7-9「伝えるべきこと」

 ファレーズ城への、航空支援作戦の中止。


 それは、計算の上では、正しい判断なのだろう。

 選抜部隊の脱出支援のためには、救出される人員よりも多くの犠牲が出る。消耗される兵器、弾薬、物資も、連邦と帝国という、王国を圧倒する勢力を前に防衛戦を遂行しなければならない王立軍にとっては、軽視できない量となるだろう。

 王国を防衛し、侵略を食い止めるためには、選抜部隊を見殺しにする、その冷徹な判断を下す方が、理にはかなっている。


 だが、それが、一体どうしたっていうんだ!?


 選抜部隊に加わった兵士たちには、当然、家族がいるだろう。個人個人、それぞれで思い描いてきた将来の夢や希望もあったはずだ。

 僕らと、選抜部隊に加わった人々の命の価値は、全く同じであるはずだ!


 なのに、なぜ、彼らは一方的に自己を犠牲にするのか。


 彼らは、きっと、こう言うのだろう。

 家族や、故郷を守るためだと。

 それも、迷いのない笑顔で、言うのだろう。


 それは、尊敬に値する決意なのだろう。

 だが、僕は、僕らは、誰も、そうして欲しいなどと望んではいない!


 僕は、元々、飛行機に乗りたいというだけでパイロットになった人間だ。

 だから、未だに、誰かのために自分の命を捧げるとか、国家のために忠誠を捧げるとか、そんな気持ちは持てていないし、持つつもりもない。

 ただ、家族や友人と一緒に生き残るために、僕にやれることが、たまたま飛行機の操縦であっただけのことだ。


 そして、僕は、選抜部隊の人々にも、生きて欲しいと願っている。


 彼らの心理を、僕が理解することは難しいだろう。

 僕は、この状況下にあっても、生きたいと思っている。自分の命を差し出して何かを得ようとか、守ろうなどとは思っていない。

 僕には、彼らが、迫りくる強大な敵と勇敢に戦って散ることを進んで望んでいるとは、到底思えない。

 彼らは、ただ、自身の家族や友人、故郷を守るためには、そうする他は無いと信じているのだろう。


 だが、僕は、もし、本当に家族や友人、故郷を守るためというのであれば、僕ら全員で、生きて戦い抜くべきだと思う。

 何故なら、彼らもまた、ある人にとっての家族であり、友人であるはずだからだ。


 だが、選抜部隊の脱出の支援には、多くの犠牲が伴う。あるいは、僕の様な考えは、ただの自己満足でしか無いのかもしれない。


 選抜部隊を救出したい。だが、それには、救った人々よりも多くの犠牲が出ることになる。


 そもそも、選抜部隊が僕らの支援を中止する様に言ってきたのは、救出作戦によって生じる、自分たちよりも大きな犠牲を忌避したからでもある。


 選抜部隊を救出するためには、救い出したものよりも大きな犠牲を必要とする。

 この矛盾への解決案を最初に提案したのは、ライカだった。


「……ファレーズ城の人たちには、降伏してもらいましょう」


 ライカが唐突にそう言った時、僕らは、格納庫脇の野原に座り込み、なすことも無く、半ば呆然として景色を見ていた。

 この時期のフィエリテ近郊の天候は相変わらず安定していて、地面はもう、すっかり草花で覆われている。日差しも暖かく、風も穏やかで、日向ぼっこをするのにも、飛行するのにも最高の日だった。

 だが、僕らは飛行することはできない。かといって、日向ぼっこをしていたわけでも無い。


 みんなして、不貞腐れていた。


 選抜部隊への航空支援中止には、みんな反対したままだったが、レイチェル中尉の一喝に何ら抗する術も無く、また、フィエリテ市の防衛のためという理屈を覆す術も無く、どうすることもできなかったためだ。


 ジャックは草の上に座り込み、両腕を抱え込んで押し黙っている。

 アビゲイルは、機嫌が悪そうに片肘をついて寝ころんでいる。

 僕は、昔牧場で暮らしていた頃によくやっていた様に、仰向けに寝転んでぼんやりと空を眺めていた。


 ライカは膝を抱えてうずくまっていたのだが、突然立ち上がり口を開いたので、自然と僕らの視線を集めた。


「降伏、って……。まぁ、他に、ファレーズ城に籠っている人たちに生きてもらって、余計な犠牲も出ないっていう案は無いだろうけどさ。……けど、どうやって? 外からの脱出支援も拒否して、最後の一兵まで戦うって言っているのは、その人たちなんだぜ? 降伏ってのはそもそも司令部も言ってるのに、向こうの方でできないって言っているんだ。俺らがどう言おうが、説得できるとは思えない」


 最初にそう言ったのは、ジャックだった。それから、彼はライカの提案に興味を失ったらしく、元の様に腕組みをしてしかめっ面を作る。


「ライカ。それに、ハットン中佐やレイチェル中尉をどうやって説得するんだい? ファレーズ城への航空支援の中止は上からの正式な命令だし、理屈は通ってるんだ。あたしらの勝手で飛行機は飛ばせないし、どうしようもないじゃないか」


 次にそう言ったのは、アビゲイルだった。それから、彼女はライカの提案に興味を失ったらしく、元の様に片肘をついて草原の上に寝転ぶ。


「だ、か、ら! どうすればいいのか、みんなで考えましょうよ! 」


 ライカは前に進み出て、大きく腕を上下に振りつつ、必死の形相で僕らへ協力する様に訴えかけた。

 だが、誰も反応しない。


 考えようと言われても、いい案があればとっくに誰かが口にしているだろう。


「うぅーっ! ……ミーレス! 」

「ぅぇっ!? ぼ、僕? 」


 消極的な僕らの姿勢に悔しそうな唸り声を発した後、ライカは唐突に僕をターゲットにした。


「考えて! 何か! 」

「ぼ、僕が考えるの? 」


 そんなことを言われても、と、僕は戸惑う他は無い。

 恐らくライカの話を最後まで聞こうとしていたのが僕だけだったので矛先が向いてきたのだと思うが、いきなりいい案を出せと言われてもそう簡単に出てくるものではない。


 だが、それでも、僕は一応、真剣に考えてみることにした。

 少なくとも、ファレーズ城の人々に、任務完遂後に降伏してもらうというのは、犠牲を最小にするという点で唯一といっていい解決案だ。

 そもそも、上層司令部でも、任務完遂後、選抜部隊には降伏をする様に指令を出したという事実がある。選抜部隊が考えを変えれば、全て上手く行く。


 彼らに、自身を敢えて犠牲にする必要は無い、生きるべき理由があるのだということを思い起こさせればいい。


 だが、どうすればいい?


 ふと、僕は、王国に数百年に渡って伝わって来た昔話を思い起こした。


 王国が、イリス=オリヴィエ連合王国となる以前、イリス王国と、オリヴィエ王国という2つの国家に分かれていた時代の出来事だ。


 今では考えられないことだったが、当時、両王国はあまり仲がよろしくなかったらしい。

 マグナテラ大陸に古くから暮らしていた人々から成るイリス王国と、海の向こうから渡って来た人々を中心とするオリヴィエ王国は、互いに敵対的な関係にあった。文化や風習が異なっていた上に、そこから得られる様々な産物を巡って度々対立を繰り返し、時には戦争にすらなったらしい。


 だが、ある時、そんな険悪な関係に転機が訪れる。


 船で難破したイリス王国の王子をオリヴィエ王国の王女が助け、そして、2人は恋に落ちたのだ。


 ありがちなラブロマンスだったが、重要なのはその後だ。


 数年後、オリヴィエ王国を強力な嵐が襲い、多くの被害が出るのと同時に、深刻な飢饉に陥ってしまったのだ。


 イリス王国の方では、これを幸いに攻め込もうと提案する人々が出てくるような始末だったが、当時王位に就いていた元王子さまはそういった提案を一蹴し、オリヴィエ王国に多くの食料を送り、救いの手を差し伸べた。


 王が言うには、オリヴィエ王国は確かにイリス王国にとっての仇敵だが、そこに暮らす人々は文化、風習が異なるだけで、自分たちと同じ人間であることには変わりない、と。

 そこには、無暗に苦しみを与えられるべき者は誰もいないのだと。


 当然、この動きは、イリス王国内で反感を買った。王に対してクーデターを画策する動きまで出たそうだ。


 だが、数年後、それどころではなくなった。今度は、イリス王国で深刻な飢饉が発生したのだ。

 例年よりも早く訪れた冬のせいで、満足な収穫が得られなかったのだ。


 それを、今度はオリヴィエ王国が救った。

 それは以前の恩返しと共に、イリス王国が陥った苦難への連帯感、同じ苦しみを味わっている人々のために何かをしなければという、純粋な感情からだった。


 折しも、大陸の西部では連邦の黎明期であり、戦乱の時代が差し迫りつつあった。

 この出来事をきっかけに、急速に関係を改善させたイリス王国とオリヴィエ王国は、互いに手を取り合って生き延びようと決心し、ついに統合されて、イリス=オリヴィエ連合王国を建国するまでに至った。


 かつての王子と王女はようやく結ばれ、統合された新しい王国に賢明な統治を行って、戦乱の時代の中にあって、王国に平和と安寧をもたらした。

 王国に生まれた者であれば誰でも知っているお話だ。


「……食べ物を送るっていうのは、どうだろう? ほら、大昔に、イリス王国とオリヴィエ王国がお互いに食べ物を送り合ったのと同じ様に。そうすれば、ファレーズ城にも、自分たちを犠牲にする必要は無いんだって伝わるんじゃないかな? 」


 ライカの表情が、ぱぁっと輝いた。

 ライカの青い瞳が、まるで雨が上がったあとの空の様に澄んだ光を放つ。


「それよ、それよ! ミーレス! そのお話はみんなが知っているもの、きっと気が付いてくれるはずだわ! 」

「けどさ、ライカ、ミーレス。どうやってファレーズ城に贈り物を届けるんだ? 飛行機で飛んで行って落とすにしても、中佐や中尉はどうやって説得するのさ? 本音はともかく、建前としては、2人共ヨシとは言えないだろ? 」


 どうやら、ジャックはこの作戦に興味を持った様だった。実施できるかどうかについては未だに懐疑的な様子だが、少なくとも、反対はしていない。

 アビゲイルは無言のままだったが、耳は傾けてくれているはずだ。多分。


「……そこは、うん。私が何とかやってみる」


 ライカはそれほど自信がありそうな口調では無かったが、全く勝算が無いわけでもなさそうだった。


「みんな、多分、何となくは知っているんだと思うけど、私の生まれた家って、貴族の中ではかなり有名というか、その……、いい家柄? っていうものなの。おじさまは昔から私に良くしてくださっていたし、もう古い考えだけどおじさまも貴族ではあるから、私が何とか説得できるんじゃないかって思う」

「もし、それでだめだったら? 」


 ライカの主張に、疑問を投げかけたのはアビゲイルだ。

 やはり、話は聞いていてくれたらしい。もっとも、この距離で何も聞かないというのは、無理な相談ではあっただろう。


「だめだったら、って……」


 アビゲイルの問いかけに、ライカは答えられない。別のやり方は思いつかない様子だ。


「……分かった。そん時は、あたしらも中佐のところに殴り込むよ。クーデターでも起こせば、中佐もあたしらの提案を受け入れるしかなくなるさ」


 寝ころんだまま、何でもなさそうにとんでもないことをアビゲイルは言った。


 恐らくは冗談だろう。……冗談だと思いたい。

 だが、もし、本当に必要ならば、クーデターは無理でも、全員で中佐に掛け合うぐらいはやってみてもいいだろう。それで、命令違反や軍規違反で営倉に押し込められることになっても、僕は後悔しない。


 今、重要なことは、ファレーズ城に籠もる将兵を救う方法があるかもしれないということだ。

 その手法は、はっきり言って乱暴で成功の保証の無いものだったが、何もやらないで腐っているよりは遥かにマシだろう。


「よっしゃ。とにかく、やれるだけやってみよーぜ。中尉辺りにボコボコにされるかもしれないけど、この際、それも仕方なし、だ」

「まぁ、やるだけはやろうじゃないか」

「僕は中尉に怒られるのは慣れているしね」


 ジャックを始めに、アビゲイル、僕と、次々に立ち上がる。


「やりましょう! みんなで、ファレーズ城の人たちを助けましょう! そうと決まれば、すぐに行動しましょう! おーっ! 」

「「「おぅっ! 」」」


 僕らはライカの掛け声で、中佐がいる建物へ向けて進軍を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る