第23話 もっと褒めてもいいわよ
長十郎の姿が見えないまま挨拶だけ交わしたけど、陽毬が来るまでまだ少し時間がありそうだな。
「陽翔。そなた。何か悩んでおるのか?」
「え?」
顔に出したつもりなんて毛頭なかったんだが……あ、でも。連日、長十郎を憑依させようとして失敗続きだったから分かるわな。
それよりなにより。
「長十郎さん、俺の姿が見えるんですか?」
「おうとも。お主ら以外の人の姿も見えるし声も聞こえる」
「そうだったんですね」
「だが、声をかけてもそなたにしか聞こえぬようだ。姿が見えるのは陽毬だけだったか?」
「なるほど。一方通行だったってわけですね」
「うむ。それがまた物悲しさを増すのだがの」
「それは……確かにそうかもしれません」
「だが、何も見えぬ、聞こえぬより数千倍良い」
カカカと豪快な笑い声だけが聞こえてくる。
てことは、声は霊に届くってことか。
「して、どうなのだ?」
「はい。悩みというか自分の中でモヤモヤしていると言うか」
「男児たるものそんなもの。悩み、苦しみ、前に進んで行く」
俺の悩みの内容なんてもうバレバレだから、説明する必要もない。
長十郎は朗々と漫談でも語るかのように続ける。
「だが、抜けた時の爽快感といえば、天にも昇る気持ちだろう? だから、前へ進む」
「そうですね。そうありたいです。長十郎さんも悩んだりしたんですか?」
「そらもう、悩まぬ日など無かった。某は未熟故、なかなかの」
「牡丹さんのことで?」
「牡丹のことだけではないぞ。戦のこと、城内のこと……様々だ」
「元服でしたっけ、お仕事を始める歳って」
「そなたくらいの頃には奉公しておったな」
今と違って人間五十年と言われた時代だけに、成人と呼ばれる年齢も早い。
長十郎の時代の人たちは、中学卒業するくらいの歳になったら立派な成人として扱われるみたいだ。
そんな若いうちから大人に混じって仕事をするとかゾッとする。
でも、彼は仕事を一生懸命続けてきた。最期まで。
「すごいなあ……長十郎さんは」
「伝令もこなせぬ某ではあるがな」
「そんなことないです! 伝令って俺には想像が余りつかないですけど、きっととても大事な仕事なんだと思います」
「ほお?」
「だって、情報って国の政策の中では最重要じゃないですか。その根幹を頼まれるなんて、それもこんなお若いのに」
「買い被り過ぎという物よ」
照れたのか、長十郎の流暢に続いていた言葉が途切れる。
「長十郎さんと秘密の会話?」
陽毬の声が聞こえた。
なるほど、彼は彼女が見えたから右手でもあげて挨拶でもしていたのかな。
「男同士の話だよ」
「長十郎さんも、男の人ってわけね……」
「なんだよ。その呆れたような顔」
「いやらしい話で盛り上がっていたんでしょ?」
「んなわけあるかああ。男に対する考えが少しおかしい」
「へえ。そうなの」
「そうだよ!」
いーっと口を横に伸ばし陽毬に向けるが、彼女は気にした様子もなく俺の手を握る。
ん、買い物袋?
「陽毬、それ?」
「300均ショップに寄って来たのよ。それで少し遅くなったわけ」
じゃーんと買い物袋を掲げる陽毬。
中には赤と青のプラスチックの板のようなものが入っている。
「折りたたみ椅子か。すまん、気がつかなくて」
「そのまま地面でもいいんだけど。こっちの方がいいでしょ」
「ありがとう」
「もっと褒めていいわよ」
「ありがとう」
ん。
陽毬にはああとため息をつかれた。なして?
「陽翔は女心が分かってないのお。それはそれで燃える
長十郎が余計な口を挟んで、大笑いしているじゃないか。
「じゃあ、昼間の続きをしましょうか」
赤色の折りたたみ椅子へ腰かけた陽毬が、立ったままの俺を見上げてくる。
座れってことね。
だけど、ここには長十郎もいるけどいいのかな。
戸惑っていたら、陽毬がポンと手を叩き口を開く。
「いいの。長十郎さんだって自分のことを話してくれたじゃない。だから」
「陽毬がいいのなら、俺は構わない」
「ええ。小学校四年の時のことよ」
陽毬が十歳の誕生日を迎えた二か月後、祖母は帰らぬ人となった。
脳出血でそのまま……だったから、昨日まで元気にしていた祖母が亡くなってしまったショックは彼女にとって計り知れない。
だけど、祖母は亡くなった翌日、縁側にいた。
変わらぬ暖かな笑顔を陽毬に向けて、座っていたのだ。
彼女は涙が止まらなかった。そんな彼女に祖母は微笑みだけを浮かべてじっと彼女のことを見ていてくれたのだそうだ。
それから毎晩彼女は祖母の姿を見に、縁側に通う。
祖母はいつも嫌がる顔一つせず、彼女を迎えいれてくれた。
会話を交わすことはできなかったけど、祖母の顔を見ているだけで彼女は癒された。自分の助けとなってくれた。
「でも、このままじゃあ、おばあちゃんは天国に逝けないと思ったわ」
「天国に逝っちゃうと、お祖母ちゃんと会えなくなってしまうじゃないか」
「それじゃあダメ。いつまでも甘えていたら。私のためにおばあちゃんは残ってくれたのよ。いつまでもおばあちゃんを縛っておくことなんて嫌だったわ」
「そっか」
「だけど、おばあちゃんがいてくれて。私はいろんなことをおばあちゃんに話をした。話ができた。会話は通じなかったけど、確かに伝わったと確信しているのよ」
「陽毬に聞こえないだけで、言葉は全部伝わっているよ」
「そうね」
文字通りの意味だったんだが、陽毬は知らないのかな。一方通行だが、霊は生きている人の言葉も聞こえるし姿も見えるってことを。
いや、今突っ込むのは野暮ってもんだ。
陽毬が小学校を卒業した日、彼女は祖母に「私はもう大丈夫だから、天国から見守っていておばあちゃん」と精一杯の笑顔で伝えた。
すると、祖母は暖かな笑みを浮かべたまま、搔き消えるように姿が薄くなり天に登って行ったらしい。
「私が一人で歩けるようになるまで、おばあちゃんはずっと私を見守っていてくれた。甘えているって分かっていてもそれがどれだけ嬉しかったか、支えになったか」
「だな」
「なんであなたが泣いているのよ。おかしい」
「陽毬だって」
泣いてなんかいないやい。
涙目になっているだけだ。陽毬なんてぽろぽろと涙まで流しているじゃないかよ。
「そ、そうだ。陽毬」
「誤魔化しに来たわね」
「う……無粋な質問だけど、お祖母ちゃんを憑依させることはできなかったのか?」
「その通りよ。たぶん、おばあちゃんが望まなかったんだと思う」
「そっか。陽毬のためになることじゃあないって思ったのかな」
「そうかも……しれないわね」
ふわりといい香りが俺の鼻孔をくすぐる。
陽毬が体を傾けたかと思うと、俺の肩に頭を乗せ顔を俺の肩へ擦り付けるように塞ぐ。
どうしていいものか迷ったけど、彼女をそっと抱き寄せ背中を優しくさする。
本当に陽毬のことだけ考えていてくれたんだな。
彼女は俺の胸に顔をうずめ、祖母のことを思い出しているようだった。
しばらくそうしていたら、落ち着いてきたようで彼女は自然と俺の体から自分の体を離す。
「ありがとう。陽翔」
「いや、こっちこそ」
「フェアじゃないと思ったのよ。あなたも長十郎さんも、自分のことをちゃんと話してくれたでしょ。だから私もって」
赤くした目で笑顔を作る陽毬。
なんて可愛い笑顔なんだって思った。俺も彼女みたいに真っ直ぐに生きて行きたい。
みんなすごいよなあ……俺も少しでも追いつけるようにならないとな!
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