8-5「空の城塞」

「あれは、やばい」


 基地への帰還後、報告などを済ました後、待機所に集合した僕らの前で、レイチェル中尉が口を開くなりそう言った。


「そんなに、凄い敵機が現れたのか? 」

「イエスです、中佐。とんでもなくやばいのが出て来ました」


 ハットン中佐の問いかけにも、レイチェル中尉は同じ様に答えた。

 語彙力がどうやら崩壊しかけている様子だったが、あれは、そうなるだけショッキングな存在だった。


 僕があの機体についての感想を問われても、きっと、レイチェル中尉と同じ様に答えるしか無かっただろう。


 あれは、やばい。


 まず、四発爆撃機の、とてつもない頑丈さがある。

 撃っても、撃っても、燃料タンクからなかなか出火させることができず、エンジンを狙っても四発機であるがために、1つや2つ止めても簡単には落ちない。今日の空中戦で、僕らは四発爆撃機の1機のエンジンを1つだけ止めることができたが、それでも、あの敵機は悠々と飛んでいた。

 しかも、一度火災を生じさせても、消火装置が作動して消し止められてしまう。


 これは、僕らが使用している機体、エメロードⅡBの武装の貧弱さというのもあるだろう。

 エメロードⅡBが搭載する2丁の12.7ミリ機関砲は、強力な兵装だった。訓練期間中に、研修として地上で実弾射撃試験を見させてもらったことがあるが、的として置かれた巨大なコンクリートの塊を撃ち砕いてしまうほどの威力があった。

 だが、もはや、それを貧弱と言わざるを得ない。

 その威力に耐える敵が現れてしまったのだ。

 もっと、大きく、威力の強い機関砲を装備するか、せめて12.7ミリ機関砲の装備数を増やさなければならないだろう。連邦の戦闘機であるジョーは、6丁もの12.7ミリ機関砲を装備しているが、あれと同じ様な重武装にしなければダメだ。


 だが、あの四発爆撃機は、巨体に似合わぬ高速力でさえ持っていた。

 エメロードⅡBも、エンジンを強化されているだけあって速度は随分出るのだが、四発爆撃機に追いつくのには時間がかかった。

 迎撃することができても、2度、3度と、反復して攻撃を加えるということは難しいということで、現状の武装の貧弱さも相まって、四発爆撃機を爆弾投下前に撃墜ないし撃退することは難しいだろう。

 実際、今日の交戦で、僕らは5機がかりで戦いを挑んだが、1機も撃墜できなかった。


 あの、連邦の新型、四発爆撃機は、僕らの常識を外れた存在だった。

 僕らは、あんな巨大な飛行機が、しかも戦闘機並みの高速で飛んでくる様な世の中になると、誰も想像したことすらなかった。


 もちろん、僕は、今のエメロードⅡBでも、戦えないとは言わない。

 これだって、いい飛行機だ。


 だが、あの四発爆撃機に対して、優位に戦いを進めるには、どうしても力不足だ。


 ベルラン。

 王立空軍で開発中の、新型戦闘機の名前が脳裏に浮かぶ。

 具体的な性能まではまだ聞いてはいないが、エメロードⅡBよりは恐らく高性能なはずだった。

 あの、帝国の戦闘機、フェンリルとも、対等に空戦することができていたのだ。


 だが、ベルランはまだ、配備が始まっていない。

 いつ、配備が始まるのかさえ、定かではない。


 僕らが散々苦戦して、1機も落とせなかったあの四発爆撃機を、いとも簡単に粉砕していったフェンリルの、あの誇らしげな姿が蘇る。

 武装も、速力も、僕らのエメロードⅡより遥かに優れた存在。

 空中戦では、旋回性能や、ロールの早さとか、他にも様々な要素が複雑に絡み合うため、単純に重武装で高速であれば強い、と言えるわけでは無かった。だが、今、僕らが喉から手が出る程欲しいものを、あの機体は全て兼ね備えている。


 フェンリルや、連邦の新型四発爆撃機の様な存在を相手取って、僕らは戦っていかなければならないのだ。


 正直言って、王立空軍でフェンリルが手に入れば、話は簡単なのだが、機材面をすぐさま改善するというのは、出来ない相談だった。


 そうすると、後は、運用面での工夫しかない。


「話は、分かった。……どうも、以前から上層部に意見具申している内容が役に立ちそうだ」


 敵機の性能について、僕らから一通り見解を聞いたハットン中佐は、自身の髭を揉みしだいた。

 中佐の言葉に、僕らは、一斉に期待の眼差しを向ける。


「実はな、今、上層部に、戦闘機部隊の運用法を改善しようと提案を送っているんだ。受け入れられるかはまだ分からないが、もしかしたら、役に立つかもしれん」

「それは、どんな運用法何ですか? 」

「なに、簡単なことさ」


 レイチェル中尉の問いかけに、ハットン中佐は肩をすくめて見せた。


「今、戦闘機部隊はフィエリテ市の防空任務についているが、戦力を分散させ過ぎているんだ。いつ、どんな方向から敵機が侵入してきてもいい様に、戦闘機部隊を小出しにしている。おかげで、こちらはいつでも敵機を迎撃できるが、数が少なくて歯が立たずに追い散らされてしまうことが何度も発生している。だから、こちらの戦力をもっと束ねよう、というのが私の意見だ。大きく、連隊単位で戦えば、敵を圧倒することだってできるはずだ。幸い、こちらの戦力も増強されつつあるから、やってやれないことはないんだ」


 ハットン中佐の言っていることは、1機1機の攻撃力が足りないのなら、それを集合させてぶつければいいという、単純なものだった。

 それが、本当に有効なものなのかどうかは、まだ分からない。

 少なくとも、何もできないよりは、何かできる、という方が、遥かにマシだ。

 その戦法がどれほど効果を持つかは、僕らの頑張り次第でもある。


「とにかく、上層部への働きかけを強めることにする。それと、今日の交戦結果の報告もあげておこう。司令部の方でも、敵の新型の性能を知りたがっているはずだからな。……ひとまず、今日は休んでくれ。飛行機の修理には半日以上かかるそうだから、301Aの再出撃は明日以降になる」


 連邦の新型四発爆撃機への対策検討会は、そのハットン中佐の言葉でお開きになった。


 まだ、正午過ぎといった時間だったが、今日の空戦のおかげで僕らの機体は思いのほか被弾していて、整備と修理のために午後の出撃はできなくなっていた。


 特に酷かったのはレイチェル中尉の機体で、エンジン部分に被弾したおかげで、エンジンそのものをまるまる交換する必要があるらしい。


 驚いたことに、被弾していたのは12.7ミリ機関砲弾であるらしかった。

 つまり、あの四発爆撃機は、防御用の射撃装備に12.7ミリ機関砲を多数装備していたということで、交戦中、僕らは自分たちが持っている数よりもずっと多い12.7ミリ機関砲から撃たれまくっていたことになる。

 ぼくはせいぜい7.7ミリ機関銃だろうと決めつけていたのだが、改めて、連邦の新型四発爆撃機の性能に驚かされる。


 ハリネズミの様に重武装をした城塞が空を飛んでいる様なものだ。


 僕らの部隊には、予備になる機体は無かったが、幸い、交換用のエンジンは届いていた。これも、イリス=オリヴィエ縦断線経由で、王国の南の方にある航空機生産工場から送られてきたものだ。

 だから、レイチェル中尉の機体も、きちんと修理することができる。整備班がまた、新品同様に仕上げてくれるだろう。


 だが、もし、あの四発爆撃機に対して、僕らがこのままなす術も無かったら。やがて鉄道が破壊され、僕らは何の補給も受けられなくなってしまうだろう。

 僕らは敵の行動に対して何もすることができなくなり、王国中を連邦軍機や帝国軍機が跳梁しても、それを妨害することすらできなくなる。


 そうなれば、王国の負けだ。


 そして、それは、王国における戦争の終結を意味しない。

 王国全土は、連邦、帝国の闘争の渦中となり、僕らの手の届かないところで戦いは続き、僕らは、その戦火によって焼き尽くされる。


 それだけは、何としてでも避けなければ。

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