1-2「転機」

 僕は、来る日も、来る日も、気が付けば空を見上げる様になっていた。

 だが、あの飛行機は、2度と現れることは無かった。


 後に、あの勇敢なパイロットたちは、あの飛行機で長距離飛行の世界記録を樹立するために世界一周の旅に出て、そして、二度とかえらなかったのだと知った。

 洋上で消息を絶ち、必死の捜索そうさくにも関わらず、忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。


 飛行機の存在が認知されつつあるとはいっても、その信頼性についてはまだまだ不十分な時だった。

 ましてや、彼らの様な冒険飛行家にとっては、危険はとなり合わせだったのだろう。


 だが、一度火がついた僕の情熱は、容易には鎮火ちんかすることは無かった。


 彼らは、全てを覚悟したうえで、それでも挑戦したのだ。

 全てを賭ける価値があると信じたもののために。

 僕にとって、あの勇敢なパイロットたちは、伝説や物語に登場する英雄、そのものだった。


 どこまでも広がる天空。

 そこから眺める世界もまた、きっと、どこまでも広がって見えるのだろう。


 見たこともない、はるか彼方の国々や、人々。

 空で、僕らはつながっているのだ。


 僕はその、僕にとってまったくの未知の世界を確かめたかった。

 あのパイロットたちが手にしようとしたものを、手に入れたかった。


 だが、僕は、片田舎の牧場の長男に過ぎなかった。

 牧場の経営はうまく行っていたので食べるのには全く困っていなかったが、現金収入は限られ、飛行機にふれる機会などまるで無かった。

 それに、牧場の仕事は重労働だ。たくさんの動物たちを世話するのはなかなか大変だったし、農地も手入れをしなければならなかった。

 飛行機にかまけている時間など、ありはしなかった。


 父さんがなけなしの金をかき集め、銀行に借金までして、当時まだめずらしい存在だった農業用トラクターを購入して、仕事は大分楽にはなったが、それでも飛行機に縁がないことは変わらなかった。

 何人もいる弟、妹たちのためにも、僕は懸命けんめいに働くしかなかった。


 充実はしていたが、どこか、物足りない日々だった。


 僕はある時、街に出た際に偶然、模型飛行機というものを見かけた。

 手で持てるくらいの大きさで、木製の細い骨組みに紙を張り付けて作る。プロペラをゴム動力で回す仕組みで、本物の飛行機の様に飛ぶことができる代物だった。


 だが、僕にはそんなものを買う金など無かった。

 トラクターのおかげで仕事は楽になり、こうやって街に出かける時間もできたのだが、借りた金は返さねばならず、無駄遣いは一切許されなかった。


 しかし、あきらめきれなかった僕は何度か、その模型飛行機を置いていた店に通ってその構造と仕組みを頭に叩き込むと、どうにか自分で自作できないかと試みた。

 材料なら、いくらでもあった。木ならその辺の森で手に入るし、ゴムはトラクターのお古の部品を加工すればどうにかなる。


 木工細工は、僕は結構得意だった。牧場の仕事でちょっと小屋を直したり、柵を直したり、道具を補修したり。いろいろやっている。

 手慣れたものだったから、骨組みは簡単に出来上がった。街で売っていた物よりずっと上等にできたのではないかとさえ思えるほどだった。


 そしてその骨組みに紙を張り付けると、まさに、これぞ飛行機、という形になった。


 問題は、プロペラだった。見よう見まねで、自分で木を削ってみたのだが、思う様にいかず、僕の模型飛行機はなかなか空を飛んではくれなかった。

 それでも、何度か試すうちに、コツをつかめてきた。


 僕は最初、飛行機というのは、プロペラで空気を後ろへと押しやり、その反作用によって推進力を得ているのだとばかり考えていた。

 だが、それは違ったのだ。

 空気を後ろへと追いやって得ている分の推進力というのも確かにあるのだが、それはほんの一部分で、実際には、プロペラはそれ自体が高速で回転する翼のようなもので、その翼を勢いよく回転させることで前向きに揚力ようりょくを発生させ、それを推進力としていたのだ。


 そのことに気がついた僕は、プロペラの形を工夫し、様々な形と断面と大きさを試し、ようやく思い描いたとおりに模型飛行機を空へと運んでくれるプロペラを作り出すことができた。


 そして、とうとう、僕の模型飛行機は完成した!

 僕はゴムをくるくると巻き上げると、模型飛行機を頭上にかかげ、そっと空へと押し出した。


 苦労の末に削り出したプロペラは、模型飛行機に命を与え、どこまでも、どこまでも、牧草地の端から端まで、風に乗って飛んでいった。

 僕は夢中になって、弟や妹たちと、その模型飛行機を追いかけて駆け抜けた。


 それはもちろん、素晴らしい出来事だった。

 だが、それで、僕の空へのあこがれが満たされることなど無かった。


 僕は、僕自身が、空を飛びたいのだ。


 いつしか、僕は16歳になろうとしていた。

 6歳から15歳までの基礎教育課程を終えようとしていた僕は、そのまま進学して勉強を続けるか、自立して職に就くかを選ばなければならなかった。


 父さんと母さんは、忙しいながらも僕をきちんと学校へ通わせてくれていた。だが、僕を進学させる余裕など、当然、ありはしなかった。

 僕は、長男だ。そのまま家の仕事を継ぐのは別におかしなことではなかったし、僕自身、牧場の暮らしは気に入っていたので、決してそれが嫌だということではなかった。


 だが、僕は、どうしても空をあきらめることはできなかった。


 チャンスは、突然やって来た。


 ある日のことだ。僕の通っていた学校に、1組の男女がやって来た。

 物々しい軍服に身を包んだ男性と女性だった。


 僕は最初、何事かと思ったのだが、その2人は何のことは無い、僕らの様に進路を決めなければならない年になった子供たちに、一つの道筋を提案するためにやって来ただけだった。


 突然、別の話をするが、僕の祖国、イリス=オリヴィエ連合王国には、徴兵制という制度が存在する。

 名前が長いので単に「連合王国」、あるいは「王国」と呼称される僕の祖国は、古くから永世中立を標榜しょうぼうし、その立場を守る手段として軍隊をようし、国民皆兵を国是としている。

 兵役は18歳から20歳までの2年間で、兵役後は10年間、予備役として登録され、有事があれば招集されることになっている。


 別に、珍しい制度ではない。この時代の諸国家は、大抵、どこでも実施していた制度だ。


 大多数の人々は、この制度を受け入れている。

 僕の故郷のある大陸、「マグナテラ」では過去に何度も戦乱の嵐が吹き荒れてきたが、我らが王国は、この国民皆兵の制度によって整えられた軍隊の威力を巧みに利用し、常に中立という立場を堅持し、結果として、僕らに平和と安寧をもたらしてきたためだ。

 こういう事情もあって、僕の祖国では、兵役につくことは当たり前のことで、ごく自然なこととされている。


 残る少数の人々は、別の道を選ぶ。


 志願兵となる道だ。


 志願兵は、16歳から募集している。一般の徴兵者と同年齢、18歳になるまでは実際に前線に出されることはないが、軍事訓練と専門教育、志願せず進学した場合に受けられるだろう高等教育に準じた教育が受けられる他、同年齢の男女の一般的な年間所得を基準に算出される給付金が国庫から与えられる。

 志願兵には様々な兵科の専門教育が施され、18歳になった後は、それぞれの専門の部隊に配属される。20歳になると、そのまま徴兵者と同じ様に退役するか、士官学校に進んで職業軍人になるかを選ぶことができ、さらに、士官学校での卒業時に、そのまま任官に応じるか、民間に戻るかを選択することができる。


 僕の学校にやってきた2人の男女、軍人は、この、志願制度の案内と紹介を行うためにやって来たのだった。


 颯爽さっそうとしたその軍人にあこがれたとか、軍服にあこがれたとか、そういったことに一切興味は無かった。


 ただ、これは、僕にとっては、大きなチャンスに思えた。

 何故なら、この志願兵制度の中には、パイロットとしての道も用意されていたからだ。


 つまり、僕の様な貧乏人でも、飛行機に乗れるのだ!

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