第26話 木漏れ日の下

「俺、前の学校ではぼっちで。親しい友達もいなくてさ。でも、俺も少しは変わらなくちゃと思って」

「そ、そうなんだ。僕もずっとここで一人だったんだ」


 うん、知ってる。松井のぼっちスキルを見たらすぐ分かるさ。

 俺もぼっちの端くれ。それくらいすぐに察することができる。

 でも俺は彼がぼっちだから、彼をぼっちから救ってやろうとかいう気持ちで声をかけたわけじゃない。

 自分勝手で申し訳ないけど、彼に声をかけたのは自分のため。

 彼に言った通り、俺も変わろうと思ったんだ。俺はずっと人と接するのが、面倒で一人の方がいいと思っていた。

 

 だけど、陽毬、長十郎、牡丹と関わるうちに人と接することも楽しいと考えるようになれたんだ。

 だから、他の人とも会話を交わしてみたい。その人がどんなことを考えていて、どんな顔を見せるのか知りたいって。

 

 それなら、人当たりがよくて社交的な人に声をかければいいじゃないかと思うだろ?

 俺だってそう思う。だけど、元ぼっちの俺からしたらハードルが高すぎて無理だった。

 ごめんな。松井くん。同じオーラを感じた君しか、話かけることができなかった……。

 

「日向くんはすごいや。僕も雨宮さんと話をするようになって、他の人にもって思ったことはあったけど……」

「雨宮さんって超綺麗だよな」

「そ、そうだよね。僕みたいなのとよく」

「いや、そうじゃない。そうじゃないよ。松井くん。要はここだろ?」


 ドンと自分の胸を強く叩く。

 でも、その言葉は実のところ彼に向けたものではなく、自分に向けたものだった。

 俺なんかと……なんて考えるまい。

 一緒に歩いていて周囲がどう思うかなんて関係ないだろ? 

 猫のような目をした少女の顔を思い浮かべながら、グッと拳を握りしめる。

 

「うん。雨宮さんもそう言ってくれた」

「ははは。いい子じゃないか。妬けるぜ」

「あ、う、うん」


 何となく雨宮が松井のことを好きになった理由が分かった気がした。

 彼は素直で何事にも一生懸命なんだろうなと。そんな彼に雨宮は惹かれたのだろう。

 俺も頑張らなきゃな。

 

 体育の授業が終わってから、教室まで向かう廊下でばったりと雨宮に会ったんだ。

 松井と会話しながら歩いているところでさ、彼女、固まって手に持っていた小さな鞄を床に落としてしまっていた。

 そこまで驚かなくてもいいのに……ちょっと松井が不憫になったが、彼は彼でてへへと頭をかいていたし、いいのかこれで?

 

 ◇◇◇

 

 ――放課後。

 あっという間に放課後になり、「さあ帰ろうか」というところでグイっと肩を掴まれる。

 

「陽毬?」

「ちょ、ちょっと、聞きたいことが」

「こ、ここ、教室、ちょっと恥ずかしい……」

「あ、そ、そうね」


 俺も教室の中で「向井さん」じゃなく「陽毬」と呼んでいるけど、こいつは初日からそうだし。

 だって、「向井さん」と呼ぶと陽毬がツンツンしてしまうから仕方ない。

 陽毬はと言えば、さすがに距離感が近すぎたと自分でも思ったらしく、手を離し距離を取る。

 

 そのまま下駄箱まで来たところで、彼女は俺の二の腕をグイっと掴む。

 どうやら我慢できなかったらしい。まあ、ここならまだましか。

 

「どうしたんだよ? そんなに急な用件なのか?」

「雨宮さんから聞いたわよ」

「ん?」

「松井くんと親しげに歩いていたって」

「あ、ああ。そんなことか」

「そんなことかって何よ。良かったわ。あなたに友達ができて」

「そっちかよ! 俺だって友達の一人や二人くらい」


 ごめん、欲張り過ぎました。

 でも、少しくらい虚勢を張ってもいいじゃない?

 

「私がいるから、あなたが友達を作り辛いんじゃないかって」

「大丈夫だ。そこは全く心配しなくていい」

「え?」


 何故かそこで頬を朱に染める陽毬。


「元より俺は前の学校からぼっちだ。そこは心配するところじゃない」

「もう!」


 な、なして通学鞄ではたかれないといけないのだ。

 理不尽だ。


「き、着替えたら、長十郎さんのところで待ち合わせな」

「分かったわ」


 ぷんすかしつつも陽毬は快く了承してくれた。

 

 ◇◇◇

 

 いよいよだ。

 自然と陽毬と繋いだ手に力が籠る。

 古びたお堂を見上げ、一人頷く。


 今日は陽毬の方が到着が早かった。着替えに時間がかるとかそんなことはないようだ。

 昨日彼女の到着が遅かったのは買い物をしていたからだしさ。

 

「陽翔?」

「あ、ごめん。行こうか」


 お堂から視線を外し、陽毬に微笑みかける。

 彼女はふっと可愛らしい息を吐き、猫のような瞳を俺に向けた。

 

「うぐ」


 パシーンと彼女に背中を叩かれ、変な声が出てしまう。

 

「だから、気負わない。ね?」

「分かってるって。ありがとうな」

「景気つけよ。どう? 力は抜けた?」

「おう、バッチリだ」

「きゃ」


 繋いだ手を思いっきり振り上げると、ビックリしたのか陽毬が小さな悲鳴をあげる。

 たじろく彼女の女の子ぽい仕草にちょっとだけ可愛いなと思ってしまう。

 

「な、何よ」

「いや、何でも」

「その顔」

「だああ。つねるなつねるな」

「ふん」


 二の腕とかならともかく、今時頬っぺたをつねるとかどんな時間軸で生きてきたんだよ。

 全く……でも、新しい世界に目覚めそうだからそれ以上はやめてくれよな……。

 

 お堂の裏まで来たところで、長十郎が正座して俺たちを待っていた。

 

「よくぞ参った」

「そんなかしこまらなくても……」


 困惑した表情を浮かべると、長十郎はカカカと愉快そうに笑い言葉を返す。


「ふふふ。ついな。そなたの気合に少しでも応じたいと思ったのだ」

「早速ですが、はじめさせてもらっていいですか?」

「もちろんだとも。よろしく頼む」


 陽毬と目を合わせ頷き合う。

 二歩前に進み、手を伸ばせば長十郎に触れることができる距離になる。

 

 目を瞑り手を――

 伸ばす。

 

 長十郎の肩に触れると、冷気を感じた。

 冷気は手から俺の体の中心へと奔る。悪寒とは違う。

 何と言えばいいのか、風呂で体の表面から芯までぽかぽかしてくるのと逆の感覚と言えばいいのか。

 ひんやりとしているけど、決して居心地の悪いものじゃあない。

 暑い夏の日に感じる木漏れ日の下で感じる涼しさみたいな……。

 

 その時突如、目を閉じているはずなのに視界が開ける。

 柔らかな木漏れ日が差し込む林の中。

 切り株が二つあり、ここだけちょっとした広場みたいになっている。周囲は背の高い木で囲まれ、そこから光が差し込んでいた。

 

『不可思議なこともあるものだ』


 長十郎が切り株に座っていた。さっきまでいなかったはずなのに、不意に姿を現したんだ。

 

『長十郎さん、どこなんでしょう、ここ?』

『それがしにも分からぬ。そなたの中ではないかと想像するが』

『なるほど。そう考えるとしっくりきます』


 長十郎の言うようにここは俺の心の中にある想像の世界だと俺も思う。

 だけど、妙に鮮明な風景で本当にここが現実じゃあないと言われてもにわかには信じられないんだ。

 

「陽翔。どう?」


 青い空の上から陽毬の声がハッキリと聞こえる。

 空の上といえば相当な距離があるはずなんだけど、陽毬の声はまるで俺の隣にいて話しかけているよう。

 

 そういや俺、目を閉じていたんだったな。

 目を開くと、ドアップな陽毬の顔。

 俺はと言えば、片膝をつき長十郎へ手を伸ばしていたままの姿勢だったんだけど……彼女が床に手をつき俺を見上げるように。

 浅く呼吸する彼女の吐息が俺の鼻にかかる。

 

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