第25話 夜の公園

 同じだったんだよ。

 霊も今生きている人たちも虫や動物たちも。

 虫や動物たちにも生きた時代があった。その時も今と同じように当時の人たちと接していたんだ。

 それはまるで「その時」を切り取ったかのような、虫や動物の声は当時の様子をそのままに伝える生の声である。


「みんな、必死に生き、そして死んでいった。うん」


 どんな時代だったんだろう?

 この公園は100年前にはどんな姿をしていたんだろうか。

 農地だったのか、それともただの林の中……?

 いや、牛がいるのだから近くに農村があったんじゃないのかなあ。

 想像してみると、楽しくなってきた。

 

 改めて分かったよ。

 動物や虫の声であっても、決して煩わしいものなんかじゃいってことを。


「当時の様子を生で知ることができるなんて、それを俺だけが知ることができるなんて、悪くないじゃないか」


 なあんだ。こんなことにも気が付かなかったのか俺は。

 本当に馬鹿だよな。

 でも、ずっと分からなかったよりは余程いい。

 

 ベンチに座ったまま一時間ほどいろんな「声」を聞いた。


「名残惜しいけど、そろそろ帰るか」


 にゃーん――。

 最後は猫の鳴き声かあ。

 ふふふと笑みを浮かべ立ち上がったところ、街灯に反射した光る二つの球体が見えた。


「あ、猫はリアルだったのか」


 昔も今も変わらないんだなあ。猫の鳴き声って。

 それが何故だかおかしくて、ついその場で声に出して笑ってしまった。

 

 ◇◇◇

 

 帰宅すると、ちょうど風呂からあがってソファーに寝そべっている妹と遭遇した。

 

「お兄ちゃん、何だかご機嫌だね。陽毬さんと逢引でもしてた?」

「違うわ! 一人で公園に行ってたんだよ」

「うわあ……」

「何だよ。その顔」


 あからさまに嫌そうな顔をしやがって。


「お兄ちゃん、陽毬さんに振られちゃったの? それで一人公園で……」

「違うわ!」

「じゃあ、ぼっちをこじらせ過ぎて、今更中二病を患った?」

「患ってないから」


 コロコロと腹を抱えて笑う妹は急に表情を変え、真剣な顔で言葉を続けた。

 

「お兄ちゃん、悩みがあるなら聞くよ? 言う事言ったらスッキリするし?」

「そうだな。じゃあ、聞いてもらえるか?」

「おっけー」


 グッと親指を突き出す妹に苦笑する俺。


「じゃあ、風呂からあがったらなー」

「らじゃー。お兄ちゃんの部屋に行くねー。えっちいのは片付けておかなくてもいいよー」

「……」

 

 本当にこいつはもう……。ともかく風呂に行くとしようか。

 

 ◇◇◇

 

「ふいいい」


 風呂からあがり牛乳を一気飲みした後、自室のベッドへダイブする。

 ――コンコン。

 するとすぐに部屋の扉を叩く音が響く。

 

「うい」

「やっほー」

「乗るな、乗るなあ」

「大丈夫。妹は軽いって決まっているもんさー」

「いや、そんなわけないから。人間だもの、それなりに」

「へえ。陽毬さんでも重いのかなあ?」

「……」

「黙っちゃったあ。えっちい」

「おいおい」


 妹を押しのけながら体を起こし、やれやれと大げさに肩をすくめてみせた。

 対する妹は、ずっとにこにこしたままだ。


真奈まな、えらいご機嫌じゃないか?」

「そらそうだよお。だって、お兄ちゃんから相談事を受けるなんて嬉しいに決まってるでしょー」

「そうなのかな」

「そうだよお。お兄ちゃん、自分のことを家でも余り話をしないし、ずっと何かを悩んでいたでしょ」

「そうだな。うん、そうだよ。そのことで真奈に伝えておこうと思ってさ」


 いずれ、両親にも話をするつもりだ。

 うやむやにしたままだった、幼き日からのことを。

 陽毬の家族のことを聞いたから、家族に話をしようと思ったのかって?

 それは無いと言えば嘘になる。だけど、家族に話をしようと思ったのは、俺が「聞こえる」ことを家族に知って欲しいと思ったからだ。

 家族には知っていて欲しい。

 彼らは俺のことをずっと想っていてくれている。心配してくれている。

 だから、俺は彼らに知って欲しい。

 上手く言えないけど……。

 

「へえ。何々ー?」

「顔を寄せ過ぎだ。喰いつき過ぎだろ」

「あははー。ついつい」

「俺さ、漫画みたいだと思うかもしれないけど、霊の声が聞こえるんだよ」

「すごいじゃない! お兄ちゃん、何でそんな素敵なことをわたしに黙っていたのお」

「え? 疑ったりとか全くしないんだな。『嘘―』とか言うと思ったけど」

「そんな訳ないじゃないー。だって、お兄ちゃん、すぐ顔に出るし。わたしを騙そうとしても無理だからね」

「嘘ついたら、気が付いてた?」

「そらねえ。でも、いいじゃない。そんなこと。例えば、そこにえっちい本があるでしょ?」

「い、いや。そこにはない」

「ほら、顔に出た」


 こ、この策士めええええ。

 俺の秘蔵の書は絶対に守り通す。


「ねえねえ、どんな声が聞こえるの? やっぱり、女の人の金切り声とか?」

「な、なんでそんなホラーなんだよ」

「だってー。霊と聞いたら、ポルターガイストとか悲鳴とか『うらめしやー』を想像しちゃうじゃない」

「そうかもしれない……だけど、そんなホラーなものじゃないかな。カエルとか牛とか犬とかの鳴き声が殆どだ」

「なんだか、庶民的というか地味だね……」

「そ、そうだな……」


 二人揃って声をあげて笑う。

 この後、深夜まで妹と霊について喋った。彼女は嫌な顔一つせず、俺の話を聞いてくれたんだ。

 時に変なことを口走っていたけど、そこは妹だしな。

 最後に彼女は「話をしてくれてありがとう」って満面の笑みを浮かべて部屋から出て行った。

 一人になった俺は、ベッドに寝転がり天井を見上げる。

 天井は豆電球が淡い光を放っていた。何だかそれがとても懐かしい。幼い頃、妹と二人でなかなか寝られない時、天井を見たら今と同じように豆電球が光っていたよな。

 妹は「やっぱり家族っていいものだ」と再認識させてくれた。

 両親もきっと彼女と同じように、笑いながら「聞こえる」ことについて話を聞いてくれるさ。 


 ◇◇◇

 

 翌日、二時間目のことだった。


「松井くん、体育館ってどっちかな?」

「え、あ、う? ぼ、僕の名前を?」


 体育の授業となると、女子はおらず陽毬に場所を聞くことができない。

 誰かについていきゃよかったんだけど、いい機会だから尊敬するぼっちマスターに声をかけてみることにしたんだ。

 すると、彼は超上級者らしい反応を俺に返してくれた。


「間違ってたら、ごめん、松井くんで合ってるよね」

「う、うん。僕は松井。君が僕の名前を知っていたことに驚いただけだよ」


 一人称が「僕」とは、こ、こいつワザとぼっちを演出しているのか?

 いや、そうじゃない。彼の目は泳いでいて、明らかに対人が苦手だと分かる。

 そんな彼がよく学校一の美少女とくっついたな。「学校一の」ってのは陽毬の評だけどな。

 

「俺は日向ひなた。二日目になっちゃって挨拶が遅れてごめん。よろしく」

「う、うん。よろしく」

「よかったら、体育館まで案内してくれないかな」

「うん」


 慌てて立ち上がったから、少しつんのめってしまう松井。

 だけど、彼はぎこちない笑顔を俺に向けてくれた。

 

 体育館に行く途中、ずっと黙ったままの松井へ俺から声をかける。

 

「ごめん、迷惑だったかな……」

「そ、そんなことないよ。ちょっと嬉しかった。僕、こんなだからさ」

「俺さ。松井くんが一番声をかけやすいと思ったから。声をかけちゃったんだ」

「え? 僕が?」


 松井は心底驚いたように目を見開く。

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