7-5「待ち伏せ」
ファレーズ城が連邦軍に包囲されてから、何日が過ぎただろうか。
王立軍がフィエリテ市の防衛準備を整える、その時間稼ぎを買って出た選抜部隊は、強まる連邦軍からの重圧に屈せず、未だに頑強に抵抗し続けている。
当然、僕らも、勇敢な友軍の負担を少しでも減らそうと、出来るだけの努力を繰り返していた。
その日も、僕らはファレーズ城を包囲する連邦軍を目標とした、航空支援を実施しようとしていた。
今回の目標は、夜間の内に設営された榴弾砲の陣地だということだった。
ハットン中佐から任務の内容を聞かされた時、僕は、呆れるのと同時に感心してしまった。
高所のファレーズ城から見渡されている以上、どこに陣地を設定しようと僕らに露見してしまうのは明らかだ。僕らはそうやって、これまでに何度も連邦軍が築いた陣地を台無しにしてきた。
性懲りも無く、よくやるものだというのが、僕の感想だった。
それまで繰り返してきたように、僕らは、爆装した5機のエメロードⅡBと、航路誘導のプラティーク1機で出撃した。
午前中、朝の9時。それまでと、航路以外は何も変わらない出撃だった。
この時期の王国北部の天候は、相変わらず安定している。風は凪ぎ、千切れ雲がぷかぷかと浮かんでいる。
飛ぶには気持ちのいい日だった。のんびりとは飛んでいられないのが、僕には何とも残念だ。
ファレーズ城周辺の空域に到達するには、いつも、大体40分前後かかる。王国の空には王立空軍より連邦軍や帝国軍の軍用機の方が多く飛び交っているので見張りに気は抜けないはずなのだが、慣れのせいか、僕らは、少し緩んだ気分になっていた。
これまでの攻撃で、僕らは、一度も敵機と遭遇していなかった。
連邦軍の方ではもちろん、ファレーズ城上空での王立空軍の行動を阻害するために、戦闘空中哨戒任務の戦闘機を飛ばしているはずだった。だが、ハットン中佐が毎度毎度、慎重に航路を選び、出撃する度に別の方向からファレーズ城上空に突入し、爆弾投下後は一目散に離脱することを徹底しているので、敵機と交戦する様な事態にならずに済んでいたのだ。
だから、今回も、何事も無く無事に帰れるものだと、僕らは安心しきっていた。
《ねぇ、ライカ。少し、話を聞いてもいいかい? 》
飛行している最中、退屈を感じていた僕は、どうしても誰かと話をしたくなって無線機のスイッチを入れた。
もちろん、雑談などしていたらレイチェル中尉に後で蹴り飛ばされるので、対策は取ってある。
実を言うと、僕ら4人は密かに、自分たちだけの秘密の無線周波数というのを取り決めており、訓練の間にこうやってこっそりとおしゃべりを楽しんでいた。
開戦してからというもの、そんなことをしている気持ちの余裕が無かったのだが、出撃とはいえ、毎日同じ様なことの繰り返しで、感覚が鈍くなっていたのかもしれない。
連日の出撃による、疲労の蓄積ということもあっただろう。
《なーに? ミーレス 》
少しして、ライカから応答があった。
《ハットン中佐のことさ。僕らの大隊長殿。前に、中佐が着任した時、ライカ、おじさまって中佐のことを呼んでいただろ? だから、中佐がどんな人なのか、ライカの意見を聞きたいなって思って》
《おっ、それ、俺も興味ある》
無線に割り込んで来たのは、ジャックだ。
《聞いてるよ》
そして、言葉少なに、アビゲイルも会話に加わって来る。
《ふーん、そうねぇ……。えっと、中佐とは、別に血縁関係があるとか、親戚だとか、そういうわけじゃないわ。ただ、お父様と古くからのお友達で、よく、おじさまのお屋敷に連れられて行っていて、いろいろお世話になっていたっていうだけのことよ。おじさまは、見た目通りにとっても優しい人。だけど優しいだけじゃなくていろいろできるの。乗馬とか、射撃とか、飛行機の操縦とか。私、軍に志願する前から飛行機を飛ばしていたんだけど、その先生がおじさまだったの》
《へぇ。……ちょっと失礼だけど、何だか意外だね》
《どうして? 》
《どうしてって、その……、最初に中佐を見た時、何となく、頼りなさそうだなって思ったからさ》
ライカの直球な問いかけに、僕はたじろいだが、仲間内だけの秘匿回線であることをいいことに、思っていることを正直に述べることにする。
《何と言うか、あまり積極的なことをする様な感じに思えなくってさ》
《あら、それは認識不足ってものよ? おじさまは、ああ見えて、若い頃はお父様と一緒にいろいろ冒険したりしたそうだし。乗馬も射撃も、飛行機の操縦もみーんなその時に覚えたんだって。……今のおじさまからは想像できないでしょうけど、昔は、その、結構な数の女性ともお付き合いしていたそうよ。今みたいに落ち着いたのは、ご結婚されてからだって、お父様は言っていたわ》
《なるほど。家庭を持ったからっていうわけか。よく聞く話だ》
ジャックの相槌に、ライカは、ふふふ、と笑みを漏らした。
《違う、違うわ。ジャック。そうじゃなくてね》
《お前ら、雑談はそれまでにしろっ! 》
盛り上がってきたところに、唐突に、レイチェル中尉の怒鳴り声が飛び込んで来た。
僕は、仲間内だけの秘匿回線のつもりで話していたのだが、どうやら、レイチェル中尉にはバレバレであったらしい。
今までお目こぼしされていたのか、単に泳がされていただけなのか。
今度はどんな罰を言い渡されるのかと、僕は戦慄した。
だが、すぐに、そんなことはどうでもいいことだと、思い直すことになる。
《9時の方向! 上空に敵機! 》
レイチェル中尉の警告に、僕は、慌てて言われた方向に視線を向ける。
真っ青な空に、黒い点が4つ。
それは、どんどん大きくなっていき、やがて、戦闘機の格好になった。
単発単葉の、プロペラスピナー(空気抵抗を減らすためにプロペラの取り付け部分に被せられている覆い)が犬の鼻のように見える、印象的な機体だった。
液冷式のエンジンを装備した機体の様だったが、機首の下側に大きな空気取り入れ口が開いており、まるで、猛獣が大口を開けながら襲い掛かってきている様に見える。多分、エンジン冷却用のラジエーターと、過給機(ターボ)で圧縮されて熱を持った空気の冷却用のインタークーラーやエンジンオイル冷却用のオイルクーラーが一体化された構造なのだろう。
オリーブドラブ色に塗られた機体の主翼には、連邦軍の所属であることを示す国籍識別章、白抜きの八芒星がはっきりと描かれている。
すぐに、ハットン中佐の指示が発せられた。
《各機、航空支援は中止、爆弾はただちに投棄! 増速せよ! 》
僕は、ハットン中佐に言われた通り、即座に爆弾を機体から切り離し、燃料の供給を巡航から常時へ、エンジンスロットルを最大へと引き上げた。
連日の出撃で疲れているのは整備員たちも僕らと同じはずだったが、彼らはいい仕事をしてくれているらしい。今日も、僕の機体のエンジンは快調そのものだ。
《全機、タイミングを合わせて旋回し、敵の第一撃を回避、その後、散開して反撃に転じる! 用意しろ! 一斉に左急旋回だ! 》
僕は、投棄した爆弾(飛行中に信管を解除する方法など無いので、当然、切り離された爆弾は落下した後に爆発する)によって、無関係な誰か、あるいは何かが巻き込まれなかったが心配だったが、今はそれを気にしている時間が無かった。
とにかく、ハットン中佐の指示に従うだけで精いっぱいだ。
《まだ! まだだ、まだまだまだ! 》
敵機は、既に僕らを発見し、攻撃態勢に入っている。今から慌てて回避運動に入るよりも、敵が攻撃してくるタイミングに合わせて動いた方が避け易いのは確かだろう。
あの、黒い戦闘機と交戦に陥った時、マードック曹長がやっていた様に。
僕には、まだ、そんな芸当はできない。だが、今回は、ハットン中佐が全部指示してくれる。
僕はまだ、中佐のことをよく知らなかったが、今はとにかく、彼を信じる他は無い。
敵機は、どんどん大きくなり、やがて、その操縦席で、照準器越しに僕に狙いを定めるパイロットと、目が合ったような気さえした。
《今だ! 》
ハットン中佐の声に合わせ、僕は操縦桿を思い切り左に倒し、次いで、めいっぱい手前側に引いた。
機体は左に90度ロールし、そのまま左急旋回に入る。
同時に、敵機に装備された機関銃が咆哮し、無数の曳光弾が空にいくつもの軌跡を描き出した。
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