第24話 たいやき

 パンパンパン――。

 手を叩く乾いた音が響く。

 手を打っていたのは長十郎だった。

 

「心に響く話だった。見事。見事に尽きる。そなたの祖母は」


 長十郎は一言一言を切るように感慨深く語る。

 余談ではあるが、長十郎の拍手の音へ隼丸が反応し、ひひーんと大きく嘶いた。

 出発の合図が何かと勘違いでもしたのかな。

 

「自慢のおばあちゃんでした」


 ふんわりとした笑顔を浮かべ、陽毬は長十郎に応じる。

 

「陽毬。それがしにも聞かせてくれて感謝する。亡霊となりて以来、人の身の上話などついぞ聞くことなどなかったからの」

「いえ。長十郎さんも牡丹さんのこと、ご自身のことを聞かせてくれたじゃないですか」


 陽毬は首を横に振り、「ね」と俺に目配せをした。

 対する長十郎は杉の木へ手をやり、空を見上げる。

 

「それがしは飢えておった。人の営みに。会話に……そなたらには感謝してもしきれぬ」


 誰に向けたでもない言葉だったと思う。

 数百年の想いは、重みがある。何と返していいのか、悩むよ。

 でも、長十郎は俺たちの返答なんて待っていないって分かるんだ。彼の目はここではないどこかを見ているのだから。

 

「俺、長十郎さんを必ず憑依させてみせます」


 無意識に立ち上がり、彼に向けてではなく自分に向けて呟いた。


「だから、気負わない」

「分かっているさ。今のは決意表明じゃないんだよ。自然と口から出た言葉なんだ」

「よく分からないけど、いい顔しているわ。今のあなた」

「え? そ、そう? 男らしかった?」

「それはないわ」

「……」


 バッサリと切り捨てられたばかりじゃなく、呆れたようにため息までつく陽毬に無言の抗議を敢行する。

 しかし、そんなことで動じる彼女ではない。

 結果、ぶすーっとしたまま椅子に腰かける弱い俺であった。

 

「まあ、いいじゃない。あなたはあなたらしく。それがいいのよ」


 俺と顔を合わせないまま、ぼそりと呟く彼女の一言にハッとなる。

 

「え、それって?」

「何でもないわ。独り言だし」

「お、おう」


 急にとげとげしくなってしまった陽毬にこれ以上追及するのはよそうと思う、やはり弱い俺であった。

 

「陽翔。今日も試すのか?」


 長十郎が空に向けた視線を戻し、俺に問いかける。

 

「明日、お願いします」

「ほうほう。いい目をしておる」


 鋭く目を細め、長十郎はニヤリと口元を薄く上げた。

 これから大したことをするつもりじゃあないんだけど、勝負は明日にする。

 グッと拳を握り、長十郎を挑戦的な目で見つめ返し大きく首を縦に振った。

 

「陽翔」


 陽毬が俺の名を呼ぶ。

 彼女の呼びかけに応じる代わりに、繋いだ手に力を込めた。


「明日、また来ます」

「待っておるぞ。陽翔」


 グッと手を握りしめ、長十郎へ向ける。

 彼も俺と同じように拳を前に突き出してくれた。

 まだ帰るに時間は早いけど、今日はこれでいい。いや、これがいい。

 

 帰り道、細い路地まで来たところで陽毬がむすーっと口を尖らせて俺の手を引っ張る。


「ごめん、もうちょっと長十郎さんと喋りたかったよな?」

「ううん。今日で終わりじゃないし、別に構わないわよ」


 なんだかツンツンしているよなあ。

 彼女は本当に分かりやすい。何か不満に思っていることがあるんだよな?

 

「アイスクリームでも食べるか? おごるよ」

「機嫌取りにアイスクリームって、まだ肌寒いのに」

「ご、ごめん、じゃ、じゃあ。たいやきで」

「あなたねえ。私は食べ物で釣られるような子じゃないのよ」

「そ、そうか」

「でもまあいいわ。釣られてあげる」


 陽毬が握った手を離し、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


「あ、あうあうあー」

「何よそれ。私でも動揺しちゃうの?」

「あ、あうあうあー」

「……えい」


 う、うおお。

 胸が腕にあ、あたってるう。ブラジャーのせいか、思ったよりは柔らかくない……なんてそんな場合じゃないぞおお。

 しっかし、触れているところ全部が、何でこんな柔らかいんだよお。同じたんぱく質で出来ているはずなのに、いい香りがして……。


「ぐえ……」

「やっと戻ってきたわね」

「お、俺は一体何を」

「さあ?」


 グイっと俺の体を引き寄せ、そのまま歩きだす陽毬。

 

「こ、転ぶ。あと、この路地は二人並ぶと狭い」

「じゃあ、もっと寄らないと」

「これ以上、寄れないだろ?」

「まだまだ、陽翔ならまだ行ける。頑張れ頑張れ」

「そ、そんなこと言ったら、抱え上げるぞ」

「嫌らしい。でも、あなたの細い腕じゃあ無理よ」

「い、言ったなあ」


 ならば、やってみせようじゃないか。

 お姫様抱っことかいうやつを。陽毬は小柄だし余裕だろ。


「ほ、ほら。馬鹿なことしていないで、行くわよ」

「ど、どああ。押すな、落ちる」

「行ける行ける。陽翔なら逝ける」

「最後、何かニュアンスが違うような」

「気のせいよ」


 細い路地から抜けたところで、陽毬は俺に絡めた腕を離す。

 手は繋いだまま、彼女は地面を見て独り言のとうに呟く。

 

「ちょっとだけ妬いちゃったのよ。陽翔と長十郎さんの男同士のやり取りに」

「そ、そっか」

「でもね」


 陽毬は顔をあげ、こぼれんばかりの笑顔を浮かべた。

 いつも控え目な笑顔を浮かべることが多い彼女にしては珍しい、華が咲くような笑顔に不覚にもドキドキが止まらない。

 

「それ以上にカッコいいなって思った。男の人同士って何だかいいなともね」

「お、おう」


 赤面してしまい、今度は逆に俺が地面にご挨拶する形になってしまう。

 

「さあ、たいやきが私たちを待っているわよ」

「だな。駅前にあったっけ?」

「あなた……場所も知らずに言っていたの?」

「は、ははは」

「分かったわ。とっておきのたいやきを案内してあげる。覚悟しなさい」

「おー。楽しみだ」


 前を向き、二人並んで駅の方向へと歩きだした。

 

 ◇◇◇

 

 たいやきでちょっとしたトラブルがあり、思わず大笑いしてしまったところ陽毬に涙目で睨まれヒヤリとした事件はあったが、それ以外は何事もなく家に帰り着いた。

 うん、あっつあつのできたてのたいやきだったんだ。

 あとは言わずとも想像にお任せする。

 

 食事を食べた後、夜の街に一人繰り出す。

 お堂の方でもよかったんだけど、家の近くにちょっとした公園があるんだ。

 そこは、ベンチにブランコ一つという公園と呼ぶに物足りなさ過ぎるものだったけど、人通りも少なく丁度いい。

 

「さてと」


 小さな公園にあるベンチに手を伸ばし、砂を払う。

 こういう静かで自然の残る場所は必ずと言っていいほど――。

 

 ――うんもお。

 ほら、聞こえてきた。

 牛ののんびりとした鳴き声が耳に届く。

 

 ベンチに腰掛け、目を瞑り体から力を抜いた。

 季節外れの虫の声、狼らしき吠え声、猫のにゃーんという甘えた鳴き声。


 いろんな声が聞こえる。

 いつの時代に生きた霊たちか分からないけど、それらは確かに生きていた時があり、生前もこうして様々な声を発していたことだろう。

 俺は陽毬の言うように気ばかりが先んじていた。

 受け入れよう、受け入れようとうんうんと自室で唸るのでは、何も変わらない。

 考えを変えるんじゃあなく、肌で感じること。そんな基本的なことさえ忘れていた。

 

「牛はどんな人に育ててもらったんだろう。畑を耕す手伝いをしていたのかな」

 

 一人呟く。

 じっくりと耳を傾けてみて、ようやく気が付いたんだ。

 虫や動物の声も長十郎と本質は同じだってことに。

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