7-12「開城」
ファレーズ城への僕らの出撃は、その、贈り物を届けるために飛んだのが最後だった。
何故なら、僕ら、王立空軍にとっての主戦場が、いよいよ王国の首都、フィエリテ市の上空へと移動してきたからだ。
これまで、連邦軍、帝国軍の航空作戦は、戦場上空の航空優勢の確立と、前線への対地攻撃任務を重点に行われていた。このため、航空機による攻撃はフィエリテ市近郊の王立空軍の基地と前線付近の王立陸軍部隊へと向けられていたのだが、その矛先が徐々に変わって来ている。
侵略者たちは、既にフィエリテ市への侵攻を狙える距離にまで進出しつつあり、空軍の攻撃目標も、フィエリテ市の攻略を支援することを意図したものへと切り替わりつつあった。
その新たな攻撃目標は、フィエリテ市に王立軍の諸部隊が集結することを妨げることに主眼が置かれたものとなり、部隊や物資の輸送経路である幹線道路や鉄道網へと向けられつつあった。
必然的に、僕ら301Aの任務も、それら幹線道路や鉄道を敵の航空攻撃から守ることを意図したものとなり、連日、戦闘空中哨戒任務を帯びて、フィエリテ市の空へ向かって飛ぶものになってきていた。
ファレーズ城の選抜部隊は、その任務を遂行した。
彼らは、王立軍が必要とした期間、連邦軍を足止めすることに成功し、その役割を十分に果たしてくれた。
フィエリテ市への早期の進撃を急ぐ連邦軍の方でも、王立軍によるファレーズ城周辺への航空攻撃、あるいは遠距離砲撃が実施困難になるにつれて、王立軍による航空攻撃や砲撃の観測拠点となっていたファレーズ城への関心を薄れさせ、その周囲は主戦場から外れて行った。
選抜部隊に参加した、数百名もの将兵は、どうなったのか。
そのことは僕の頭の片隅に常にあり続けていたが、しかし、ファレーズ城への最後の飛行の後、その方面の情報は全く入って来なくなってしまった。
連邦軍の砲撃により、ファレーズ城の無線設備が完全に破壊され、音信不通となってしまったのだ。
フィエリテ市へ向けて、連日、戦闘空中哨戒任務で出撃を繰り返しながら、僕は、ファレーズ城についての続報を心待ちに待っていた。
そして、それは、唐突にやって来た。
午前中に、フィエリテ市への戦闘空中哨戒任務を実施し、久しぶりに天候不順で午後の出撃が停止となった日のことだ。
いつ天候が変わり、出撃を言い渡されてもいい様に待機所に集まり、そこでおしゃべりをしていた僕らのところに、アラン伍長が駆け込んで来た。
何事か、出撃かと、驚きながら僕らが見ている前で、アラン伍長は待機所内に設置してあったラジオに駆け寄った。
「おい、みんな、聞いてくれ! 連邦軍の放送で、ファレーズ城のことが放送されてる! 」
ファレーズ城。
ここ数日、ずっと僕らの頭の片隅にあり続けたその言葉に、僕らは急いで椅子から立ち上がって、ラジオの周りに集合した。
それは、連邦によって日常的に流されているプロパガンダ放送の1つの様だった。
相変わらず、勇ましい口調の女性が、連邦軍がいかに前線で有利に戦っているかを宣伝している。
《連邦市民のみなさん! 我が誇るべき共和国の軍隊は、またもや勝利を収めました! 本日、我が共和国の軍隊に執拗に抵抗を続けていた王国の部隊の一つが、とうとう我が連邦の寛大なる降伏勧告を受理し、我が軍門へ下ることになったのです! 今日は、その降伏の様子を、現場より連邦市民の皆様にお届けいたします! 》
僕らは、互いの顔を見合わせた。
自然に、口元に笑顔が浮かぶ。
友軍が降伏するというのだから、普通に考えれば、これは僕らにとっては悪いニュースのハズだった。
そう思ったからこそ、連邦の方では、自国民の戦意を高揚し、僕ら王国人の戦意を粗相させるために、わざわざ前線にまで機材を持ち込んで放送しているのだろう。
だが、僕らは元々、ファレーズ城の将兵には、投降してもらいたいと思っていた。
彼らは最後の一兵になるまで戦う覚悟を決めていたが、連邦軍の足止めという使命を完全に果たした後は降伏し、その命を繋いで欲しいというのが、僕らの願いだった。
降伏後は、戦争が終わって、連邦と王国の関係が正常化するまで捕虜として生きることにはなるのだが、人民の権利の保護を謳い文句にしている連邦は過酷なことはできないはずだった。生きてさえいれば、選抜部隊の人々は、また王国へ戻って来られるはずだった。
だから、これは、僕らにとっては朗報だった。
僕らの想いが、ファレーズ城の将兵に通じたのだ!
連邦によるプロパガンダ放送は続き、やがて、ファレーズ城の城門が開かれ、中から生き残った選抜部隊の将兵が出てくるシーンへと移った。
驚いたことに、ファレーズ城は、結局、陥落はしていなかったらしい。
《今、ファレーズ城の城門が開かれ、中から降伏する部隊が出て来ました! 先頭には、ところどころ破れ、煤にまみれた、敗軍にふさわしい様相となった王国の旗がみすぼらしく掲げられています! 隊列に加わった兵士は傷んだ軍服に身を包み、多くの負傷者を抱えている様です! 連邦市民の皆さん、これが、我らが共和国の軍隊に逆らった、頑迷で旧態依然とした王政主義者たちの末路なのです! 》
放送の実況者は、何とも得意げな様子だった。
どうやら、頑迷で旧態依然とした王政主義者というのが、連邦が僕らに与えた呼び名であるらしい。絶対王政の時代は遥かな昔のことで、立憲君主制を採用し、男女平等に与えられた選挙権の下で選挙を実施し議会を開いている僕ら王国の制度は、帝国よりも連邦の方に遥かに近いはずだったが、連邦にとっては王を戴いているというだけで批判の対象になる様だ。
もっとも、世界の絶対悪として、考え付く限りの悪口雑言で塗り固められた彼らの帝国への評価に比べたら、随分と穏便な呼び方であったかもしれない。
やがて、降伏した選抜部隊は、出迎えの連邦軍部隊の前で整列した。
部隊の指揮官同士で、降伏に関する文書の交換と署名が行われ、やがて、選抜部隊は武装解除に入る。
これまでの激戦で酷使され続けて来た小銃が積み上げられていく様子を、ラジオの向こうのアナウンサーは、連邦の勝利の証として実況し続けた。
《連邦市民の皆さん! 王政主義者たちが武器を捨て、捨てられた武器が次々と積み上げられていきます! これこそ、共和国の軍隊の勝利の証なのです! 我が正義の軍隊の向かうところ、旧い悪しき制度を信奉する輩は必ず粉砕され、敗北という屈辱にまみれることとなるのです! しかし、連邦市民の皆さん! やがて、降伏した彼らも皆、我が連邦に感謝する様になるでしょう! 何故なら、我が共和国の軍隊は、解放軍でもあるからです! 全ての人民に自由と、平等と、博愛を! 今、降伏した兵士たちも、やがて我々の制度の先進性と素晴らしさを受け入れ、我々を解放軍として歓迎することになるでしょう! 》
解放軍だって?
そんなの、余計なお世話でしかない。それが、僕らの共通見解だった。
そして、それは、選抜部隊にとっても同じであったらしい。
突然、放送に、歌声が混じり始める。
それは、最初は小さく、やがて大きく。どんどん広がって、様々な声が入り混じり、巨大な合唱となっていく。
選抜部隊が、歌っているのだ。
それは、王国で古くから親しまれてきた歌で、王国では、国歌としても歌われているものだ。
イリス=オリヴィエ連合王国の自然を、故郷の情景を歌い、そこに暮らす人々の平穏で幸福な生活が、ずっと続く様にと祈る。
困難に遭った時も、互いに手を取り合い、助け合って、共に生きていこうと誓う。
そういう歌だ。
例え降伏はしても、その精神まで屈伏したわけでは無い。
自分たちの心まで失ってしまったわけでは無い。
選抜部隊は、その歌を歌うことで、勝ち誇る連邦軍に、その意地を示しているのだ。
放送の向こうでは、予想外の事態に、アナウンサーが狼狽している。
《なっ、何!? この歌は!? こんなの、こんなの予定に無かったわよ!? ちょっと、誰か、誰か歌うのを止めさせて! ……いえ、放送を中止! 放送を止めて! 》
そして、連邦によるプロパガンダ放送は、アナウンサーの金切り声を最後に途絶えた。
僕らは、久しぶりに、声を立てて笑い合った。
僕らは、突然、戦火に巻き込まれてしまった。
永世中立国として、ただ、平穏な日々を過ごしていた僕らに突きつけられた、第4次大陸戦争という巨大な戦禍。
何の敵意も向けたことの無い相手に、理由も分からず、唐突に攻め込まれて、僕らは今も戦い続けている。
だが、僕らは、生きている。
そして、生きていく。
僕らは、僕らの家を、故郷を、家族を、友人を守るために戦う。
家族や、友人と、一緒に生き続けるために戦っている。
これから、何があろうと、僕は決して、そのことだけは忘れないつもりだ。
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