デア・エクス・マキナ:そして浮かび揚がる



 ――満ちた。


 吐息は熱と湿気と生命力に溢れている。全身を構成する有機物は完璧とは言い難いものの、その不完全さは欠落ではなく、成長途上の空白を秘めている。


 一歩を踏み出した。これまで自分を育んでいた、昏く温かな胎内からの脱出だった。

 土と下草の感触が足の裏に心地いい。何度かそれを楽しんでいるうちに、自分が裸であることに気が付いた。知恵あるものと獣との違いのひとつに、衣を纏うか否かというものがある。

 自分が袖を通すにふさわしい衣服はなんだろうか。そう考えた時、思い描かれたのは見慣れた人間たちの衣装だった。革の靴、丈夫な布、手間と祈りがこめられた刺繍、銀の装飾品……。


 ひとつひとつ列挙していくうちに、自分が思いのほか、そういったものに親しみを感じていたことに気が付く。あくまで親しみであって、憧れなどではないと自分に言い聞かせ――体表面に集中した。

 シダや苔の塊に似た体細胞が蠢き、癒着と剥離を繰り返す。そして、イメージ通りの服を作り出す。

 実に好調だ。己の身体の隅々までを支配し、鼓動や代謝の細部に至るまで思うままに操ることができる。これを、より優れた生命と呼ばずしてなんと呼ぶのか。俺はそれに成ったのだ。


「ならば行こう。俺を更なる進化へと導く者の元へ。俺は――えねばならぬ」


 そしてそのために、必要なものがある。

 ぐらりと頭を傾がせて、木々の向こうに人間の住居群を透かし見た。


 さあ、行こう。


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