第21話 伝説のマスターはいた
駅前の広場まで来ると、すぐに陽毬を発見した。
目立つ、目立つよ。陽毬さん。
両サイドに赤いリボンをあしらい、右の前髪を二本の小さなクリップで留めている。
可愛らしい姿が好きじゃあないと思っていたけど、やっぱり陽毬にはああいうのが似合うと思うんだよなあ。
ぼーっと彼女のことを眺めていたら、こちらに気が付いたのか顎だけを少しあげこちらにスタスタと歩いてくる。
両手を振るとかは無いと思っていたけど、不愛想過ぎないか?
あ、俺のためか。
駅から降りて来る制服姿には俺たちと同じ制服を着た人もちらほらいる。
「おはよう」
「お、おはよう。なんだか雰囲気が」
「だ、ダメかしら?」
「ううん。か、可愛いと思うよ」
「あなたが、綺麗より可愛いでもいいって言うから」
「お、おう」
俺はそっちのが似合うと思うけどなあ、なんて歯の浮いたセリフを言う事はできずまごまごしてしまった。
陽毬もバツが悪そうにそっぽを向いて俺の手を取ろうとし、手を引く。
「癖になってるわね。あなたといる時は手を繋ぎそうになるわ」
「お、俺もそうかも?」
「分かるわ。世界が広がるんだもの」
本当に嬉しそうに目を細める彼女を見ていると胸がチクリとした。
彼女にとって見えることは「支え」だと昨日言っていたよな。
対して、「見える」ようになった俺にあった感情は「戸惑い」だったんだ。
最初、ただ彼女と手を繋げるのが嬉しくてという邪な感情で手を繋いでいたことは否定しない。
今は、それだけじゃないと言い切れるけどな。
「またぼーっとして。行くわよ」
「へいへい」
そう言って振り向いた彼女の短いスカートの裾が揺れたことを俺は見逃さなかった。
小暮高校の制服はブレザーで、他の学校に比べてそう目立った違いはない。
女子のリボンの色は赤だし、男子のネクタイは青。たぶん、最も一般的な色なんじゃないかな。
制服自体の色も紺色だ。
捻りが無いのが逆に目立つかもしれない、とも思う。
陽毬は、特にスカートを短くしているってわけじゃなさそうだけど、膝上10センチくらいかなあ。
スカートと膝から伸びる滑らかで白磁のような肌のコントラストが。
「さっさと動く」
「へいへい」
「全く……変なところばっかり見て。私のを見ても面白くないでしょ」
「あ、いや」
陽毬はつーんと顎を上にあげて、通学鞄を俺に向ける。
「横に並びなさい。後ろにいたらまた見るでしょ」
「お、おう」
しばらく無言で横に並んで歩いているが、それほど他の生徒に注目されることもなかった。
「普通に歩いていれば、そう注目されることもないわよ」
「お、俺の心を読んだな」
「あなた、ちゃんとしたらそれなりにカッコよくなると思うんだけど、ワザと?」
「俺がカッコよくなるとかありえん。格好は少しワザとなところはあるな」
「へえ。どんな拘りがあるのかしら?」
「言ってもいいが、誰にも言うなよ」
「言わない。言わない」
「はーい」と右手をあげるが、信用ならないな……。
ま、いいか。
「目立たないように気を使っている」
「ほんとあなた。勿体ない方向には無駄に努力するのね」
「う、うるせえ。忍者マスターの道は遠いのだ」
「何それ。あはは」
忍者マスターが分からんとは、まだまだ、だな。
「ほら、陽翔。見るならああいう人を見なさい」
「ん?」
グッと心の中で忍者マスターへの道を誓っていたら、出し抜けに陽毬が指をさす。
ほ、ほう。
確かに陽毬が言うだけのことはある。
真っ直ぐで艶のある黒髪を長く伸ばし、首の下あたりで黒髪をまとめている。
切れ長で長い睫毛、透き通った肌から伸びるスラリとした体躯。
涼やかな口元にすっと通った鼻……怜悧な美少女で凛とした雰囲気まで備えていた。
学校一の美少女、女子からも好かれそうな。無表情なのがあれだが、それがまたいいと言われるんだろうなあ。
「陽毬が言うだけあるな。テレビじゃなく学校で、あんな綺麗な子を見たのは初めてかもしれない」
「でしょでしょ」
でも。
「俺は綺麗より可愛いのがいいな……」
ボソっととんでもないことを口走ってしまった。
「な、何よそれ。慰めてくれてんの?」
「い、いや。あ、ほら」
件の美少女が零れ落ちんばかりの笑顔で、手を振っている。
へえ。あんな顔もするんだな。少し意外だった。
でも、俺が陽毬の気を逸らそうとしたのは彼女じゃあない。
手を振る彼女に申し訳なさそうに頭をかいて、近寄って来る冴えない男子生徒に目を向けたんだ。
彼はなんというか、同類の匂いがする。
いや、俺なんて足元にも及ばない忍者スキルを持っているんじゃなかろうか。
あの、完全無欠なぼっち感。俺には分かる。
彼のレベルは……カンストしていると。
別の意味で戦慄していたら、陽毬が一言ばっさりと。
「学校の七不思議よね。ファンクラブまである生徒会長がまさかあんな子とねえ」
「え?」
陽毬の言う通り、美少女は愛おしそうに冴えない彼の手を取り彼だけに満面の笑みを向けている。
ま、マジか。
彼は……ぼっちの中のぼっち。それは間違いない。あのオーラ。只者じゃあないぞ。
きっと彼は授業中に別人格なんか作って脳内で楽しめる神の域にまで到達している……と俺は見ている。
「ほら、さっさと入るわよ」
「おう」
他の生徒たちは美少女と冴えない男子生徒に注目していたから、俺たちは見られることもなく校内に入ることができた。
◇◇◇
「は、はじめまして。
若い女の先生に紹介され、ペコリと頭を下げる。
どんな奇跡か陽毬と同じクラスになったんだよ! 彼女の隣だったらいいなあと思っていたら、彼女の隣は空いている……いや、空いてない。
な、なんたるぼっちスキルだ。陽毬の隣の席は、あの忍者マスターが座っていた。
や、やはり俺の目に狂いはなかったぜ。あの人、とんでもねえステルスだ。
パチリと片目を瞑る陽毬に目で合図を送るが、空いている席は、いやワザと空けた席はあの美少女の隣だった。
やり辛いな……。
「よろしくね。日向くん」
「よろしく。えっと」
「
「ありがとう」
ペコリと頭を下げ、席に座る。
それにしても近くで見ると本当に綺麗だな。この子。
この子があのぼっちくんとなあ。何がどうなってそうなったのかマジで謎過ぎるけど、何だか勇気をもらった気がする。
俺だって、手を繋いで陽毬と歩いていることに引け目なんて感じなくていい、そう思わせてくれた。
いや、彼のことに対し上から目線で変な事を考えているとかそんなんじゃないんだ。
むしろ、俺はぼっちマスターの彼のことを尊敬する。(ぼっちスキルのことじゃないぞ。いや、それはそれであの域にまで達したことに敬意を払うが……)
自分が好きだと思った相手にちゃんと想いを伝え、それがどれだけ自分と正反対な人だろうと押し通す。
こんなのなかなかできることじゃないって。
眠くなる教科書の読み上げが続いているが、ふと彼の方へ目をやる。
後ろの席だから相当困難だが、これで気が付かれるような俺じゃあない。
「な。何……」
「日向くん?」
や、やべえ。俺としたことが声を出してしまった。
おかげで先生に名前を呼ばれてしまったよ。
「い、いえ。何でもないです。先生の発音がとても美しくて」
「じゃあ、寝ないで聞いてくれるかな?」
「は、はい」
こ、この先生、なかなか手強いぜ。
ふうと胸を撫でおろす。
あ、あのぼっちマスター。一人ですごろくやってたぞ……戦慄した。
駒が四つ。あ、あれは俺とて真似できない超高レベル。
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