7-4「航空支援」

 僕らの初陣は、望み得る中でもっとも良い結果になった。


 航空支援は成功し、その上、僕らは損害無しで帰還することができたのだ。

 支援の効果もあり、ファレーズ城に籠城する選抜部隊は連邦軍による攻撃をひとまず撃退することに成功し、連邦軍は態勢を立て直すために一時後退したとのことだった。


 僕らには、上位の司令部経由で、選抜部隊の指揮官からの感謝の言葉が伝えられた。


 その晩、僕は、なかなか寝付けなかった。

 初めての出撃のせいで、まだ、全身の神経が興奮していたからだ。


 僕は、これまで、自信が持てずにいた。

 僕らは、所詮、パイロットコースを中途で切り上げた、不本意な巣立ちをしてしまった若鳥に過ぎない。そんな僕らが、実戦で、果たしてどれほど役に立つのか。僕は確信を持って答えることができなかった。


 だが、僕らは、十分にやれる。

 僕は、戦える!


 やがて、眠れない夜が明けた。


 前日の航空支援の成功で、連邦軍は一旦、ファレーズ城への攻撃を断念した。だが、彼らはファレーズ城の攻略と、それによって後顧の憂いを断ち、王国の首都、フィエリテ市へ突進する意思を捨ててはいない。

 連邦軍は一晩の間に着々とファレーズ城の包囲を強めつつあり、夜間の間、増援部隊のトラックが西方からひっきりなしに押し寄せてきていたらしい。


 ファレーズ城への攻撃が再開されたわけでは無いが、連邦軍が万全の準備を整えて攻め寄せてくるのを待つ必要も無い。

 選抜部隊からは、早朝に次の攻撃目標が要請されてきた。要請は、陸軍の司令部から、次いで僕らの上位司令部である第1航空師団の司令部に伝達され、可否を検討された後、朝の内に僕らの基地へと伝達された。


 朝食を摂った後、僕らは昨日と同じ様に待機所へと集合した。そして、そこで、ハットン中佐から作戦の内容を入念に伝達された。

 今度の攻撃目標は、昨夜の内に到着した連邦軍の増援のうち、ファレーズ城を攻撃するために陣地を築きつつある榴弾砲群だった。


 榴弾砲というのは、強力な爆発を引き起こす炸薬のつまった砲弾を放物線で撃ち出す、大砲の一種だ。主に直線的に砲弾を撃ち出し、前線に進出して直接目視で照準をつける野戦砲とは違う。直接目視できない様な距離から、砲撃の有効性を観測する観測員の連絡を受けながら、間接的に砲撃して目標を攻撃する兵器だ。

 一般的に、攻撃の前準備として、敵の陣地を破壊し、そこに立て籠もる兵員を殺傷し、兵器を破壊するために用いられるほか、同様の任務を負った敵側の大砲を射撃したり、弾幕を展開して敵の展開を阻止し、その動きを封じ込めたりするのに用いられる。


 普通、榴弾砲は直接視認できない様な遠い場所、あるいは何らかの障害物となる地形などに隠蔽して使用されるものだ。だが、ファレーズ城は断崖の上に築かれており、周囲の見通しが非常に良く、連邦軍がどの様に展開しているのかが詳しく分かるらしい。

 連邦軍が放列を敷いて、猛烈な砲撃を実施する前に何とかした方がいい。


 ハットン中佐の立てた作戦は、昨日とそれほど変わりはない。ただ、飛行経路を欺瞞してこちらの基地が連邦軍側に悟られぬよう、航路の変更が行われた。

 本当であれば、あまり頻繁に航路を変更されると、道を見失いやすくなるので嬉しくないのだが、その点、ハットン中佐が直接プラティークで飛行して誘導に当たってくれるのは、余計な心配をせずに済むので心強かった。


 昨日と同じ様に、僕らは爆装したエメロードⅡB5機と、誘導のプラティーク1機で出撃を実施した。

 この出撃も、幸いなことに敵機と出くわすこともなく、無事に、選抜部隊から要請された地点に爆弾を投下することができた。


 爆弾の威力が限定的であるため、砲撃のために築かれつつあった陣地全てを吹き飛ばすまでには至らなかったが、それでも、有効と呼べる攻撃が実施できた。


 その日は、さらに、午後にも出撃が要請された。

 昼食を摂った後の食後のお茶を飲みながら、再び待機所に集まった僕らは、ハットン中佐から再度の出撃内容の説明を受けた。

 今度の攻撃目標は、ファレーズ城への攻撃を実施する連邦軍の諸部隊へ補給を実施するため、物資を集積している地点だった。

 武器、弾薬、食料、その他。戦争で消費される物資は実に多岐に及び、それら無しにはどんな軍隊も活動できない。物資が少しでも減れば、その分、ファレーズ城への攻撃も弱まるというものだ。


 今度も、ハットン中佐は飛行経路を変更した。随分、慎重に考えているらしい。

 もっとも、しっかりと誘導してもらえるため、航路が変わっても僕らの負担が目立って増えるわけでも無い。むしろ、生残性を少しでも上げようとする中佐の配慮に、僕は感謝するべきだろう。


 午後の出撃も、敵機の迎撃も無く、僕らは無事に帰還することができた。

 攻撃の成果は、投下された爆弾が思ったよりも散らばってしまい、僕らの技量の低さが露呈するものとなってしまったが、一応、成功と呼べるものだった。


 こんな風に、僕らは、連日、ファレーズ城の友軍の要請による航空支援に出撃し続けた。


 目が回る様な忙しさだが、仕方のないことだ。

 ファレーズ城に孤軍となって戦っている選抜部隊を支援できるのは、僕らしかいないのだから。


 本来であれば、こういった、地上攻撃を目的とした任務には、専用の攻撃機が用いられる。

 例えば、双発の爆撃機や、単発でも戦闘機よりもずっと多くの爆弾搭載量を持つ攻撃機などが適任だ。

 だが、王立空軍は、それらを前線に投入することができない。


 何故なら、そういった軍用機は、連邦と帝国による侵攻初日に壊滅してしまったからだ。


 壊滅したのは、国境付近とフィエリテ市近郊に配備された部隊だけで、実際には、攻撃を受けなかった地域に配備されていた部隊が生き残っている。だが、それらの部隊はまだ前線に進出する態勢が整っておらず、また、前線に出たところで、数の上で絶対的に不利であり、航空劣勢を覆すことは不可能に近い。

 何しろ、王国は現在、連邦と帝国という2大勢力を相手取っているのだ。

 数的に有利に立てることなど、まずありえないだろう。


 戦闘機の様に素早く動ける機体で、敵の反撃に遭わない様に、慎重に、巧妙に、執拗に。侵略に抵抗するのが精いっぱいだ。


 僕らは、選抜部隊の要請に可能な限り応じた。

 連日繰り返される出撃は体力的にも精神的にも堪えるものだったが、それでも、僕らがやるしかないのだ。

 僕らが見捨ててしまったら、ファレーズ城に篭る友軍は、本当の孤軍となってしまう!


 だが、連邦軍によるファレーズ城の包囲網は徐々に狭められ、そこに立て籠もる王立軍の形勢はどんどん悪化していった。


 連邦軍は、開戦前の準備を入念に行っていた。王国の研究を詳細に行い、どこをどんな順番で攻撃し、進出し、占領し、圧倒するか、計画を練り上げていた。

 そして、それに必要な兵力、兵器、そして補給物資と、その輸送手段をも考慮して準備し、満を持して開戦に踏み切ったのだ。


 その兵力は王立軍に比べてはるかに強大で、兵器や物資は多く、王立軍がファレーズ城に立て籠もる選抜部隊を満足に支援できないのを横目に、次々と増援を集結させている。


 それでも、僕らは、航空支援を続けた。

 僕らは、飛ぶことができる限り、自ら必死の任務に名乗り出た友軍を見捨てないつもりだった。


 だが、いくら僕らが航空支援を繰り返そうと、連邦軍によるファレーズ城への総攻撃の準備は、着々と進められていった。


 そして、連邦軍はついに、ファレーズ城攻略の最大の障害となっているものを排除することに着手した。


 つまり、それは、僕らのことだ。

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