっとエサをくれとねだる様にクァッ、クァッ、と鳴いているが、僕はもう、エサは全部彼らに与えてしまった。
僕がアヒルにエサ袋の中身が空であることを示すと、アヒルはとても残念そうな様子でしょげて、それから、僕に興味を失ったのか、仲間たちの方へと戻っていった。
いいなぁ、と思う。
動物たちは、毎日元気だ。たくさんエサを食べ、柵の中を走り回って、みんなで無邪気に遊んでいる。
とても楽しそうだった。
自然と、溜息(ためいき)が漏(も)れる。
「ミーレス。ちょっと、いい? 」
その時、僕に声をかける人物がいた。
ライカだ。
僕は、驚(おどろ)きのあまり身体をびくっと跳(は)ねさせた。それから、恐る恐る、声のした方向へ顔を向ける。
そこには、確かにライカの姿があった。僕の幻聴(げんちょう)ではない。
そして、やはり、不満そうな顔で、僕の方を睨(にら)んでいる。
「な、何? ライカ」
僕はなるべく今まで通りを装ってそう返事を返したが、僕の声はちょっと裏返っていたし、震(ふる)えてもいた。
ライカと話すのは、随分(ずいぶん)久しぶりなのだ。
ライカは、僕のことをじっとりと眺めると、やがて口を開く。
「私ね。あなたとは、もう飛びたくない」
え? という言葉を、僕は発することができなかった。
ライカの言っている言葉を、僕の頭が理解することを拒否したからだ。
「だからね、レイチェル中尉と、ハットン中佐にお願いして、分隊を変えてもらうことにしたの。ミーレス、あなたはジャックと組んで第1分隊。あたしはアビーと組んで第2分隊になるから」
ちょ、ちょっと待ってくれよ、ライカ!
急に、いったい、急に、どうしてそうなったんだ!?
だが、僕はやっぱり、それを言葉にすることができなかった。
今度は、ショックのあまり、口が僕の言うことを聞かなかったからだ。
「……じゃ、ミーレス。そういうことになったから」
ライカは、半開きになったまま、言葉を発することも無く震(ふる)えている僕の口を一瞥(いちべつ)すると、それで踵(きびす)を返し、足早に立ち去ってしまった。
僕は、彼女を呼び止めようと右手を前に突き出すが、結局(けっきょく)、僕の口は僕の言うことを聞いてくれず、一語も発することができなかった。
ライカの後ろ姿はすぐに建物の影に入って消え、僕は、そのままの姿勢で、頭が真っ白な状態で立ちつくす。
僕は、何分か、そのままの姿勢でいた。
そんな僕を、いつの間にか僕の近くにまで戻ってきていたアヒルが、不思議そうな顔で見上げている。
僕は、途方(とほう)に暮(く)れるしかない。
ああ、どうしよう。
どうしよう!?
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