7-3「初陣」
いきなりの実戦。それも、不慣れな爆撃任務での初陣だ。
ここ数日、付け焼刃でも練習はしてきたから、何とか、爆撃自体は実施できるだろう。
それを、有効なものとできるかどうかは、情けないことだが、運次第だ。
機体に装備されていた演習爆弾が取り外され、黒光りする本物の爆弾が機体に取り付けられていく。
エメロードⅡが装備する2発の50キロ爆弾は、航空爆弾としてはもっとも小さなクラスの爆弾だ。だが、陸軍で一般的に使用されている野戦砲や榴弾砲から放たれるほとんどの種類の砲弾よりも重く、威力がある。
十分、支援の効果が見込めるはずだった。
出撃は、中佐が定めた通り、1400時に開始された。
牧場に偽装されたフィエリテ南第5飛行場から僕らは飛び立ち、進路を北西に取った。
出撃は、301Aの全戦力であるエメロードⅡBが5機と、それを支援するプラティーク1機で実施される。この内、爆装されて航空支援を実施するのは5機のエメロードⅡで、全部で10発の50キロ爆弾、合計で500キログラムの爆弾を目標に投下することになっている。
カタログ上で最も爆弾運用能力の高いプラティークに爆装を実施しないのは、王立空軍が劣勢な状況で飛行性能に劣るプラティークを前線に投入するのはあまりに危険だと予想されるためだ。
あまり想像したくはないことだが、飛行する際には重りにしかならない爆弾を抱えた状態で敵機の迎撃を受ければ、対応するのは難しい。
爆装が軽く、戦闘機として十分な運動性能を持つエメロードⅡであれば何とか対応する余地もあるだろう。高速だから、爆撃後に素早く退避することも可能だ。
だが、最高速度が400キロメートル程度しか出ず、戦闘機ほどの運動性も無いプラティークでは、満足に応戦できずに撃墜されてしまうだろう。
今回の出撃でプラティークを操縦するのは、今日着任したばかりの新しい大隊長だ。着任から戦死するまでの最短記録を樹立することに、誰も興味は持っていない。
中佐の立てた作戦では、プラティークは僕らを前線まで誘導した後、目標上空に突入する直前で分かれ、その場で待機し、爆撃完了後の僕らをまた誘導して帰還する手はずになっている。
これは、パイロットとして経験の浅い僕らがいることを考えて、道に迷わずに済む様にとの中佐の配慮でもある。
行きも、帰りも、道案内についてくれるというのだから、僕としては安心だ。
前線上空で爆撃を成功させて、生きてその場を離脱することだけに集中すればいいのだから。
もし、自分の位置を見失っても、中佐たちが僕を見つけてくれるだろう。
飛行は、とても順調だった。
天候は晴れ、風もほとんどなく、飛行機を飛ばすのに何の障害も無い日だ。
この時期のフィエリテ周辺の地域は、気候が安定していて晴れの日が多い。あるいは、連邦と帝国がこの時期を攻撃開始の日時に選んだのは、この安定した気候を自軍の活動に利用するためだったのかもしれない。
まず、北西に進んだ僕らは、ハットン中佐の立てた作戦通り、110キロ弱を飛行した後、進路を西へと変更した。
プラティークは三座の飛行機で、通信と航法を専門にするクラリス中尉も乗り込んでいる。操縦に集中しなければならないハットン中佐の代わりに、クラリス中尉が常に僕らの飛行経路を注視してくれているおかげで、僕らは迷わずに飛行することができるのだ。
やがて、中佐のプラティークと一度分かれる予定の場所に近づき、クラリス中尉から無線が入る。
《各機、そろそろ目標地点の付近です。以後、当機は別行動を取り、ここで全機の生還を待ちます。……レイチェル中尉、以後、お願いします》
《了解! 各機、以後、あたしの指示に従え! なぁに、ファレーズ城に集中している敵さんを後ろから蹴り付けてやるだけだ! 訓練通りにやればできる! 各機、準備はいいな!? 》
《ジャック機、了解! 》
《アビゲイル機、やってやりますよ! 》
《ライカ機、分かりました! 》
《ミーレス機、了解です! 》
《よォし! 予定通り、全機、増速しつつ、高度を下げて、地面スレスレを飛ぶ! 目標手前で上昇した後、緩降下して爆撃だ! 打ち合わせ通りにやるぞ! 各機、ついて来いよ! 》
レイチェル中尉の号令で、僕は燃料の供給を巡航から常時に切り替え、エンジンのスロットルを上げた。そして、高度を下げて、地面スレスレを、まばらに生える木々をかすめる様に飛行する。
敵の監視の目から逃れ、反撃を受ける危険を最小限度とするためだ。
一歩間違えば地面とキスしてしまうような危険な操縦だったが、今は腹をくくっていくしかない。高度を取ってのんびり飛行する方が、今は危険なのだ。
僕は、必死で、自分に、上手く行くと言い聞かせた。
大丈夫。冷静にやれば、大丈夫だ!
《各機、照準器を合わせろ! 間もなく目標だ! 》
目標地点が近づき、レイチェル中尉の指示が飛ぶ。
僕は中尉に指示された通り、射爆照準器を爆撃モードに変更し、予め入力しておいた数値で照準を表示させた。
《機首上げ! 攻撃位置につく! 》
中尉の機体が機首を上げ、僕らもそれに続く。機体は、低空から、一気に攻撃開始位置にまで上昇した。
《目標を捕捉した! 爆撃進入を開始するぞ! 各機、速度、降下角度を合わせろ! 》
上昇しきったら、すぐに、攻撃だ。
のんびりしていて、敵の反撃に遭ったらたまったものではない。
レイチェル中尉が機首を下げ、降下角度20度の浅い角度の緩降下で突入する。
僕らも、中尉に従って、次々と緩降下に移る。
僕は、射爆照準器を見据えた。
その先に、断崖の上に建つ古城、ファレーズ城の姿が見えてくる。
僕らは、城から見て、東側から進入しつつある。すぐに、城の東側にある橋が見えて来た。
今も激しい戦闘が行われているらしく、城の周辺では、砲撃や発砲による硝煙が無数に漂い、沸き起こり、時折、砲弾や爆薬の爆発が起こっている。
ファレーズ城を攻撃する側の連邦軍は、事前の情報通り、橋の東側に橋頭保となる簡易陣地を築き、そこに野戦砲などを設置してファレーズ城を直接砲撃しながら、歩兵を突入させて城を占拠しようと試みている様だった。
《各機、見えているな!? あそこのどんちゃん騒ぎやってる奴らに食らわせるぞ! 進路真っ直ぐ! 照準に集中しろ! 》
中尉の指示に従い、僕は照準器に集中する。
降下する角度、速度は調整できている。進路もいい。後は、爆弾を投下するタイミングだけだ。
連邦軍の橋頭保には、いくつか重要そうな目標があった。特に目についたのは、ファレーズ城を砲撃している野戦砲だ。
ちょうど、僕の進路上にある!
僕らは、目標に向かって突入した。
敵はこちらの攻撃を予想していなかったのか、あるいは、低空で進入してきた僕らを発見できていなかったのか、対空砲火は全く飛んでこない。
速度、進入方位、降下角度、全て事前の取り決め通りだ。
これなら、上手く行く!
やがて、照準の中に木箱から覗く砲弾の群れを捉えることができた。砲撃のために集積された弾薬の様だ。
僕は即座に爆弾を投下する操作をし、機首を引き起こす。
すぐ目の前に、ファレーズ城の崩れかけた城壁が迫って来る。
僕は事前の打ち合わせ通りに高度を上げ、城壁を飛び越え、ライカ機と一緒になって左に旋回しながら、爆弾の投下地点を確認する。
目標地点周辺は、爆発によって生じた煙で覆われていたが、すぐに、その下に爆弾の命中によるクレーターが幾つも出来上がっているのが確認できた。
僕が狙った大砲も、木っ端微塵で、残骸が燃えている。
《上出来だ! さぁ、さっさと退散するぞ! 敵機が飛んでこない内にな! 》
僕らにそう指示を出すレイチェル中尉の声も、心配事が無くなった様な明るい声だ。
爆撃を終えた僕ら、5機のエメロードⅡは進路を東に取り、全速力で離脱にかかる。
僕は、何度も荒い呼吸を繰り返した。
どうやら、爆弾を投下する寸前から、離脱を開始するまでの間、緊張のあまり、息をするのを忘れてしまっていたらしい。
だが、出撃の中で、最も重要で難しいところは、終わったのだ。
それも、うまく行った。
後は、このまま、家に帰りつけばいいだけだ!
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