5-6「誕暦3698年5月22日」

 バンカーから滑り出していった8機のエメロードⅡは、滑走路へとは向かわなかった。

 そこは帝国軍機の第1波攻撃ですでに穴だらけにされており、とても滑走路としては使えない状態になっていたからだ。


 だが、軽快な単発機は、ちゃんとした滑走路が無くとも飛び立つことはできる。

 8機は誘導路と呼ばれる、滑走路と並行する様に設けられた、滑走路と格納庫や駐機場を結ぶ飛行機用の通路へと向かい、そのままエンジンを全力にした。

 本来の規定であれば絶対にあってはならない逸脱いつだつ行為だったが、そんなことを言っている場合でも無い。第一、そういった逸脱いつだつ行為を制止する側の管制塔はすでに被弾し、機能を失ってしまっている。


 8機は勢いよく誘導路の上で滑走し始めたが、既に帝国軍機の第2波は爆弾を投下しようとしている。今度は、航空機用の燃料タンクを主に狙っている様だ。


 基地からの対空砲火をものともせずに進入してきた爆撃機の内の何機かが急きょ、爆弾を落とすタイミングを早め、8機のエメロードⅡの周囲に次々と爆弾が投下される。

 滑走中のエメロードⅡは、彼らにとっては絶好の攻撃目標であるのと同時に、最大の脅威ともなる存在だ。本来の目標を無視してでも、狙われたのだろう。


 咄嗟とっさに目標を変更したために、投下された爆弾の多くは外れた。だが、運の悪いことに1機が直撃を受けた。木端微塵こっぱみじんだ。その後続のもう1機が爆発に巻き込まれて破壊され、さらにもう1機が爆撃でできたクレーターに落下して大破した。


 最後尾を行くレイチェル中尉の機体は、かろうじて巻き込まれるのを回避できた。


 生き残った5機は、爆発の煙が薄まり出すのとほぼ同時に、地上を離れ、空へと浮かび上がり、機首を空へと向けてぐんぐん上昇していった。


 恐らく、フィエリテ第2飛行場に残された戦力は、その5機だけだろう。

 飛行場の格納庫は僕らがいるバンカーを残して全て破壊されてしまったし、第2波の攻撃で燃料タンク群も被弾し、盛んに誘爆を繰り返しながら業火と濃い黒煙を上げている。基地の機能はほぼ完全に喪失してしまった。


 だが、5機もの戦闘機が、空に舞い上がったのだ。


 僕は祈る様に、その5機を見守った。


 一矢でいい。ただ一方的に、王国の空を蹂躙じゅうりんしていった敵機に報いてくれれば!


 ここは、僕らの家だ。

 生まれも育ちも違う仲間たちが、一緒に暮らしている場所だ。

 その場所は、奴らに滅茶苦茶にされてしまった。


 一体、何のために?

 僕らが、彼らに、一体何をしたというのだ?

 王国は中立国で、連邦にも帝国にも、何ら害意を持っていなかったし、事実、行動でもそれを示して来たではないか!


 僕らは、連邦と帝国、そのどちらの国境も侵犯したことが無かった。自衛のための備えは持っていても、彼らの征服を成し得る様な軍備は持って無いし、そんな企みを抱いたことも、その準備をしたことも無い。


 1週間前の、あの黒い戦闘機との戦いだって、僕らに落ち度など存在しない。

 僕らは、王国はただ、「交戦国のどの国家にも、自国の領空を利用させない」という中立国としての義務を果たし、1主権国家としての正当な権利を行使したのに過ぎないのだ!


 理屈の通らない理不尽な攻撃に、黙っていることなど、出来はしない。


 僕は、僕自身の手でこの不条理にあらがいたかったが、それは許されなかった。

 だから、上空に舞い上がった5機が僕の分まで、不条理を許さないという意思を体現してくれるように祈る他はない。


 そして、彼らが1機でも多く、無事に戻って来ますように!


 飛び立った5機は、低空で散開し、既に爆弾を投下して撤退行動に入った帝国軍機に、猛然と襲い掛かっていった。

 もはや爆弾を持たず、後は引き返すだけという敵機だったが、何もせずにただ黙って返すことなど、誰の頭の中にも無い。


 帝国軍機は追いすがる5機のエメロードⅡに対して、備え付けられた銃座から激しく応戦し始めた。


 爆撃機は、戦闘機によって狩りたてられる側ではあるが、そうやすやすと獲物にされないため、身を守る術を与えられている。戦闘機を迎撃するための銃座をいくつも有し、その上、被弾に耐えるための装甲さえ持つ。


 そして、一番の防御法は、群れることだ。

 群れることでどれか1機が狙われたとしても、別の、複数の機体がそれを援護することができる。損傷を負っても、落後さえしなければ編隊の内側にかばって守ることだってできる。

 複数機の銃座から放たれる銃火は、群れが大きくなるほどその濃密さを増し、群れに属する機体の生残性を高めてくれる。


 追いすがる5機のエメロードⅡの内、1機が被弾し、エンジンから黒煙を引いた。逃げて行く敵機を追うために最短距離で一直線に接近を続けたために、敵機の銃火に捉われたのだ。

 推力を失ったその1機はたちまち機首を下げ、墜落していった。操縦系は無事だったようだが、高度が無かったのが災いし、その機体は態勢を立て直す間もなく地面へと激突し、何度も回転しながらバラバラになってしまった。


 だが、その1機に攻撃が集中したおかげで、他の4機は攻撃位置につくことができた。


 敵機の後ろについた機体が、次々と射撃を浴びせて行く。


 殿の敵機に次々と命中弾が浴びせられ、左翼側のエンジンが火を噴く!


 バンカーの入り口近くに集まり、空戦の成り行きを見守っていた僕らは、一斉に快哉かいさいを叫んだ。


 被弾し、出火した敵機は、更なる攻撃を受け、右翼側のエンジンからも出火した。

 たちまちエンジンが停止し、高度を落としたその機は、草原へと墜落していく。


 撃墜だ!


 4機のエメロードⅡは、必死に逃げる帝国の爆撃機に、さらに執拗しつように攻撃を加えた。


 どうやら敵機よりも、僕らのエメロードⅡの方がかなり優速である様だ。

 それに敵機から浴びせられる防御射撃も、それほど濃密ではない。あるいは、装備された機関銃の口径が小さく、威力が小さいのか。


 敵機の後方、やや下側からもぐりこむ様に接近すると、4機のエメロードⅡは更なる攻撃を加え、今度は2機同時に、帝国軍機をほふった。

 1機は炎を噴き上げながら墜落していき、もう1機は空中で爆発を起こし、片翼を失って、地面へと真っ逆さまに落ちて行った。


 僕たちはより一層の歓声を上げた。喜びのあまり、整備員たちの中には被っていた帽子を空中に放り投げ、踊り出す者までいる始末だ。


 ただ1人、アビゲイルだけがそうではなかった。


「危ない! 」


 鋭く叫んだ彼女を、僕は呆けた様に見た。それから、すぐに彼女の視力の良さを思い出し、慌てて彼女の視線の先を探した。


 僕は、彼女が何故叫んだのかを、すぐに理解した。


 それは、飛行場に爆弾を落としていった敵機とは違う種類の、双発の飛行機の編隊だった。今、エメロードⅡが追い回している爆撃機よりも、小さな印象を受ける。

 細長い胴体に、両翼にエンジンを1基ずつ装備した主翼を持つが、操縦席は一般的な単発機と同様に機体の上面にあり、複座型なのか細長いキャノピーを持つ。特徴的なのは尾翼で、垂直尾翼が2枚に分かれており、水平尾翼の両端に小さな垂直尾翼となって取り付けられている。

 胴体には、双頭の竜がしっかりと描かれている。間違いなく、帝国軍機だった。


 その小ぶりな双発機は、帝国の爆撃機を追う4機のエメロードⅡの後上方から、忍び寄る様に降下して来た。


 そして、エメロードⅡをその射程に捉えると、機首に装備された機関銃を咆哮ほうこうさせる。


 その攻撃に気付き、射撃を受ける前に回避運動に入れたのは、レイチェル中尉が乗っているエメロードⅡだけだった。


 編隊を組んだ小型の双発機から発せられたただ1度の攻撃で、2機のエメロードⅡが撃墜された。

 1機は水平尾翼と垂直尾翼をくだかれ、翼も折られて、一瞬の間にズタボロにされて、くるくると回転しながら墜落していった。

 もう1機は、操縦席から機首にかけて集中的に被弾し、炎と黒煙を噴き上げながら墜落し、地面へと叩きつけられてバラバラになった。


 どうやら、襲いかかって来た小型の双発機の武装は、相当、強力な様だ。

 機関銃の数が多い上に、威力の高い大口径の機関砲をも装備しているのだろう。


 王国には、あの小型の双発機と同様の機種は存在しない。

 どう分類されているのかは分からなかったが、恐らくは戦闘機と同様に、空中で他の軍用機を狩りたてるために作られた機体なのだろう。

 そのためにあの小型の双発機は、高速で、重武装に作られているのだ。

 双発戦闘機、とでも言うのだろうか。


 射撃を浴びた3機の内、撃墜されずに済んだのは1機だけだった。その1機のエメロードⅡも被弾はしたが、致命傷は受けずに済み、双発戦闘機の攻撃開始から少し遅れて回避運動に入る。


 たった1撃で2機のエメロードⅡをほふった帝国の双発戦闘機4機は、そのまま一直線に突き抜け、高速を生かして飛び去って行く。

 僕にはどうしてこちらへ追い打ちをかけて来ないのかが不思議だったが、もしかすると、双発機故に運動性能は単発機に劣るのか、格闘戦は苦手としているのかもしれない。


 だからと言って、状況に希望が持てるわけでは無い。後ろから追加で4機編隊の双発戦闘機が迫り、さらにその後方にも4機編隊の双発戦闘機がいる。

 計8機もの敵機が、更なる攻撃を加えようとしているのだ。


 双発戦闘機による第2撃は、1撃目をかろうじて生き延びた1機へと集中した。

 だが、その攻撃はすでに奇襲ではなく、射撃を受けたエメロードⅡのパイロットは十分に備えていた。


 その1機は双発戦闘機を十分に引き付けてから回避運動に入り、数発の弾丸を掠らせたものの、見事に攻撃を避けて見せたのだ。


 その上、双発戦闘機の第1派の攻撃をかわしていたレイチェル中尉のエメロードⅡが、襲われた1機を援護するために敵機を攻撃し、双発戦闘機の内の1機に命中弾を与え、その右翼側のエンジンから煙を吹かせた。


 双発機故にそれだけでは撃墜を確実のものとはできなかったが、それでも、両機のパイロットの腕前に、地上から見上げていた僕らは全員、感嘆する他は無い。


 追撃をかければ、エンジンから煙を吹いているその1機の双発戦闘機は撃墜できそうだったが、そうする余裕はなかった。双発戦闘機の第3波、最後尾の4機が、果敢に戦っている2機のエメロードⅡに攻撃を仕かけて来たからだ。


 2機のエメロードⅡは、浴びせられた弾丸のシャワーを避けきった。その見事な操縦に、整備員たちと僕らは惜しみなく喝采かっさいを送る。


 2機のエメロードⅡと、4機の双発戦闘機は空中で交錯し、そのまま離れていく。


 戦闘は、それで終わりだった。

 忽然こつぜんとした幕引きだった。


 帝国の双発戦闘機たちはその高速を生かして北の空へと飛び去って行き、僕らの飛行場を滅茶苦茶にしていった帝国の爆撃機も、すでに遠くまで逃げ去ってしまっている。


 上空には2機のエメロードⅡが飛行していたが、1機は被弾しており、無事なのはレイチェル中尉が乗っている1機だけだった。

 深追いしても、そもそも追いつけないか、返り討ちにされてしまうだけだろう。


 僕は、空を見渡した。


 良く晴れた空に、火災による煙の筋が幾本も立ちのぼる。空の青が、火災のすすで汚れて見える。

 見たことも無い、不吉な光景だ。


 その光景の中に、もう、新たな敵機は見当たらない。

 いつの間にか、対空砲が発砲される轟音も聞こえなくなっている。


 攻撃は、終わったのだ。


 始まりが突然なら、終わるのも突然だった。


 唐突に訪れた静寂せいじゃくの中にいる僕に、徐々にプロペラのうなる音が近寄って来る。

 煙の合間をって、戦いきった2機のエメロードⅡが、かえって来るのだ。


 車輪を出し、フラップをいっぱいに広げて、地上へと帰還するその2機を迎えるために、僕らは無意識の内に走り出していた。

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