4-3「撃墜」

 それらは、不意に現れた。


 巧妙に、狡猾こうかつに、雲に隠れながらそっと近づき、僕らが油断してすきを見せた瞬間を見逃さなかった。


 ついさっきまで談笑していたマードック曹長が、緊迫した声を上げる。


≪カルロス! 後方に敵機! 回避しろ、回避! ≫


 僕は、曹長が口にした「敵機」という言葉を理解できなかった。

 ただ、先ほど得た安堵感あんどかんにひたったまま、ぼけっとして、曹長のベルランが急旋回に入る様子を眺めていた。


 カルロス軍曹も、僕と同じだったのだろう。

 軍曹の機体は咄嗟とっさに動けずに、ただ真っ直ぐに飛んでいた。


 その、直後。

 軍曹のベルランを、無数の曳光弾の軌跡が貫いた。

 射撃は機首部分、エンジンに集中し、機体の外鈑をえぐり、弾き飛ばし、プロペラを砕いた。


 軍曹のベルランは、2秒ほどの間、何事も無い様に飛行していた。

 だが、その次の瞬間には、エンジン部分から出火し、紅蓮ぐれんの炎に包まれていた。


≪カルロス! ≫


 悲鳴のようなマードック曹長の声が、僕の耳に響く。


 軍曹のベルランは推力を失い、炎と黒煙を引きながら、王国の大地へと向かい、真っ直ぐに墜落していった。


≪カルロス! 脱出しろ、カルロス! おい、カルロス! 聞こえてるだろ!? ≫


 曹長の呼びかけに答える者はいない。


 だがそれは、悪い意味ではない。

 炎に包まれ、墜落していくベルランから、人影が飛び出した。ベルランにはパイロットが1人だけしか乗っていないから、その人影がカルロス軍曹に違いなかった。

 空中に躍り出た軍曹は、そのまま独楽こまの様に数回転していたが、次の瞬間にはパラシュートが開き、安定した降下を開始する。


≪カルロスっ、くそっ、冷や冷やさせやがる! ≫


 曹長の嬉しそうな声が僕にも届く。


 僕も曹長と同じ思いだったし、全員、それは変わらないだろう。


 だが、ほっとしたのもつかの間のことだ。僕らは、現実と向き合わなければならない。


 カルロス軍曹のベルランを撃墜したのは、2機の黒い戦闘機だった。


 単発単葉単座の機体で、先進的な引き込み脚を持つ。比較的小柄な機体は、ありとあらゆる無駄を排し、必要なものだけを備え付けたといった精悍せいかん風貌ふうぼうで、角ばったキャノピーが武骨な印象を抱かせる。

 機首に向かうのに従って絞り込まれていく形状からは、ベルランと同じ様に、液冷式エンジンを積んでいるのと分かる。機首の下にオイルクーラー用の薄く平たい四角の形をした吸気口があり、主翼の下側にラジエーター用の、同じく薄く平たい四角の形をした吸気口が備え付けられている。

 2機は全体を黒く塗装されていたが、主翼と、機首から胴体にかけて、恐らくは稲妻いなづまを模したものらしい模様が白で描かれている。


 その機体には、銀色の所属不明機とは異なり、しっかりと国籍章が描かれていた。


 双頭の黒い竜の紋章。


 あれは、帝国に属する機体だ!


 2機の黒い戦闘機は、鋭く急上昇して高度を取ると、再度の攻撃態勢を取った。


 僕はついさっき、ベルランの高性能ぶりに舌を巻いたばかりだったが、その黒い戦闘機の性能はベルランと同等か、それ以上だとすぐに分かる。


 同時に、僕は感嘆した。


 何と美しく、猛々たけだけしい機体なのだろう!


 主翼の端から飛行機雲を引きながら、大気を切り裂いていったその機体。その光景に、僕はせられていた。


 それらが、カルロス軍曹の機体を攻撃し、撃墜したのにも関わらず、だ!


 そんなことを思っている場合ではない!

 僕は、自分自身を殴ってやりたい気分になった。


 僕らは、攻撃を受けたのだ!

 それも、何の通告も、前触れも無しに、だ!


≪防空指揮所、こちらマードック曹長! 帝国軍機から攻撃を受け、カルロス軍曹の機が撃墜された! 軍曹は脱出した! 交戦許可を求める! ……違う、所属不明機じゃない、新手が現れたんだ! ≫


 必死に連絡を取る曹長の声。


 僕は切迫した様子のその言葉に、身体が冷えるのを感じた。

 開放型のキャノピーから容赦ようしゃなく吹き込んで来る風のせいではない。


 交戦。

 その言葉の意味に、僕は戦慄した。


≪おい、コラ、ひよっこども! さっさと逃げ出せ! 進路を南に! エンジン全開でかっ飛ばせ! おいジャック、編隊長! さっさと指示を出さんか! ≫


 事態が急転したのにもかかわらず、それまでと同じ高度と速度を維持して飛んでいた僕らに、レイチェル中尉からの叱責しっせきが浴びせられる。


≪りょっ、了解です! それで、中尉殿は、どうなさるんですか!? ≫


≪あたしはマードック曹長を援護する! 2対1じゃ危ないだろうが! 弾が無くたってかまっていられるか! とにかく、ひよっこども! お前らは変な気を起こさないで、とっとと逃げな! どだい、お前らの腕と、その機体じゃどうにもならん! ≫


 ジャックの問いかけに荒っぽく答えると、中尉は自身の駆るエメロードⅡを加速させ、マードック曹長が孤軍となっている高度へ向かった上昇していった。


≪よし、みんな、聞いてくれ。落ち着いてる場合じゃ無いのはそうだけど、とにかく落ち着こう。よーし、深呼吸だ、深呼吸……≫


 僕らへの配慮か、あるいは、自分自身を落ち着けるためか。

 無線の向こうから、ジャックが大きく深呼吸する音が伝わってくる。


 僕も、ジャックと同じ様に深呼吸をし、少しでも自分を落ち着ける様に努力した。

 ほんの少しだが、自分が冷静になれた様な気がする。


≪全機、まずはエンジンを全開にする。それから、高度を3000まで下げて速度をつけながら、進路を南に取る。各機、いいか≫


≪分かったよ、ジャック。2番機、了解だ≫


≪了解! 3番機良し! ≫


≪4番機、了解した≫


≪よし! それじゃ、この空域から離脱しよう! エンジン全開! ≫


 ジャックの合図で、僕は燃料の供給を「巡航」から「常時」へと切り替え、エンジンのスロットルを最大に上げた。

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