7-11「届けモノ」
結局、僕らはハットン中佐の提案を飲む他は無かった。
他に成功の見込みがあるやり方が僕らでは思い描けなかった上に、突然示されたハットン中佐からの信頼に、嫌とは言えなくなってしまったのだ。
現場における指揮権を持つハットン中佐が了承してくれたおかげで、ファレーズ城に贈り物を届ける準備は急速に進められた。
まず、プラティーク用に用意されていた250キロ爆弾の改造が行われた。信管と炸薬を抜き取り、中に、僕らが発案したファレーズ城への贈り物である食料品の類と、医薬品をたっぷりと詰め込むのだ。
医薬品は、負傷兵を抱えているはずのファレーズ城にとっては重要な物資であるはずで、クラリス中尉の提案によって投下物資に加えられることになったものだ。
これはごく常識的なもので、ファレーズ城に投下する物資としては必要なものだろう。
その医薬品に対して、僕らが提案した食料というのは、絶望的な戦いに身を投じているファレーズ城へ投下する物資としては、やや緊張感に欠けるというか、間の抜けている感じはする。
だが、そこには、僕らの願いが込められている。
イリス=オリヴィエ連合王国の建国の逸話に発想を得た、ファレーズ城に籠もり、最後まで侵略者に抵抗し続けることを決めている数百人もの人々へ向けたメッセージだ。
自身の故郷や、家族、友人を守るために自ら犠牲となることを決心している彼らに、彼ら自身もまた、誰かの家族や友人であることを思い出してもらうための贈り物だ。
僕らがやっていることは、戦争だ。
それは分かっている。
あるいは、僕らがやろうとしていることは、的外れな偽善行為なのかもしれない。
それでも、僕は、この作戦を遂行するべきだと思っている。
いくら戦争だとは言っても、失わなくて済むものならば、そうした。
それに、いざ、作戦の実施が決定されると、誰も反対する人はいなかった。
レイチェル中尉も、クラリス中尉も、アラン伍長も、整備員たちも、全員、進んで協力すると言ってくれた。
驚いたことには、ファレーズ城への航空支援任務の中止を決断した側の上層部でさえ、この作戦の実施に許可を与え、必要な物資があればすぐに用意すると言ってきた。
物資の提供については、今基地にあるものだけでも間に合うので断ったのだが、これで、僕らの行動は公認のものとして認められることになった。
ファレーズ城で戦っている数百人もの人々に、生きて欲しい。その思いは、共通のものだった。
作戦は、準備が終わり次第、実施されることになった。
炸薬を抜き取られ、代わりにパンと医薬品が詰め込まれた元爆弾は、不発弾との見分けがつく様に「救援物資」とあちこちに書かれ、プラティークに装着されている。
何故、パンなのかと言えば、パンは僕らが日常的に食べるものであり、それを手に取った人々に戦争では無く、平穏な日常を思い起こしてもらうためだ。
つまり、僕らと、ファレーズ城の人々と。これからも、生きて、共に歩もうというメッセージだ。
味の方は、保証付きだ。
パン屋の息子でもあるジャックも加わり、炊事班が丹精込めて練り上げ、焼き上げたパンだ。少し僕も味見させてもらったが、素晴らしかった。
きっと、僕らの想いは、ファレーズ城の人々に届くはずだ。
そして、全ての準備が整った。
フィエリテ南第5飛行場に、僕らの部隊、301Aが保有する全戦力が並べられた。
5機のエメロードⅡBと、1機のプラティークだ。
これはささやかな戦力に過ぎないが、そのわずかな戦力に、数百人の人々の運命が委ねられている。
失敗のできない任務だ。
全ての準備を整え、僕らは、再び飛び立った。
滑走路脇に並んだ基地の兵士と、整備員たちに、帽子を振られ、声援で見送られながら。
誰もが皆、ファレーズ城に籠城する将兵達に、生き延びて欲しいと願っている。
僕らが戦っているのは、死ぬためではなく、生きるためなのだから。
作戦は、順調に進展した。
機体の整備は万全、僕らの体調もいい。天候も、相変わらず安定していて、晴れている上に雲も少なく風も弱い。
それに、数日の間、僕らの出撃が無かったために、連邦軍の方でも警戒を緩めているらしい。
僕らは、ファレーズ城の空域の直前まで、何の抵抗も無く進むことができた。
《注意! 12時の方向に機影! 》
だが、やはり、敵機は僕らを見逃してはくれなかった。
まず、アビゲイルが敵機の姿を視認し、僕らに警告を発した。
僕が目を凝らして、言われてみればと、ようやく気付ける様な距離からの警告だ。
やはり、アビゲイルの視力は、僕らの中ではずば抜けている。
《各機、増速し散開! 中佐の機をやらせるな! 》
《《了解! 》》
僕らはレイチェル中尉の指示で増速、散開し、ファレーズ城への物資を抱え込んだ中佐のプラティークを守るために戦闘態勢を整えた。
今回、僕らを迎撃してきた連邦軍機は、前回、僕らを迎撃してきた、トマホークを描いた敵機とは異なるタイプの様だった。
前回の敵機と同じ様にオリーブドラブに塗られ、連邦に所属することを示す八芒星の国籍章が描かれてはいたが、機影が全く異なる。
今度の敵機は、液冷機にしても先端が先細りし過ぎている様に思える、独特な外見を持った機体だった。
それが、4機。僕らの真正面から突撃してくる。
その性能は未知数だったが、僕らにとっての敵機であることには違いない。
今回、爆装せずに身軽なままだった僕らは、敵機を真正面から迎え撃った。
レイチェル中尉の機体が中央、ジャックとアビゲイルの第1分隊が右、ライカと僕の第2分隊が左という、打ち合わせ通りに散開し、僕らは、僕らにとっての新型である敵機を迎え撃った。
僕は射撃しながら、しかし、無理をして敵機を追おうとはせず、そのまま敵機と交錯する。
ハットン中佐が操縦するプラティークは、ファレーズ城へ物資を投下するために、敵機の存在を無視して低空を直進し続ける。
僕らは、その、無防備に前進し続けるハットン中佐の機を守らなければならない。
新しい敵機は、その見た目通りの高速機だった。
恐らく、速度という点では、前回戦った、あの大きなあごを持つ敵機よりも速いかもしれない。
だが、その敵機たちは不運だった。
何故なら、僕らが通常の4機編隊ではなく、5機編隊だったからだ。
敵機は2つの2機編隊に分かれ、それぞれこちらの第1分隊と第2分隊へ向かってきた。
これは、彼らの判断ミスだ。
僕らの中で最も経験豊富なパイロット、レイチェル中尉に、自由な行動を許してしまったからだ。
《ハハッ! より取り見取りって奴じゃないかっ!? 》
敵機と背後を取り合うドッグファイトに入って行く僕らを横目に、レイチェル中尉は獰猛な声を上げた。
《今までずっと対地支援ばっかりで鬱憤が溜まっていたんだ! 各機、そのまま敵機を引き付けていろ! あたしが1機ずつ始末してやる! 》
そう言うなり、レイチェル中尉は機体を加速させ、僕らと追いかけっこをしている敵機に襲い掛かった。
レイチェル中尉が僕らの教官をしていたという事実は、伊達ではない。
完全に自由な状態から、思うがままに照準をつけることができたレイチェル中尉は、狙いを外さなかった。射撃は、僕とライカを追い回していた1機を貫き、その機体は胴体部分から炎を吹き出しながら墜落していった。
《まず、ひとぉつ! 次だ! 》
続けて、レイチェル中尉は、僕らを追いかけていたもう1機に狙いを定めた。
その敵機は、僚機が撃墜されたのを見て、僕らの追撃を諦めて回避行動に入る。だが、速度性能では敵機の方が僕らを上回っていても、空中での運動性能については僕らのエメロードⅡBに分があった。
逃げる敵機を、レイチェル中尉は正確に捉えた。
敵機は胴体中央付近に多数の被弾を受け、黒煙を拭きながら高度を下げていく。どうやら、エンジンがやられたらしく、プロペラも止まっている。
どうやら、この新しい敵機の機首が異様に先細りしているのは、エンジンを機首では無く胴体部分に装備しているおかげなのだろう。見たことの無い仕組みだったが、機首を絞り込むことで空気抵抗を減らし高速を発揮させることを狙った工夫なのかもしれない。
やがて、落ちていく敵機からパイロットが脱出し、真っ白なパラシュートが空中に開かれた。搭乗員を失った敵機はそのまま地上へと落下し続け、林の中に激突して砕け散る。
《どうだ、思い知ったか! 不意打ちされなきゃこんなもんよ! 次だ、次! 全機まとめてあたしが食ってやる! 》
立て続けに2機の敵機を撃墜したレイチェル中尉だったが、まだまだやる気らしい。
だが、レイチェル中尉の出番はそれで終わりだった。
何故なら、残りの敵機2機は、ジャックとアビゲイルが自力で追い払ってしまったからだ。
ジャックが囮となって敵機を引き付け、アビゲイルが攻撃するという、基本に忠実な戦法で2人はうまくやってのけた。
アビゲイルが敵機に命中弾を与え、また、僕らの方に来ていた2機がレイチェル中尉に撃墜されて状況の不利を理解したのか、残った敵機は逃げに入った。
《やるじゃないか、ジャック! アビゲイル! ライカとミーレスもよくやった! さぁ、中佐の周りに集まれ! ファレーズ城はもう目と鼻の先だ! 》
僕らの任務は、ハットン中佐の操るプラティークが無事にファレーズ城に贈り物を届けられるように護衛することだ。
敵機を追い払えば、追撃の必要は無い。レイチェル中尉の号令で、僕らはプラティークの周囲に集まり、隊形を整えた。
ファレーズ城は、もう、目前だ。
その姿は、僕らが初めて航空支援任務に出撃してきた時と、大きく変わっている。
変わり果てている。
連日繰り返された攻防戦で、ファレーズ城の城壁は打ち崩され、無数の穴が開き、建物は倒壊し、瓦礫の中では炎が燻り、無数の黒煙が空へと向かって伸びている。
ファレーズ城への包囲網は、数日前までとは比べ物にならない程強固なものだった。
どこを見ても、連邦軍の部隊がいる。無数の兵士、数えきれない大砲、想像もできなかったほどの数の車両、山の様な物資。
王立軍とは桁違いの物量だった。
空から見ると、ファレーズ城は、大洪水の中に取り残された、小さな小島の様に見える。
戦況は絶望的で、好転の見込みは無く、濁流に飲み込まれて消え去るのは時間の問題だ。
だが、そこには、確かに、王国の国旗が翻っていた。
戦火に焼かれ、敗れ、煤にまみれながら、それでも、誇らしげに掲げられている。
その旗の下に、数百の将兵がおり、そして、その旗がある限り、そこは王国だった。
僕らの、故郷。僕らの家だ。
連邦軍の陣地には、対空砲の類も設置される様になっており、以前はほとんど見られなかった対空砲火が、今はどんどん撃ちあがって来る。砲弾の爆発の煙が、数えきれないほどだ。
だが、今更、僕らはそれで引き返す様なことはしない。
ファレーズ城に、僕らの想いを届けるのだ。
数百人もの人々の運命を変えるために。
彼らに、自身もまた、誰かの家族であり、友人であることを思い起こしてもらうために。
やがて、ハットン中佐が操縦するプラティークは、物資の投下予定地点にまでたどり着いた。
爆撃用の照準器を使って狙いを定めていたクラリス中尉が、タイミングを合わせて、物資を投下する。
機体から切り離された物資は、降下の勢いを弱めるための小さなパラシュートを開きながら落下を開始し、吸い込まれる様にファレーズ城の城内へと向かっていった。
《成功だ! 物資は間違いなく、ファレーズ城の友軍の陣地に入った! 》
物資の投下後、左に旋回しながらその行方を追っていたハットン中佐が、歓喜の声を上げる。
「いよしっ! 」
僕は、操縦席の中で小さくガッツポーズを取った。
《任務完了だ! 全機、帰還せよ! 》
《《《了解! 》》》
ハットン中佐の指示に応答し、僕らは、帰還するコースを取る。
後は、ファレーズ城の人々に、僕らの想いが届くかどうかだ。
いや、きっと、届くはずだ。
今は、ただ、見たことも無い勇敢な同胞たちと、いつか、生きて出会えることを祈るだけだ。
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