デア・エクス・マキナ:開かれた口のなかで
内臓を滾らせていた激情は、徐々に熱を失いつつあった。
この苦しみをもたらしたものたちへ、いかにして同じ思いを味わわせてやろう……そんな、幼稚とも言える憎悪は形を失い、冷静で冷酷な野心へと変貌していった。
復讐。確かに、それも良いだろう。しかしそれよりも重要なことがある。力を蓄えるのだ。地上を覇するために、それが最も重要なことだ。
己が身を焼いた青い炎の熱さを思い出すと、いまだに骨が軋むような恐怖を覚える。力をつけなければ、何度産まれなおしたところで、あれには勝てない。あれは暴力そのものだった。野を焼き、空を焦がし、他者を害するためだけに存在する炎。
では、どうすればあれに勝てるのか?
そうして導き出した答えが――人間を真似ぶというものだった。
(おれは、人間というものを侮っていたのだ。それは認めよう……)
こまごまと群れて暮らす、
しかし、その木っ端の生き物の数と積み重ねを、侮るべきではなかったのだ。しばらく見ぬうちに、二倍にも三倍にも数を増やす生き物。次世代へ知識を積み重ね、技術を受け継ぎ、経験を残す。
驚くべき知略だった。そのほとんどを偶然に頼る、獣の進化とは全く異なる。文字を以て、言葉を以て、彼らは意図的に自己を進化させている。
カゲロウの羽よりも薄く脆い層を、千代にも八千代にも積み重ね――人間は、種としての力を底上げし続けてきた。個ではなく集団の中に、力を蓄積してきたのだ。
ならば、その戦略を真似ない理由はない。
(まずは数をふやすのだ。産まれてくるものの大半は
そうすれば、やがていかなる生物にも――いかなる恐怖にも――害されない存在となる。
そのためには、数をふやさねばならぬ。ふえねばならぬ。全てはそこから始まるのだ……。
思えば、それは生命としての極めて本質的な欲求だった。個として長命過ぎたゆえに、忘れかけていた欲求――自我よりも更に奥まった場所に存在する本質的自己、たった数種類からなる塩基のリボンが、狂ったように叫ぶ声だった。
――
突き出した岩の先端から、いやに生ぬるい水が滲み出している。水だけでない、洞窟全体が体温を持ち、内部に身を潜める生き物をじっとりと包み込んでいた。
慈しみ育むために――あるいは、溶解し吸収するために。
(
ぽたり。ぽたり。何かが滴り落ちる。もはや火種と言うには実体を持ちすぎた野心は、慈愛と酷薄の入り交じる胎内の中で、着実に熟成されていく。……
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