第22話 おばあちゃん
なんてかんじであっという間にお昼になった。
購買に走る生徒たちをよそに、俺はゆっくりと通学鞄を開く。
お弁当最高だぜ。人並みに押されることもなく、買いに行く時間がない分、より多くの昼休憩が取れる。
「陽翔。お昼、そのまま食べる気?」
「ん?」
隣の席をくっつけようとする陽毬だったが、何かを思いついたように動きを止める。
「そうだ。校舎裏にベンチがあるのよ。そこで食べない?」
「構わないけど」
「そこだと生徒も殆どいないから、ゆっくり話ができるわ」
「おお。そいつはいいな」
「でしょでしょ」
陽毬はお友達と一緒にご飯を食べなくていいんだろうか。
という疑問が涌くが、今日のところは彼女に甘えるとしよう。
校舎裏には古池があって、その付近は生徒の数もまばらだった。
幸い、他の生徒と適度に距離がとることができる位置にベンチがあったからそこに座る。
「敷物とか持ってきたほうがいいかもしれないな」
「そうね。でも、地面にそのままでも私は構わないわよ」
「俺も気にする方じゃあないな」
陽毬が気にしないなら、特に準備も必要ないか。
「しっかし、この学校。初日からみっちり授業があるんだな……」
「夏休みがその分長いとか聞いたわ。まあいいじゃない。来てすぐ帰ると、何だか勿体ないし」
「それもそうか。始業式だけで帰宅なら、来なくてもいい気がするものな。それならいっそ休んだ方が生徒にも先生にも優しいよな」
「そうそう」
会話をしながら、お弁当の包みをしゅるしゅると外す。
「何かいいことあった?」
「ん? 思うところはあった」
自然と顔に出ていたのかな。
お箸を手に取り、ソーセージを突き刺す。
「どんなことだったの?」
「大したことじゃあないんだけど、生徒会長と男子生徒のことでさ」
「雨宮さんと……ええっと誰だったかしら」
「松井だったと思う」
「そ、そう。そんな名前」
人のことは言えないけど、クラスメイトの名前くらい覚えておけよ。
俺? 俺はまだその二人と陽毬の名前しか知らない。
「松井は凄いなと思ってさ。俺も頑張らないとってね」
「頑張らなくても、別に、私は……」
急にしおらしくなる陽毬だったが、何か勘違いしてないか?
「みんな頑張ってんだなと思ってさ。俺も自分の心に整理をつけたい。長十郎さんと牡丹さんに最高の景色を見せてやろうじゃないか」
「そ、そっちね。そうね。限界は今週末よ」
「あと二日か。分かった」
「焦る必要なんてないわよ。もう五百年近く長十郎さんたちは待ったのよ。今更、一年や二年伸びたところでそう変わらないわ」
「ありがとな」
珍しく焦った様子で俺をフォローしてくれる陽毬が愛おしくなって、つい彼女の頭の上に手を乗せてぽんぽんしてしまった。
しまったと思った時には既に遅く、慌てて手を離すも時すでに遅し……。
「も、もう。子供じゃないんだから」
「す、すまん」
「悪いと思ったなら、ちゃんと撫でなさいよ」
「え?」
「ほら」
「お、おう。ありがとな、陽毬」
「ゆっくりやればいいのよ。分かった?」
「うん」
何度も陽毬から釘を刺されているけど、どうしても、さあ。
心地よさそうに目を細める陽毬を見やり、「ごめんな」と心の中で謝罪する俺であった。
手を離すと、陽毬は余韻に浸るようにほうと息を吐く。
何だか妙に色っぽくて、目を逸らしてしまった。
「陽翔。私ね。『見える』てよかったって思ってる。あなたが言う『嫌悪感』のことは理解できるけど、どうしたらいいのかなんてことは力になれそうもないわ」
「いいって。これは俺個人の問題だ。もう陽毬は沢山の事を俺にしてくれたから。充分以上に力になってるって」
突然何を言いだすんだと思ったが、そんなことを悩んでいたのか。
陽毬は空になった弁当箱に目を落としたまま、言葉を続ける。
「あなたが話をしてくれたから。私も話したい。子供の頃のこと」
「うん」
「私ね。あなたと同じで物心ついたときから『見えた』の」
彼女もまた俺と同じで、幼い頃は実際に見えるものと「見える」ものの区別がついていなかった。
両親共働きの彼女の家庭には、面倒見のいい祖母が一緒に暮らしていたそうだ。
祖母は祖父を若い時に亡くし、女手一つで彼女の母を育ててくれた。
「おばあちゃんから聞いたんだけど、私が歩き始める頃に『見える』ことに気が付いていたって」
「うん」
陽毬の「見えること」に気が付いた祖母は、彼女が四歳になるころに彼女の頭を撫でながら「あの人も見えるのかい?」と聞いたそうだ。
「あの人?」と聞き返す陽毬に、祖母は祖父の写真を見せ「この人」と優し気に答えた。
すると、陽毬は「ううん。見えないよ」と祖母の暖かさに目を細めながら言う。
「『そうかいそうかい。あの人はちゃんと旅立ってくれたんだねえ』っておばあちゃんは言ったの。懐かしそうに目を瞑りながら」
「心配していたんだな。お祖母ちゃん」
「うん。私もそうじゃないかなって思う。おばあちゃんはおじいちゃんが自分が足かせになってちゃんと天国に逝けなかったのかと心配していた……んじゃないかって」
「とても優しいお祖母ちゃんだったんだな」
「ええ。お祖母ちゃんのことは、大好きだったわ。亡くなってからも」
幼心に大好きな祖母が嬉しそうにしてくれたことで、陽毬は「見える」ことに抵抗は無くなった。
祖母は彼女をうまく誘導してくれて、祖母以外には「見える」素振りをしなくなるようになる。
「でも、お母さんとお父さんにもこっそりと言っちゃった」
陽毬は彼女らしくない子供っぽい口調でペロリと小さく舌を出す。
「お祖母ちゃんも、それ分かってたんじゃない?」
「うん。そこもおばあちゃんが私の知らない間にうまくやっていてくれていたわ。後から知ったことだけどね」
「両親は何て?」
「お父さんは『先に旅立ったとしても、お前が結婚するまで父さんずっといるからな』って、嬉しそうに悔しそうに言っていたわね」
「あはは」
いい家族だな。
「見える」ことを家族一緒に楽し気に語る……か。
「それで、見えることが『支え』になったって言ってたのか」
「そうね。支えになったのはこの後よ。ここじゃあ何だし、また放課後にお堂の前でね」
「分かった」
計ったように昼休憩終了の鐘がなった。
一体、陽毬に何があったんだろう。少し、いや、かなり気になる。
◇◇◇
放課後になった途端に飛び出すように学校の外へ出て、陽毬と駅前で別れた。
すぐに制服から私服に着替えて、例の古びたお堂へ向かう。
「さすがにまだか」
ここは男子と女子の着替える速度の差だな。
服を脱ぎすて、適当に服を掴み着替えたし……。
「せっかくだし、先に長十郎さんのところへ行くか」
お堂の裏に行くが、杉の木のところに長十郎と隼丸の姿はもちろん見えない。
陽毬がいないからな。
「陽翔。今日は一人なのだな」
虚空から声だけが聞こえる。
「はい。もうすぐ陽毬が来ると思います」
「そうかそうか。お主らと語り合うことはほんに愉快でのお。参じてくれると嬉しいぞ」
声色だけで長十郎がいまどんな姿なのか何となく想像ができて、クスリとした。
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