8-7「5分」
《目標発見! 目標発見! 11時の方向、「ジョー」8機、「シタデル」4機! 》
やがて、僕らは敵と接触した。
最初に敵機を発見したのは、301Cのダミアン中尉だった。
《第1戦闘機大隊、各中隊、攻撃用意! 敵戦闘機の数がいつもより多いようだが、予定通り301Bで抑えてもらう! 301A、301Cは、敵の四発爆撃機を攻撃せよ! 》
ハットン中佐の攻撃命令で、僕らは攻撃態勢に入った。
敵の護衛の戦闘機を抑えるため、301Bが先駆けとなり、高度を取りながら突進していく。爆撃機を攻撃する僕らの301Aと301Cは、シタデルの側面から射撃を実施するべく、進路を調整しながら増速した。
前に戦いを挑んだ時、僕らは5機がかりで挑んで全く歯が立たなかったが、今回は合計で13機もの戦闘機で挑むことになる。これだけの戦闘機で攻撃を仕掛ければ、いくら頑丈で強靭な機体でも倒せるはずだ。
僕らの接近に気付き、連邦の戦闘機、ジョーが、相変わらず印象的な大口を開いた機首を向けて襲い掛かって来る。先行していた301Bがこれを迎え撃ち、空中戦が始まった。
8機のジョーに対し、こちらは6機しかいないが、パイロットは全員正規の訓練を受けたパイロットだ。簡単にやられてしまったりはしないだろう。
僕らは、その間にシタデルを撃つ。
《ダミアン中尉! 301Aが先行して攻撃を仕掛ける! 後続して、あたしらがダメージを与えた敵機にとどめを刺してくれ! 》
《301C、了解! 幸運を祈る》
《そっちにも! さて、301A全機、かかれっ! 》
《《了解! 》》
僕らはレイチェル中尉の掛け声で、一斉にシタデルへと襲い掛かった。
4機のシタデルは、やはりイリス=オリヴィエ縦断線を攻撃目標としている様だった。4つの巨大なプロペラを勢いよく回しながら、戦闘機並みの高速で目標に向かって突進していく。
恐らく、爆弾が投下されるまでに、猶予は5分程しか無いだろう。
《最後尾の1機を狙う! よく引き付けて撃て! 》
レイチェル中尉はそう言うと、その宣言通り、4機編隊の最後尾の1機に向かい、敵機の防御射撃をかいくぐりながら攻撃を加えた。
シタデルが通常の機体よりも遥かに大きく、距離感を狂わされるということは前回の対戦で分かっている。
レイチェル中尉の射撃は、確実にシタデルのエンジン部分を捉え、薄く煙を吹かせることに成功した。
やはり、シタデルは恐ろしいほどに頑強だ。これまで僕らが相手にしてきた双発機などでは、この攻撃だけで火を噴かせることができていただろう。
エメロードⅡの武装では、シタデル相手には通用しない。
それは否定しようのない現実だったが、僕らが持っている戦闘機の中で、現状、最も優秀なのがこのエメロードⅡだ。無いものねだりをしてもどうにもならない。
今、あるもので、最大限の力を尽くすしかない。
ジャック、アビゲイル、ライカ、僕と、連続して最後尾を行くシタデルへと襲い掛かっていった。
むやみやたらと撃ちまくっても、効果は望めない。とにかく、エンジンを狙う。
敵機は、どんどん、目の前に迫って来る。
だが、その巨大さに惑わされていては、射撃を命中させることはおぼつかない。
衝突するという恐怖と戦いながら、僕はトリガーを引いた。
射撃を終え、退避行動に入り、攻撃の効果を確認するために敵機を振り返る。
目いっぱい近づいてから撃ったおかげか、前回の攻撃よりも効果は上がっている様子だった。
4機のシタデルのうち、僕らが攻撃を加えた最後尾の1機は、火災こそ起こしてはいなかったものの、右翼側のエンジン2基が停止し、煙を引いていた。
さすがの四発機でも、エンジンを半分失ってしまっては高速の維持は難しいのだろう。最後尾のその1機は速度を落とし、編隊から落伍し始める。
再攻撃の準備に入る僕らが見守る中、301Cの8機が、落後した1機にトドメを刺すために突進していく。
正規の訓練を受けたパイロットが操縦している4機は、さすがだった。次々と攻撃を命中させ、シタデルの右主翼から炎を引かせた。
火災はすぐに消火装置で消し止められてしまったが、それでも、もうひと押しで撃墜できそうな感触がある。
あとは、最後に攻撃を仕掛ける、僕らと同じく新米パイロットたちに操縦されている4機次第だ。
だが、やはり、今回、初めて敵機と交戦するという新米パイロットたちに、シタデルは少し無理のある敵である様だった。
よく引き付けて撃てと、ダミアン中尉から指示がされていたが、目の前に迫って来る巨体の圧迫感に逆らうのは容易なことではない。1機目、2機目、3機目と、攻撃を仕掛けるが、射撃距離が遠く、弾丸は重力に引かれて敵機の手前で落下し、ほとんど命中しなかった。
シタデルと初めて対戦した時の僕らも似た様なものだったから、彼らを責めることはできない。相手が大き過ぎるのだ。
それを見ていた4機目は、敵機に対してこれでもか、と接近してから射撃を加えた。
その甲斐あってか、その射撃は次々と命中していく。
だが、近づき過ぎた。
《危ない! かわせっ! 》
後続機の様子を見守っていたダミアン中尉が、悲鳴の様な声をあげた。
シタデルに接近し過ぎたその1機は、攻撃後の退避行動に入ろうとしたが、遅すぎた。
その機体はシタデルと接触し、プロペラがシタデルの主翼に食い込み、衝撃でバラバラに破損した。千切れとんだプロペラが勢いよく飛び散って行き、シタデルの巨大な垂直尾翼を傷つける。
接触した機体と編隊を組んでいた僚機たちが、一斉に悲鳴をあげた。
だが、幸いなことに、プロペラを失っただけで、操縦系までは失わなかった様だ。シタデルからその1機は離れ、緩やかな降下に入る。
ダミアン中尉が、そのパイロットに脱出を呼びかける。
やがて、敵機と接触した機のパイロットは、自身の機体の天蓋を開き、空中に飛び出していった。操縦者を失った機体はやがて姿勢を崩し、地面へ向かって垂直に落下し、大地に激突して砕け散った。
空には真っ白なパラシュートが開かれ、無線に安堵する様な声が混じる。
パイロットは、ひとまずは無事だろう。
衝突を受けたシタデルは、バランスを崩し、落ちていく。
大型機であるがために、一度バランスを崩すと立て直すのは難しいのだろう。それに、ダメージを負っている。衝突された際に操縦系統が故障した様だった。
その敵機は、ゆっくりと落ちて行き、田園の中に胴体着陸をして静止した。
撃墜、と数えていいだろう。
13機がかりで、ようやく、1機撃墜だ。
《301A、ボケっとするな! 敵はまだ3機も残っているんだ! 攻撃する! 》
僕らは、レイチェル中尉の言葉で我に返った。
今は、敵機の爆撃を阻止することの方が先だ。
僕らは気持ちを切り替え、改めて、未だに爆撃目標に向けて侵入を続ける、残り3機となったシタデルへと接近を開始する。
目標到達まで、あと、時間はどれくらいだろうか?
3分? いや、2分と少し。
僕らは、シタデルにじりじりと迫った。
本当は、もっと素早く追いつきたかったのだが、最高速度にそれほど大きな差が無いため、すぐには距離を詰めることができない。
それでも、どうにか、爆弾の投下前に敵機に追いつくことができた。
同時に、奇妙なことが起きる。
敵機が唐突に編隊を崩し、先頭の1機が機首を下げ緩降下を開始し、残りの2機が、その1機と僕らの間に立ちふさがる様に隊形を取ったのだ。
暖降下を開始した1機は加速し、僚機を引き離していく。残った2機は、防御射撃を激しく僕らへ浴びせてくる。
彼らの意図は、どういうものなのだろう?
暖降下を始めた1機は、何か、トラブルでもあったのだろうか。
《くそっ! 先頭の1機を落とせ! 残りは囮だ! 》
レイチェル中尉の鋭い叫び声が耳に届く。
どうやら、敵機の不可解な行動は、トラブルでも偶然でも無く、作戦であるらしい。
暖降下中の1機の先には、イリス=オリヴィエ縦断線の線路が見える。ちょうど、フィエリテ市の南側を流れている河を橋梁で渡っているところで、敵機の目標になっている様だった。
どうやら、敵もまた、縦断線への攻撃で華々しい成果が上がらないことに悩んでいたらしい。
僕ら、王立空軍の執拗な迎撃を囮機で受け止め、その間に緩降下爆撃を実施し、確実に重要目標を破壊しようというのだろう。
あの橋梁を破壊されてしまっては、縦断線はその輸送能力を喪失してしまう。復旧にはかなりの時間を要する。
あるいは、王国が敗北するまで、その橋が復旧することは無いかもしれない。
距離感を狂わされてしまうほどの巨体であるにもかかわらず、緩降下爆撃を実施できるほどの運動性まで有しているのか。
僕は、シタデルの性能に改めて驚かされたが、今は、そんな場合では無かった。
レイチェル中尉の言葉で、僕らは緩降下中の敵機を追いかけて機首を下げた。
だが、囮となっている2機からの射撃は激しく、このまま突っ込んでいってはいい的になってしまう。
《ジャック、アビゲイル! あたしらで敵機を抑える! ライカ、ミーレス、お前らで突っ込め! 》
《《了解! 》》
レイチェル中尉とジャック、アビゲイルが、囮役となっている2機のシタデルへと向かい、暖降下中のシタデルへの接近の障害となっている防御射撃を引き受けてくれる。
その間に、僕とライカは、囮の2機の下方を潜り抜け、前へと突き抜けた。
だが、果たして、間に合うのか?
降下して高度を速度に変換しているため、シタデルは一層の高速を得ている。爆弾を投下するまでに、攻撃ができるだろうか?
その時、僕の視界の端に、左から右へと、もくもくと進んで行く煤煙が見えた。
列車だ。
列車が、橋梁に接近してきている!
何て、間の悪い!
これでは、橋梁が破壊されてしまった時に、あの列車まで巻き込まれてしまう!
列車は、あの、王国で有名なグリズリー型蒸気機関車に牽引された、客車たちで構成されていて、北から南へ、つまり、フィエリテ市から南側に出て行くところの様だった。
フィエリテ市に向かう時は、増援の兵員やその物資を満載しているはずだったが、フィエリテ市から出て行く時、その列車に乗っているのは多くの非戦闘員だ。
戦火が差し迫るフィエリテ市から疎開する人々や、敵に占領された地域から逃れて来た難民たちで満員だ。
《ミーレス、列車が来てる! 》
《見えてる! 絶対に止める! 》
そうだ。
絶対に、止める。
今、あの橋に爆弾を落とさせるわけにはいかない!
僕らは、辛うじて爆弾の投下前に敵機に追いつくことができた。
先を行くライカが、敵機のエンジンを狙って射撃を開始する。
だが、その直後、ライカの機体が突然体勢を崩し、何かに弾き飛ばされた様になってあらぬ方向へと飛んで行く。
被弾した様には、見えなかった。
恐らく、敵機の後方に発生していた乱気流に巻き込まれてしまったのだ。
飛行中の航空機の後方では、気流が乱れている。シタデルは巨大で、しかも高速だから、巻き起こす乱気流も大きいらしい。それに、ライカ機は弾かれてしまったのだ。
《ミーレス! 》
悲鳴の様な、祈る様な、そんなライカの声が僕に届く。
ライカが言いたいことは、分かっている。
あの敵機を止められるかもしれないのは、もう、僕だけだ!
僕は、敵機を照準器の中に捉え、トリガーを引いた。
いくつもの曳光弾が敵機に吸い込まれていき、命中弾が出ていることを示すいくつもの火花が乱れ散る。
だが、敵機は、びくともしない!
その時、僕の頭の中に、ある情景が浮かんで来た。
全身を突き抜ける様な轟音。
そして、無数の悲鳴と、呻き声。
あの橋梁に爆弾が命中した時、生み出される惨劇の情景。
だが、何発撃ち込んでも、敵機は進み続けている。
自然と、僕の呼吸は荒く、早いものになり、視界が広がる様な、奇妙な感覚を覚える。
どうすればいい?
どうすれば、あの列車を救うことができるんだ!?
僕は、つい先ほど目にしたことを思い出した。
その瞬間、僕の呼吸は治まり、視界も元に戻った。
僕は、トリガーを引くのを止めると、操縦に専念した。
敵機の後方乱気流に気をつけながら、その垂直尾翼を飛び越える。敵機の胴体上面に取り付けられた銃座から射撃が浴びせられ、僕の機体に次々と命中するが、僕はそれにかまわず、思いきり操縦桿を前に倒した。
僕の機体は急激に機首を下げ、すぐに、ガツン、と激しい衝撃を受ける。
うまく行った!
今、僕の機体は、敵機の頭の上に覆い被さる様になっている。
その敵機の爆撃を阻止するために僕が思いついた方法。それは、僕の機体を敵機にぶつけて、無理やりその進路を変えさせることだった。
先ほど、301Cの戦闘機と空中で接触したシタデルは、バランスを崩し、墜落していった。遥かに小さな戦闘機でも、空中でぶつかればシタデルの巨体をも動かすことができるということだ。
もっといい方法があったのかもしれないが、射撃がほとんど通用しない様な相手に、今すぐに効果がありそうな方法は、他には思い浮かばなかった。
とにかく、僕は、敵機の頭を押さえている。ちょうど、操縦席がある辺りの上側に覆い被さる様に、自機の胴体を押し付けている。
後は、力比べた。
僕は、目いっぱい、操縦桿を前へと倒した。
敵機が、爆弾を落とす前に、河へと墜落させる!
咄嗟に思いついた賭けだったが、思ったよりも効果があった様だった。
あるいは、操縦席の近くに僕が衝突したから、敵機の操縦系統に問題が起こったのかもしれない。
敵機は機首を下げ、爆弾を投下するコースを外れて、河へ向かって落ちて行き、やがて、盛大にザバァと水しぶきをあげながら着水した。
僕は、喜ぶ間も無かった。
敵機と衝突したことと、その前に何発も被弾してしまったことで、僕の機体にも大きなダメージが出ていたからだ。
エンジンが止まってしまった。煙も出ている!
しかも、舵の効きが悪い!
僕の機体も、河へと向かって、黒煙を引きながらどんどん、落ちていく。
いや、このままでは、橋に激突してしまう!
せっかく敵機からの爆撃を阻止したのに、僕自身が衝突して破壊してしまっては、本末転倒だ!
僕は、エンジンからの出火を防ぐために燃料の供給を急いでストップし、必死になって操縦桿を手前側に引いた。
衝突のダメージで機体の操縦はあまり効かなくなっていたが、それでも、僕の機体はわずかに上昇し、橋をかすめる様にして飛び越した。
だが、推力を失っている以上、僕の機体が再び空に舞い上がることは無い。
機体は降下を続け、川面が、すぐ下に迫って来る。
脱出するには、もう、高度が無い。今から飛び出しても、パラシュートを開く前に水面に叩きつけられるだけだろう。怪我では済まない。
僕が助かるかもしれない方法は、一つだけ。
このまま、うまく機体を水面に着水させることだけだ。
飛行機は軽くできているから、水の上に墜落しても、すぐに沈むことは滅多にない。
操縦席から脱出するくらいの時間的な猶予は、あるはずだった。
僕は、操縦桿に齧りつくようにし、無我夢中で操縦を続けた。
やがて、高度が無くなり、機体は胴体から水面へと着水する。
水面にぶつかった衝撃で、機体は何度かバウンドする。その度に、僕は身体を上下に振られ、巻き上げられた水が風防にドバっと覆い被さって来る。
機体がバラバラになるのではないかと思ったが、幸運なことに、そうはならなかった。
何故それが分かるのかというと、僕が、まだ生きていたからだ。
やがて、衝撃は治まり、機体は静止する。
僕はほっとしたが、すぐに、安心してはいられないことを思い出した。
機体は、どんどん、沈み始めている。既に、足元には水が染み出してきている。敵機と衝突した時か、撃たれた時に穴でも開いたのだろう、どんどん、入って来る。
僕は、大急ぎで身体を操縦席に固定していたシートベルトを取り外し、酸素マスクを殴り捨てる様に取り外し、天蓋を後ろにスライドさせて、操縦席から脱出した。
機体は、もう、半ばが沈みかけていた。着水した場所は、ちょうど河の真ん中で、右を見ても、左を見ても、水、水、水しかない。
僕は、途方に暮れて、機体の天蓋を椅子にしてその場に座り込んだ。
僕は、泳げないのだ。
新たな困難に直面する僕を横目に、フィエリテ市からの避難民を乗せた客車を引くグリズリー型機関車が、勇ましく汽笛を鳴らしながら、僕がどうにか守り切った橋梁をゴウゴウと音を立てながら渡っていく。
僕は、走り去っていくその列車を、沈み行く機体の上から見送った。
同時に、充足感の様なものを感じていた。
咄嗟のことで、とてもうまいやり方とは思えなかったし、同じことは二度とやりたくなかったが、少なくとも、僕は、あの列車に乗っていた人々を救えたのだ。
それは、価値のあることだと思えた。
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