7-7「被弾」

 それは、前にライカがエンジン部分に命中弾を与え、撃退したはずの敵機だった。


 薄く煙を引きながら、一度は逃げて行ったはずの機体だ。だから、僕も、ライカも、その敵機のことを、すっかり失念してしまっていた。

 編隊を組み直した僕らは、敵機を全て追い払ったと思って、安心しきっていた。だから、ただ真っ直ぐに、単調な水平飛行をしていただけだった。


 敵機にとっては、これ以上、狙い易い目標は無かっただろう。


 敵機は、ライカの機体を後ろ上方から射撃した。僕の警告でライカは咄嗟に回避運動に入ったが、それでも、多くの弾丸がライカの機体に突き刺さるのが見える。

 それも、操縦席の近く。

 ライカがいる場所に。


 一矢報いた敵機は、やはりエンジン部分の被弾によって飛行に影響が出ていたのか、深追いはせずに逃げて行った。

 僕が追撃すれば、あるいは、この敵機は撃墜できたかもしれない。


 だが、僕はそれどころでは無かった。


 仲間が撃たれた。

 ライカが撃たれた!


《ライカ! ライカ! 無事なのかっ!? 》


 僕は、頭が真っ白になったまま呼びかけ続けた。


 ライカの機体は回避運動から通常の水平飛行に移り、安定した飛行状態に戻っていたが、しかし、僕の呼びかけに応答が無い。


 僕は、背筋が寒くなった。

 いや、ライカの機体は、安定して飛行しているのだから、ライカは無事なはずだ。そうに違いない。

 そうに違いないのだが、僕の呼びかけに応じないライカに、不安が大きくなる。


 ライカは、怪我をしているのではないか?


 僕の脳裏に、フィエリテ第2飛行場が攻撃を受けた際に、迎撃に飛び立ったパイロットのことが浮かんでくる。

 レイチェル中尉と共に基地に帰還はしたが、しかし、生還はできなかったパイロットのことだ。

 彼は、被弾した後も何事も無かったかのように飛行を続け、見事に着陸まで決めて見せた。

 だが、地上に降り立った後、救助の人員が駆けつけた時には、被弾した時の怪我が元でそのパイロットは無くなっていた。


 ライカも、それと同じなのではないか。

 飛行機の操縦をするのが精いっぱいで、無線に応える余裕も無いほどの怪我をしているのではないのか。


 僕は、慌てて、ライカ機の隣に自機を寄せた。


《ライカ! 無事なのか!? 応答してくれ、ライカ! 》


 必死に呼びかけるも、やはり、ライカからの応答はない。

 僕は、身を乗り出す様にして、ライカ機の操縦席を凝視した。


 ライカは、そこに確かにいた。

 そして、僕の方を向きながら、何やらジェスチャーをしている。無線機に手を当てて、次いで、手の平を左右に振る動作を繰り返している。


 僕は、そのジェスチャーの意味するところを、無線機が壊れたのだと解釈した。


[ライカ、無線が使えないのかい? ]


 僕のジェスチャーでの問いかけに、ライカは大きく頷いて見せた。


[ライカは、大丈夫? 機体は、大丈夫? ]

[大丈夫]


 続けてジェスチャーで確認した僕に、問題無いというジェスチャーを返し、ライカはにっこりと笑顔を見せる。

 どうやら、ライカは無事で、元気な様だ。

 僕は安心したのと同時に、全身の力が抜けて行くのを感じる。


 とても、とても、恐ろしい瞬間だった。

 もう少しで、仲間を失うところだったのだ!


 だが、とにかく、僕らは生き残ることができた。

 何度確認し直しても、もう、周囲に敵の姿は無い。

 後は、他の仲間と合流し、基地へ帰還を果たすだけだ。


《全機、集合! 戦闘終了だ》


 どうやら、僕らだけでなく、レイチェル中尉や、ジャックとアビゲイルの第1分隊も戦闘終了となった様子だった。

 僕らはレイチェル中尉の呼びかけに従い、中尉の機体を基準に編隊を組みなおすと、帰還するための進路を取った。


《いち、にい、さん、よん! よし、全員いるな! 上出来だ! 各機、状況を知らせろ! 異状は無いか!? 負傷した者はいるか!? 》

《ジャック機、被弾するも支障なし》

《アビゲイル機、異状なし》

《ミーレス機、数発被弾しましたが問題ありません!》

《上出来だ! お前ら、思ったよりやれるじゃないか! ……ん? 》


 僕らの返答に、中尉は僕らをほめてくれたが、しかし、返事が1つ足りなかったことに気が付いた様だった。


《おい、ライカはどうした!? 》

《ライカ機は無線機の故障です。被弾しましたが……、本人は問題ないと合図しています! 》


 僚機として、僕がライカのジェスチャーを翻訳して中尉に伝達した。


《……そうか。まぁ、無事ならいい。全機、長居は無用だ! さっさと基地に帰るぞ! 》


 航空支援は実施できなかったし、僕らは被弾していたが、敵機の待ち伏せをどうにか切り抜けることができた。

 全員で家に帰れることを、今は嬉しく思う。


 僕らは基地へ向かう航路を取り、途中、ハットン中佐のプラティークと合流して、全員で基地へと帰り着くことができた。


 基地に帰りついたことで、ようやく、僕はライカが本当に無事で、怪我もしていないことを確認できた。

 操縦席の辺りに射撃が集中した時は不安でいっぱいだったが、どうやら、エメロードⅡBの操縦席後方に設置されていた、防弾用の鋼鈑がライカの身を守ってくれたらしい。


 この防弾用の鋼鈑は、12.7ミリ機関砲弾相当の弾丸を受け止める能力を持った鋼鉄製の装甲で、操縦席の後方に配置されている。飛行機が事故でひっくり返った際に操縦席が潰されることを防止するために設けられている、転倒防止支柱に組み込まれて装着されていたものだ。

 これは、第4次大陸戦争以前に各地で起こっていた地域的な紛争に王国の観戦武官が出向き、そこで行われていた航空戦の様相から、パイロットを保護するために必要とされて装備されるようになったものだ。今回、これのおかげで、ライカは助かったことになる。


 空中戦で被弾したため、その修理のために出撃はしばらく中断されることになった。おかげで、手持無沙汰になった僕は、整備員たちの手伝いをすることにしたのだが、そこで、被弾した防弾鋼鈑の実物を見せてもらった。

 鋼鈑には2発、被弾痕があった。両方とも、もう少しで弾が抜けそうなぐらい深く突き刺さっており、弾丸が命中した個所は円錐状に変形している。


 戦っている時、装備された銃の多さから、僕は勝手に7.7ミリくらいの機関銃だろうと思っていたのだが、どうやら、敵機が装備していた射撃装備は全て12.7ミリ口径で、王立空軍で言うところの機関砲に分類される代物だったらしい。

 僕らのエメロードⅡBに2丁しか装備されていないものを、敵機は6丁も装備していたのだ。撃墜されず、しかも全員無傷で帰って来られたのは、本当に運が良かったのだと思う。


 今回の空戦の結果は、参加した全員の話を総合すると、敵機4機と交戦し、その内3機に命中弾を与え撃退したことになる。これに対してこちらは、被弾したのが3機。双方撃墜された機体は無く、勝敗は引き分け、といったところだった。

 戦った機数は僕らの方が1機多かったのだから、僕らのうち4人がいくら未熟とはいえ、敵機の性能、そしてそのパイロットの腕前も、相当なものだったのだろう。


 これまで、ファレーズ城の航空支援のために僕らは何度も出撃してきた。そのどの場合でも敵機の迎撃を受けることは無かったが、今回、本格的に敵機の待ち伏せに遭った。今後はこれまでの様に楽にはいかないというのは、容易に想像できることだ。

 連邦軍は、僕らの航空支援に対して、何らかの対策を取り、今回の様に有効な迎撃を実施してくるようになったのだろう。

 今後は、出撃する度に、敵機からの迎撃を受けるかもしれない。


 敵に撃たれるのは心底恐ろしかったが、それでも、僕らは出撃を止めるつもりは無い。

 ファレーズ城では、孤軍となった友軍が未だに頑強な抵抗を見せており、彼らを支援できるのは僕らしかいないからだ。


 機体の修理が完了し次第、僕らは出撃を再開する。

 僕らは、みな、当然そうなるのだろうと思っていた。

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