ディープブルー・グー:浮揚


 気泡の踊る音が聞こえた。


 光さえあれば銀に美しいであろう空気の泡は、深海の闇の中ではその輪郭すら表さない。平衡感覚の失われた中で、泡の昇っていく方が上なのだろうとかろうじて分かる。泡の音が遠ざかっていく。零夜は深く、深く沈んでいく。


 いくらか沈んだころ、底の方から歌が聴こえてきた。少女の声が口ずさむ、ブラームスの子守唄だ。一緒になって歌おうとして、零夜は口を開いた。唇の端から呼気がこぼれる。その気配で零夜に気が付いたのか、少女の歌はぴたりと止まった。

 やめないで、歌っていて欲しい。零夜のすがれる道しるべは、もうそれしかないのだから。あの歌が聴こえないと、帰る道が分からなくなる……。

 がむしゃらに伸ばした手を、柔らかな指が絡め取った。



 ――何もかも、夢だったら良かったのにね。


 少女が言った。不思議と懐かしいような、心の落ち着く声だった。

 何もかも夢だったならば、どんなに良いか。彼女が一体誰なのか分からないまま、「そうだね」と零夜は返事をした。

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