3.二人の戦士

 二人はいずれも大柄な体格をしていた。一人は背が高く、もう一人は横に太い。鼻まで覆う面甲が付いた兜のせいで表情は窺い知れず、身に着けた小札鎧ラメラーアーマーと同様の薄板で補強された戦闘用手袋にブーツという恰好で、スパイク谷を表す白黒模様の織布を長身のほうはマントのようにして、太いほうは腰に巻いて垂らしていた。


 山歩きに適した脚の太い屈強な馬にはスパイク付きの円形盾スパイクシールド、狩猟弓、戦闘用斧が吊るされている。


「山賊じゃないな。エイクリムの衛士か」というエノックのささやきとほぼ同時に、太いほうが柵の前で大声を張った。


「オラフの息子エノックの家はこちらか! 我らはエイクリムから参った衛士である!」


 エノックは斧を手にしたまま、扉を開けて外へ出て行った。アンサーラは素早くマントを身に着け、フードを目深に引き下ろして後に続く。さらに続こうとしたモーナはエルガに捕まった。


「俺がエノックだ! 用件を聞こう!」


「ハーピー退治に来た。詳しい話を聞きたい」


「……たった二人で?」


 大声で言葉を交わしながらエノックは柵まで行き、入口を開いて二人を中に招いた。


 太いほうの衛士は馬を進めたが、長身の衛士は入口付近に留まっている。逃げられないよう出入口を塞いでいるようにも見えるが、この二人が衛士に扮した賊でない事をアンサーラは願った。この家の敷地を血で汚したくない。


 馬を止めた衛士を見上げてエノックが話す。


「初めて見かけたのは半年前くらいで、一、二匹だった。最近は三匹に増えたが、昨日彼女が二匹殺したそうだ」


 馬上の衛士はアンサーラを見て鼻を鳴らし、「冗談だろ?」と口元に若者らしい笑みを浮かべた。


 アンサーラは金色の瞳が隠れるほど目深に被っていたフードに手をかけ、「申し訳ありません。正体を隠すつもりはありませんでした。ただ、驚かせたくなかっただけです」と言って背中に落とし、マントを開いた。


 朝日に照らされたアンサーラの瞳は銀色で、白い肌は健康的に輝いている。漆黒の髪だけは昼でも夜でも印象は変わらず、小柄で華奢な一〇頭身の体型は人間と並び立つと異様に見えるかもしれない。馬上の衛士は面甲の奥で目を丸くし、口をあんぐりと開けたまま固まった。


 このような反応にはすっかり慣れているので、アンサーラは彼が立ち直るのを待った。しかしその前にエノックが首をかしげる。


「……ん? お前、マグナルじゃないか?」


 ぽかんとしたまま馬上の衛士は「え?」と無防備に顔を向け、エノックは「やっぱりマグナルだ。スヴェン王子の従士の……てこたぁ、あちらの方はもしかして……?」と首を伸ばして入口付近に留まっている長身の衛士を見やる。そこでやっと馬上の衛士は我に返ったように慌てふためいた。


「なっ、ななに言ってんだ、おお俺はマグナルじゃない! あなたとは初対面ですよ!」


 その狼狽ぶりはもう、〝はい、そうです〟と言っているようなものだ。エノックが追い打ちをかける。


「お前のほうは覚えてないかもしれないが、二年前の〈黒の門〉には俺も行った。王子とその従士の顔はよく覚えている」


 答えに窮した馬上の衛士はうめいて、それから大声を響かせた。


「ううっ……と、とにかくぅ! 俺はマグナルじゃないし、あちらの方はスヴェン王子じゃないっ!」


 その場の全員がマグナルというらしい若者を見上げて沈黙した。それから、やれやれという調子でエノックが口を開く。


「わかった……気付かなかった事にして欲しいんだな。それなら、彼女と一緒に行け」視線でアンサーラを示す。


 馬上のマグナルはアンサーラを見下ろし、目が合うと顔を赤くして視線を泳がせた。「えっ、かっ、彼女と?」


「いえ、わたくしは一人で行きます」


 即答したアンサーラに、エノックは肩をすくめた。「聞いてのとおり、彼女は一人でハーピー退治に行くつもりだ」


「それは駄目だ! 危険過ぎる! あなたのような女性が一人でハーピー退治などと……」


 驚き慌てるマグナルに対して、アンサーラはあくまでも冷静である。


「いえ、本当に一人で良いので……」


「アンサーラさん」エノックが口を挟む。「あんたがエルフで、ハーピーに詳しいのも分かった。そんでも一人より三人だ。だろ?」


「いえ、その……」言葉にするのを一瞬ためらった隙に馬上からマグナルが大声を降らせる。


「いやいやいや、我々二人だけで行く。あなたはここで待っていてください。若い女性がハーピーの鳴き声を聞いてしまうなど万が一にもあっちゃなりませんし!」


 アンサーラも北方に来て初めて知ったのだが、ハーピーの鳴き声を聞くと子供を一人失うという迷信は広く信じられている。ハーピーにそんな力は無いし、二人は足手まといになるとはっきり言うべきだろう。


 そこへ、しびれを切らしたのか長身の衛士――スヴェン王子――が馬を進めて話に割り込んで来た。


「おい、でぶ。勝手に話を進めてんじゃねぇ」


「あっ、王子……じゃなくて、えっとその……」


「まだ続けんのか。さっき自分でバラしてたじゃねぇか」


「なっ……俺がいつバラしましたぁ!?」


 マグナル以外の全員が――アンサーラでさえ――ため息を漏らした。それからスヴェンが話を切り出す。


「そもそもハーピーの巣を見つけるのが先だ。どう退治するかはその次だろ」


「それなら見当がつくと思いますよ」とアンサーラ。


「ほんとか?」


「ええ、昨日見かけたハーピーは親子でした。今は子育ての時期です。ハーピーの行動範囲は通常三〇マイル以上にもなりますが、子育ての時期だけは巣から一マイル程度の範囲に狭まります。エノックさん、この付近でなるべく垂直に近い崖はないでしょうか。谷のような低い場所ではなく、山の上のような高い場所で、岩場だとなお良いです」


 アンサーラの講釈を聞いていたエノックは話しかけられて反応した。


「……あっ、あるな。〈積み木山〉って俺が名付けた岩山があるぞ。ちょうど一マイルくらいの距離だ。こっち側からだと木も生えてて普通の小山に見えるんだが、反対側は、こう、四角い積み木で作ったみてぇに綺麗に切り取られてんだ。ナイフをまっすぐ入れてスパッと切り出していったみてぇによ。だからほとんど垂直で階段みてぇになってる」


「なるほど。そこが営巣地になっている可能性は高いですね」


「案内を頼めるか、エノック?」と馬上のスヴェンが問う。


「構いませんが、案内するほどじゃありませんよ。家の裏から尾根まで登って、そこから北に向かえば右手に見えます。あの〈とんがり山〉の方角ですね。その途中にあります」


「そうか。なら、ここからは歩きだな。馬を預けてもいいか」


 母屋の裏から続く急斜面を見上げてから、スヴェンは馬を下りた。それを見てマグナルも倣う。


「スヴェン王子、失礼を承知で申し上げますが――」というアンサーラの言葉はスヴェンに遮られた。


「何度も言うな、わかってる、一人で行くってんだろ? そうしたけりゃ勝手にすりゃあいい。俺たちは俺たちで行くだけだ。行くぞ、マグナル」


「はい、王子」


 有無を言わさぬ態度で背を向け歩き出すスヴェンと彼を追うマグナル。二人の若者を見ながら、面倒な事になった、と思うアンサーラであった。

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