5-5「バンカー」
僕らは、それぞれに出来得る限りの速度で走った。
見習いとはいえ、僕らはパイロットだ。
それも、戦闘機のパイロットだ。
戦闘機は、爆撃機の攻撃から味方を守ることを主要な役割として受け持っている。
今、正に必要とされているのが、僕らなのだ。
僕らが、仲間を守るのだ!
僕らは、そのためにこそ、訓練を
だが、フィエリテ第2飛行場の格納庫群は、先ほどの攻撃でそのほとんどが破壊されてしまっていた。
狙いすましたような一撃は、眠っていた王立空軍機を一網打尽に仕留めてしまった。今は、残骸と化した格納庫の建屋の下で、破壊された王立空軍機が、勢いよく炎を吹き出しながら燃えている。
飛び立てる戦闘機が残っている様には思えなかった。
僕らは破壊されてしまった格納庫ではなく、そこから少し離れた、辺りの地形からこんもりと盛り上がった丘を目指した。
いびつな形をした丘だ。上空から見ると、面長な種類のジャガイモの様な形をしている。
丘の表面は、周囲と同じ様に土と芽吹き始めたばかりの草で
そんな、一見するとただの自然にできた丘にしか見えないものの一面には、大きな穴が開いている。
六角形の上半分を切り取って来た様な形をした穴だ。穴の縁は分厚い鉄筋コンクリートで作られていて、内部は横幅の広いトンネルの様になっている。
必要のない時は閉じられている鋼鉄製の隔壁が今は開け放たれ、内部では、すでにエンジンを始動されたエメロードⅡが何機も並んでいた。
イリス=オリヴィエ連合王国は、永世中立国家だ。だがその永世中立は、常に有事に備えることで保たれている。
いや……。それは、すでに過去形となってしまったが。
とにかく、その一見すると自然にできた丘にしか見えないものは、王立空軍が有事に備える一環として建設した、巨大な人工物だった。
分厚い鉄筋コンクリートで壁と屋根が作られているのは、大型の爆弾が直撃しても内部の機体を守れるようにするためだ。周囲の土を盛り、植樹までしてカモフラージュしているのは、防御力の向上と共に、敵から発見されにくくするためだ。
それは十分な効果が発揮されたらしく、バンカーはまだ1発も被弾してはいない。
このバンカーは戦闘機用のもので、王立空軍の標準的な1個飛行中隊の定数、12機の戦闘機を内部に収容し、整備や修理、保管をすることができる。
バンカーに入っていた機体は今、緊急発進のための準備の真っ最中だった。駆けつけた整備員たちが服装を整える間もなく駆け回って機体の最終チェックを行い、飛行服を羽織っただけの様なパイロットたちが次々と操縦席に乗り込んでいく。
僕らのフィエリテ第2飛行場は、すでに
僕らが急いで駆けつけると、意外なことに、そこにはライカが先にたどり着いていた。
飛行帽を被り、ゴーグルを首に下げ、飛行服を羽織った状態のライカは、発進準備中の1機の主翼に
「中尉! どうしてダメなんですかっ!? 私だって、戦えます! 」
「ダメと言ったら、ダメだ! この分からず屋! 」
言い争っている相手は、どうやら、レイチェル中尉の様だった。
僕らは駆け回る整備員たちの間をすり抜け、中尉の機の周りに集合した。
「中尉! 俺たちはどうすればっ!? 」
中尉は機体のチェックをしながら、僕らを
「すっこんでろ! パイロットは足りてる、お前らの出番はない! 」
「でも、中尉! 奥にまだ4機あります! 」
バンカーの奥を指さしつつそう言って食い下がったのは、ライカだ。
状況から見て、中尉に出撃を止められたため、ライカがそれに反発して口論になっているらしい。
「阿呆! アレは納品されたばっかで、組み立ての終わってない機体だ! プロペラがついてないのが見えないのか! 」
中尉が
「お前らはここにいろ! このバンカーが一番安全だ! 2トン爆弾が直撃しても崩れやしないさ! いいかっ!? 絶対に余計な気を起こすなよ!? 間違ってもお前らみたいな未熟者の出番はない! 」
「でもっ、中尉! 黙って見てるなんて、できません! 」
「ライカ! お前はまた、あたしの命令を聞かないつもりか! 」
中尉に凄まじい剣幕で怒鳴り付けられて、ライカはそれ以上、何も言えなくなったようだった。
ぐっ、と悔しそうに唇を引き結ぶと、悔しさを押し隠す様に顔を
「ミーレス、おい! お前、ライカの僚機だろう!? その分からず屋の姫さんをしっかり見張って置け! 馬鹿なことをしでかさないようにな! それと、ジャック! アビゲイル! お前らも大人しくしていろ! 余計なことはするんじゃない! 」
中尉はゴーグルを身に着けると、しっ、しっ、と手を振って、僕らを追い払った。
「発進する! お前ら下がれ、怪我するぞ! 」
僕らは言われるがまま、中尉が乗り込んだエメロードⅡから離れた。ライカは尚も不服そうにその場に留まろうとしたので、僕は中尉の指示もあり、彼女の肩を
頭では中尉の命令に従うべきだと理解しているのだろう。ライカは大人しく従った。
整備員たちが機体の車止めを外し、8機のエメロードⅡが、装備されたカモミエンジンを一際激しく
整備員たちの声援を一身に浴びながら、バンカーから次々と滑り出していくその8機を、僕らはただ見送る他はなかった。
僕らは、ただ、噛みしめるしかない。
僕らはまだ、未熟なパイロットの候補生に過ぎない。
戦力ともみなされない。
僕らはこんな日のために訓練を重ねて来たのに、いざ、実際にその日がやって来てみると、結局、何もできないのだ。
もどかしい。
悔しい。
情けない。
そんな思いに、僕らは無言のまま、耐えて、向き合って、そうしながら、飛び上がるために滑走を始める戦闘機たちの姿を見送った。
すでに、帝国軍機の第2波が、北の空から接近しつつあった。
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