4-4「交戦」

 僕らからみて、2000メートル以上の上空で、空中戦がり広げられている。


 僕らが、これまで行ってきたような演習ではない。

 本物の戦いだ。


 本物の弾丸が、本当に相手を傷つけるために発射され、互いに機体の性能と、操縦の技能の限りを尽くして戦っている。


≪くそっ、こいつら、手練れだぞ! ≫


 2機の黒い戦闘機に追い立てられて、マードック曹長は苦戦していた。

 曹長はたくみに敵が射撃して来るタイミングを図り、撃って来る瞬間、機体を横滑りさせて射撃を回避している。

 普通は、旋回や、急上昇、急降下など、様々な避け方ができるのだが、今の曹長にはその選択肢は存在しない。


 相手が、2機いるためだ。

 それも、曹長が言う通り、相当の手練れだ。


 曹長を射撃しているのは2機の内の1機だけ。当然、当てる気で撃ってきているが、その後方のもう1機は一定の距離を保ち、静かに、曹長がすきを見せるのを待っている。


 もし、仮に、曹長が旋回などをしようものなら、すきうかがっているその1機が、狙いすました様に曹長の機体をほふるだろう。


 間違いなく、そうなる。

 説明のしようも無いが、その1機の不気味な静けさは、強い威圧感を持ち、僕にそう思わせるだけの重圧を放っていた。


 だから、曹長は大きな動きを機体に取らせない。とにかく速度を維持したまま、速度を失わないよう、最低限の動きだけで攻撃をかわし続けている。


 神業と言っていい。


 相手が射撃して来るタイミングを正確に読み、最適なタイミングで、最小限の動きだけで飛来する弾丸を回避している。


≪マードック曹長、待っていろ! 今、あたしが援護する! ≫


 レイチェル中尉のエメロードⅡが、曹長が孤軍奮闘している高度6000メートルに向かって上昇中だ。

 間に合えば、戦いは2対2、機体は違うが、数の上では対等なものになる。


 だが、中尉の機には、実弾が装填そうてんされていない。

 中尉は、いったい、どうやって戦うつもりなのだろうか?


≪中尉! ぇぇい、この阿婆擦あばずれ! あんたの機体にゃ弾薬が無いじゃないか! 無理せずに戻れ、マードックおじさんが、2機くらい、何とかして見せらぁ! ≫


≪馬鹿を言うな、曹長! アンタを見捨てて逃げ出すほど、あたしゃ薄情もんじゃないよ! それと、あたしは阿婆擦あばずれじゃない! ≫


≪それじゃ、この、じゃじゃ馬めっ! 俺はあんたの先生だったんだぞ!? ちったぁ信用しろやぃ! ≫


≪だからだよ、マードック「教官」! ≫


 その時、数発の弾丸が、マードック曹長のベルランをかすめた。

 神業の様な腕を持つ曹長でも、全ての攻撃を避け切れるわけでは無い。


≪ぅわっ!? ……くそっ、仕方ねぇ! 中尉、作戦を聞かせてくれっ! ≫


 さすがの曹長も意地を張るのをやめたらしく、中尉の助太刀を受け入れる。


≪なぁに、作戦は簡単さ! あたしが攻撃を引き受ける! その間に、曹長が2機とも叩き落す! どうだ、簡単だろう! ≫


 そんな無茶な。

 それが僕の正直な感想だったが、だからといって、何か妙案があるなり、助力ができるというわけでもない。


 何とももどかしいことだ。


 僕はここにいて、エメロードという素晴らしい飛行機に乗っている。


 なのに、戦うための弾薬も無く、戦い方でさえ満足に知らない。


 目の前で、僕の命の恩人であるマードック曹長と、僕らの教官であるレイチェル中尉が戦っているのに、僕には何もできないし、何をしたらいいのかも分からないのだ!


 ただ、逃げるだけ。

 それだけしか、僕にはできないのだ!


≪どうだ、マードック曹長! アンタならやれるだろう!? ≫


≪はっ! おもしれぇ、マードックおじさんの腕前、見せてやるよ! ≫


 中尉の無謀な提案に、曹長は乗った様だった。


≪バンバンバンバンバン! ぁぁ、くそっ、弾さえあれば! ≫


 ようやく高度6000まで上がった中尉のエメロードⅡが、中尉の悔しそうな演技と共に、マードック曹長を追い回していた黒い2機の戦闘機に敢然かんぜんと襲いかかっていく。

 2機の敵機は、慌てた様子もなく回避行動を取り、翼を綺麗に並べたまま旋回していった。相変わらず、素晴らしいパイロットの技量と機体性能だ。


≪よし、曹長、あたしはこのまま突っ込む! あとは任せる! ≫


≪了解だ、中尉! ≫


 中尉はそのまま2機を追い、曹長は攻撃位置につくために高度を取った。


 急上昇した後で、中尉の機体は速度を失っている。黒い戦闘機には到底追い付けないが、だからこそ、囮としての価値がある。

 相手からすれば、落としやすい、絶好の獲物に見えるのだ。


≪よォし、来い、来いよ! あたしはここだ! ≫


 緊張と興奮からか、中尉は無線のスイッチを切り忘れたまま叫んでいる。


 黒い戦闘機は、追いすがる中尉に対応するため、2手に分かれた。

 1機は中尉の攻撃を引き付け、もう1機が中尉の後方に回り込んで攻撃する。

 教科書にもっている、2機編隊、ロッテで戦う際の基本戦術の1つだ。


 中尉の攻撃を引き付ける側に、マードック曹長を攻撃していた機がつき、中尉を攻撃する側に、あの、曹長がすきを見せるのをじっとうかがっていた不気味な機体がつく。


≪くそっ、思ったより、上手いじゃないか! 曹長、長くは持たないぞ! ≫


 逃げる1機を追いながらもう1機に追われる中尉は、自身の作戦の無謀さを実感したらしく、頼みの綱である曹長へ助けを求める。


≪おうよ、任せときな! ≫


 攻撃位置についた曹長のベルランが、加速し、黒い戦闘機へと襲いかかった。


 だが、手練れのパイロットが操っているのであろうその黒い戦闘機には、中尉と曹長の考えがお見通しだった様だ。

 曹長に狙われた黒い戦闘機、中尉を追い回す側についていたその機は、曹長の機体からの射撃を左旋回でかわすと、曹長の機体の背後を取るために急旋回に入る。


≪ハッ! ドッグファイトか! 受けて立つぜ! ≫


 曹長はそう言うと、自身も急旋回に入った。


 2機の戦闘機がお互いの背後を取り合おうと、激しく競い合う。

 旋回半径は、ベルランの方がやや小さい様だった。だが速度では、黒い戦闘機の方が勝っている。そして両機のパイロットは、共に精鋭だった。

 旋回性能で上回る分、射撃機会は曹長の方が多かったが、再三の攻撃を黒い機体は紙一重でかわし続け、わずかなチャンスを捉えて反撃して来る。

 決着は、なかなかつかない。


 互いに翼で雲を引き、機体が陽光を反射して輝いた。


 僕は、それが戦争であることも忘れて、息をのんでその光景に見とれてしまう。


 やがて、黒い戦闘機は旋回戦では勝負がつかないと判断したのか、旋回をやめ、急上昇に移った。


≪逃がすかよ! ≫


 曹長のベルランも、それを追って急上昇に入って行った。


 黒い戦闘機を、黄色く塗られた試作戦闘機が追い、垂直に、空高く駆け上がっていく。


 2機とも素晴らしい上昇力だったが、未だに重力を振り切るほどの力は無い。やがて速度を失い、失速する危険と向き合わなければならない。

 僕が空戦演習で、曹長たちを前におちいった危険な状態だ。


≪くそっ、何て上昇力だ! ≫


 先に、上昇を止めたのは、曹長のベルランの方だった。

 曹長は垂直上昇を止めると、機体を反転させ、垂直の急降下に移る。


 そのすきを、黒い機体は見逃さない。


 すかさず反転すると、曹長の機体を狙って急降下に入る。


 僕は、全身がざわつく感覚に襲われた。

 曹長が危ない!


≪かかったな、このっ! ≫


 だが、それは曹長の罠だった。


 曹長は、それがベルランの上昇の限界だと見せかけ、まだいくらか速度が残っている内に機体を反転させたのだ。

 曹長の機体は素早く旋回し、急降下しながら黒い機体が浴びせた弾丸のシャワーを回避し、その上で、黒い機体への攻撃位置についた。


 曹長が、敵機の背後についた!


 そして、唐突に、曹長の機体の動きが止まる。


≪何だっ!? 舵が、効かない!? ≫


 聞いたことの無い、曹長の焦った声。


≪油圧が、下がっている!? くそっ、どっかで食らったのか!? ≫


 曹長のベルランは、真っ直ぐ、機体の姿勢を保ったまま、垂直に落ちていく。

 操縦系を失った飛行機は、もはや空を飛ぶ機械ではなくなっていた。


 そのすきを、敵機は見逃さない。


 曹長の罠にはめられ、絶体絶命の危機におちいったはずの黒い戦闘機は、再び曹長のベルランへの攻撃位置についていた。

 黒い機体の機首に、発砲の閃光がまたたく。


≪くそっ、動け! 動けよ、いい子だから! お前だって、ちゃんと完成されたいだろう! こんなところでやられたくないだろ!? なぁッ!? ≫


 曹長は被弾しながらなおも、必死に操縦桿を握り続けていた。


 最後のその瞬間まで、マードック曹長は、勇敢に戦い続けていたのだ。


 僕は、叫ばずにはいられない。


「マードック教官っ!! 」

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