第5話:「開戦」
5-1「飛行禁止命令」
あれから、1週間が経った。
僕が、あの黒い戦闘機と遭遇した日。
初めての実戦を、経験した日。
そして、黒い戦闘機のパイロットに、生かされた日。
マードック曹長が、
そう。マードック曹長は、亡くなった。
黒い戦闘機との空中戦が発生した地域では、その当日に
カルロス軍曹も、レイチェル中尉も、
レイチェル中尉はかすり傷程度で済み、翌々日には、僕らの第1航空教導連隊が所在するフィエリテ第2飛行場へと戻ってきていた。僕たち、特に僕とライカは、中尉からこっぴどく
カルロス軍曹は、中尉ほど強運では無かった。パラシュート降下したところまでは良かったのだが、落ちたところが岩場だったため右脚を骨折し、今は、フィエリテ市の軍病院に入院している。
撃墜された機体、特に試作中の新型機であるカルロス軍曹のベルランは、墜落場所から破片の一つに至るまで徹底的に回収され、その改善点を洗い出すため、軍の施設に運ばれている。
マードック曹長の遺体は、見つからなかった。
ただ、曹長が乗っていたベルランの残骸は、カルロス軍曹の機体と同じ様に回収された。
空中で四散したため、曹長の機体はほとんど原形を留めていなかった。広範囲に散らばったその残骸や破片は、出来得る限りかき集められたが、それでも、半分以上は見つかっていない。
遺体が見つかっていない以上、曹長の
だが、
その理由は、曹長の機が撃墜された瞬間がはっきりと目撃されており、その状況から言って曹長の生存は絶望的であるという結論が導き出されたためだ。
その判断は、恐らくは正しいのだろう。
僕だって、頭ではそう分かっている。
だが、気持ちの上では未だに、未練がましく、曹長がひょっこり戻って来ることを願っている。
僕は、そう信じたかった。
しかし、現実と向き合わなければならないだろう。
そうでなければ、生き残った僕は、死者に対して顔向けができない。
だが、マードック曹長はどうして死ななければならなかったのか。
僕らの王国は、中立国だ。
戦火とも、戦争とも、無縁であるはずなのだ。
それなのに、あんまりでは無いか!
マードック曹長は、その遺体はおろか、遺品の一つも
死者を弔おうにも、僕は一体、何に向かって祈りを捧げればいいのだろう?
いや、僕はまだしも、マードック曹長の遺族は? 彼の友人は?
空っぽの
これほど、
こういう時は、何かに一心不乱に打ち込めれば気持ちも
だが、今の僕には、何もやれることがない。
あの黒い戦闘機との空戦があったその翌日、イリス=オリヴィエ連合王国、王立空軍の全軍に、無期限の飛行禁止命令が発令されていたからだ。
戦闘機、爆撃機はもちろん、輸送機や連絡機、気象観測機でさえ、飛行禁止だ。
当然、僕らが普段乗っている練習機も、飛ぶことはできない。
僕らの様なパイロットは皆、その職務を禁じられ、
これが
だが、これは
どうして飛行禁止命令などというものが発せられたのか、僕には皆目見当もつかなかったが、どうでもいい問題でもあった。
マードック曹長の死に対する、喪失感と後悔。この2つだけで精いっぱいだったからだ。
何もやれることの無い僕は、飛行場の格納庫を訪れ、ただ、そこに並んでいる飛行機の数々を眺めている。
軍に志願して、パイロットコースへと進んだ時、僕は夢中になって格納庫に並んだ機体の数々を眺めたものだ。
だが、今はあの頃の様に、ワクワクしたり、ウキウキしたり、そんな気持ちにはなれなかった。
たった一つの出来事で、僕の世界は、全く変わってしまったように思える。
飛行禁止命令が発令されたおかげで、普段なら格納庫の中でせわしなく働いている整備員たちも仕事が無くなってしまっていた。
飛行機を動かさないのだから、機体を整備、点検する必要は薄いし、燃料や
格納庫には新品同様に磨き上げられ、整備された飛行機が整然と並べられ、無言のまま陳列されている。
普段なら聞こえてくるエンジンの爆音や、様々なかけ声、プロペラの
だが、完全に無音という訳ではない。
整備員たちは自分の仕事はすでに済ませてしまっているのだから、誰も文句など言わない。
時折笑い、手を叩き、唐突に生まれた
飛行機を眺めていた僕に顔見知りの整備員が気づき、一緒にやらないかと誘ってくれたが、僕は丁重に断るしかなかった。
とても、そんな気分にはなれない。
彼らを悪いなどとは全く思わないが、とにかく今の僕は、笑う気にはなれなかった。
僕はいつの間にか、つい数か月前まで乗っていた、中等練習機ばかりを眺めている。
思い出深い飛行機だ。
僕は、空を飛ぶことの楽しさや魅力、そして危険を、この飛行機に教えられた。
そして僕にとって、マードック曹長との記憶は全て、この
思い出。
そうだ。
マードック曹長は、僕にとってもはや、思い出の中の人に過ぎないのだ。
曹長と話すことも、笑い合うことも、もうない。
操縦の仕方で怒られたり、教えられたり、大げさなホラ話でからかわれたりすることも、もうないのだ。
彼の声を耳にし、彼と握手し、一緒に歩くことだって、もう、できはしない。
死とは、そういうものだ。
僕はそっと
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