8-6「第1戦闘機大隊」

 フィエリテ市上空の防空戦は、その激しさと、困難さを増しつつある。

 前線がフィエリテ市に近づくのと同時に、連邦、帝国の空軍機が前線近くに建設された野戦滑走路などに前進し、攻撃の頻度が増加しているためだ。

 王立空軍でも、フィエリテ市防空のために戦力を強化し、より活発な迎撃を展開している。


 その中でも、連邦軍が投入してきた新型四発爆撃機は、王立空軍にとっての悩みの種になっていた。

 僕ら自身、四発爆撃機には苦戦したが、他の部隊も同じだった。


 エメロードⅡは、良い飛行機だと思う。

 操縦性も素直でパイロットの操作に良く従うし、空中での運動性能も良好で、最高速度で勝る連邦、帝国の戦闘機とも渡り合うことができる。


 だが、太刀打ちできるということは、優位に戦えるということではない。

 あの連邦の四発爆撃機に対抗するためには、もっと強力な武装と、より高速であることが必要だった。


 連邦は、自身が生み出した強力な四発爆撃機の活躍に気を良くしたのか、相変わらず盛んに放送を続けているプロパガンダ放送の中で、度々その存在を誇示してきていた。

 連邦の間で、あの四発爆撃機は「シタデル」と呼ばれているらしい。

 シタデルとは、城塞という意味の言葉だ。

 どうやら、四発爆撃機に対する印象は、こちらとあちらで、偶然にも一致しているらしい。


 いつもの様に、女性アナウンサーが放送でシタデルがいかに強力かを力説している。

 王国の戦闘機はこれにほとんど太刀打ちできず、無力であると。


 悔しいが、それは事実だ。

 王立空軍は、シタデルに対して激しく迎撃戦を実施しているが、苦戦を強いられている。


 撃墜に成功した例は、ある。

 だが、それは、シタデルの正面から突撃して操縦席に射撃を集中し、パイロットを殺傷して墜落させたり、複数機で袋叩きにしてエンジンを撃ちまくったりして、ようやく撃ち落としとしたというものだ。

 他は、対空射撃の砲弾がうまく直撃して、という例しかない。


 こんな調子だったから、王立空軍が必死に守っている防衛目標にも、被害が増えてきていた。

 集中的に狙われているのは、やはりイリス=オリヴィエ縦断線だ。

 連邦も帝国も、南大陸横断鉄道は自身で使いたがっているから攻撃を控えている様子だったが、縦断線については熱心に攻撃を加え続けている。それが止まって困るのは、王国だけなのだから、連邦も帝国も容赦がない。


 出ている被害は、走行中の列車が戦闘機の射撃を受けて破壊されたり、貨車の入れ替えを行うための操車場が編隊を組んだ爆撃機から爆撃を受けたり、といったものだ。

 戦闘機の射撃で、いくつかの列車が破壊されてしまった。だが、幸い、操車場への攻撃は風で爆弾の狙いが反れ、破壊されることは免れたということだった。

 輸送が途絶える程の、致命的な被害はまだ出てはいないが、このままでは、そうなるのも時間の問題だ。


 この状況を改善するため、ハットン中佐の提案は部分的に受け入れられた。


 部分的に、というのは、ハットン中佐は連隊単位で戦闘機の集中運用を行うべきだという意見を具申していたのだが、それよりも規模の小さい、大隊単位での集中運用だけしか認められなかったためだ。

 連隊規模で集中運用されれば、部隊の定数だけで見れば連帯を構成する3個大隊、その合計で100機以上の編隊を組んで戦うことになる。当然、強力なハズだったが、現状ではそこまでの集中運用はできない、というのが上層部の見解だった。

 というのも、連邦も帝国も、多くて20~30機程度の編隊を組んで縦断線を攻撃してきていたからだ。複数方向から断続的に襲ってくるそれらの敵機に対して、100機以上の編隊で立ち向かうのは過剰だし、戦闘機の滞空時間の関係で、フィエリテ市上空の防空を隙なく行うためには数が不足している、というのがこの判断の理由だった。


 こういった事情で、ひとまずは大隊単位での集中運用を試すことになった。


 王立空軍の一般的な戦闘機大隊は、3つの戦闘機中隊によって構成される。1個戦闘機中隊の定数は、戦闘機12機+その予備機だから、書類上では合計36機の戦闘機による編隊が組まれることになる。

 100機とは比べものにならないが、それでも、今までからしたら、かなりの大部隊だ。


 だが、実際に空中で集合してみると、何度数えてもそんな数はいなかった。


 というのも、僕ら、301Aがその典型例なのだが、この時期の王立空軍の諸部隊はどこも定数割れを起こしていたからだ。

 開戦初期の損害もその原因だが、そもそも、王立空軍は、戦争になる直前までずっと平時の態勢を維持していた。そのため、戦時の編成計画の定数を満たす機体とパイロットを、最初から持っていなかったのだ。

 王立空軍はフィエリテ市の防衛のために出来る限りの戦力をかき集めていたが、それでようやく戦いになるだけの数を集めたというだけだ。定数を満たすだけの戦力を持った部隊はどこにも存在しなかった。


 それでも、合計で20機にもなる編隊を構成した時、僕はそれを何とも頼もしく思った。

 少なくとも、今までの3倍以上の味方と一緒に飛んでいる。

 それに、同じ第1戦闘機大隊に所属する全ての部隊と、初めて合流したのだ。


 今までは、同じ大隊に所属する部隊であっても、敵の1度の攻撃で壊滅するという事態を防ぐために、あちこちの秘匿飛行場に分散して配置され、フィエリテ市上空に常に防空の戦闘機が存在する様にするため、個別に飛んでいた。どんな飛行機もずっと飛んでいることはできないから、いくつもの部隊を小分けにして、交代しながら警戒に当たっていた。

 命令自体は大隊長であるハットン中佐から出ていたが、僕は他の中隊の姿を見たことも無ければ、その声すら知らなかった。


 僕ら、301Aの他に、第1戦闘機大隊に所属しているのは、301B、301Cの2つの中隊がある。

 301Bは、パトリック中尉に率いられている。機数は6機で、エメロードⅡB型を装備している。

 301Cは、ダミアン中尉に率いられている。機数は8機で、装備機はエメロードⅡB型とA型が4機ずつの混成だった。

 装備する機体の型式が統一されていなければ、そのパイロットの練度もばらばらだった。

 301Bは全員がパイロットコースの訓練を完全に受けた正規のパイロットで構成されていたが、301Cには僕らの様にパイロットコースを途中で切り上げた新米パイロットが4人、含まれていた。それも、つい2、3日前に王国南部から配置換えになったばかりで、これが初陣では無かったが、まだ敵機との交戦を経験していないという話だった。


 そして、この混成編成の編隊には、再び、ハットン中佐が操縦するプラティークが加わっていた。

 これは、大きな編隊を組むために通信を中継し、各中隊を空中で支援する役割を持った機体が専門にいた方がいいだろうという、ハットン中佐のアイデアだった。

 プラティークからハットン中佐が各中隊の指揮を執り、また、防空指揮所とのやり取りを直接行うことになる。ハットン中佐の思惑通りにプラティークがうまく機能するかは分からなかったが、とにかく、試せることは何でも試した方がいい。

 王立空軍は今、そう思えるほどに苦戦を強いられている。


 もっとも、この、ハットン中佐がプラティークを操縦して、前線で直接指揮を執るというのは、中佐が飛行機の操縦をしたいだけ、という様な気もするが。


 そして、この、戦闘機部隊の集中運用という戦法の価値が試される時が来た。


 フィエリテ市周辺の構築された警戒監視網が連邦軍機の侵入を探知し、僕ら、第1戦闘機大隊に迎撃が命令されたからだ。


 僕らはハットン中佐の指示で防空指揮所から示された進路を取り、迎撃高度まで上昇する。パイロットが新米で機体が改良前のエメロードⅡA型である301Cの4機がやや遅れたが、編隊はすぐに整え直された。


 敵は、護衛戦闘機を伴った爆撃機編隊であるらしい。詳細は不明だが、合計で10機以上はいるとのことだった。


 すぐさま、各中隊の役割が定められた。


 もっとも練度が高く、エメロードⅡBを装備するパトリック中尉の301Bが敵の護衛戦闘機を引き受けることになった。僕らの様な新米パイロットを含む中隊に空戦を任せるのは、やはり不安があるためだろう。

 僕らの301A、そして301Cが、敵の爆撃機に攻撃を仕掛ける役割を任された。

 攻撃方法は、会敵した際の形にもよるが、敵の正面から突撃して操縦席を集中的に攻撃するか、側面、あるいは後方から、敵機のエンジンを集中的に狙うことになっている。

 何も考えずに、ただ敵に向かって撃ちまくっていれば勝てるという相手では無い。少しでも攻撃が通る部分を攻撃しないと、とても効果は望めなかった。


 爆撃機の攻撃に使える時間は、何分だろうか。

 その中で、射撃できる機会は、何度あるだろうか。


 爆撃機の迎撃は、時間との勝負だ。

 敵機の侵入を探知してから、全速力で突っ込んで来る爆撃機が実際にその爆撃目標に到達するまでの時間は、10分ほどでしかない。迎撃に使える時間は、5分もあればいい方だ。


 1回攻撃をミスすれば、それで、もう、敵機を射撃する機会は得られないかもしれない。


 そうなれば、一体、どんな結果が僕らを待っているだろう?


 自然と、手に汗がにじんだ。


 僕は、自身と機体を、もう1度確認する。

 計器に異状はない。エンジンの調子もいい。体調も、緊張している以外は問題ない。


 僕は、酸素マスクの中で何度か深呼吸をすると、自分に言い聞かせた。


 大丈夫。きっと、敵の爆撃は阻止することができる。


 爆撃は防げるし、僕らは全員、生きて帰ることができる。

 誰も、失いはしない!

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