第20話 高校の所在地
昼食後、長十郎の元へ戻りあれやこれやと試してみるが上手く行かなかった。
ずっと積み上げてきた声に対する嫌悪感は一朝一夕では拭えるものではないってことか。そう甘くはないよな。
翌日も朝から妹に弄られながら外出し、陽毬と一緒に長十郎の元へ。
座禅を組んで精神統一してみたりしたけど、結果は散々たるものだった。
そして、昨日と同じファーストフード店にて。
「だあああ」
テーブルの上にぐたあと突っ伏す。
「気負い過ぎなのよ」
陽毬はふうと可愛らしく息を吐き、首をかしげおどけてみせる。
フワリ――。
俺の髪の毛に彼女の小さな細い指先が触れる。
そのままくしゃりとされ、頬が熱くなると共に包み込まれるような安心感に満たされて行く。
「急がば回れよ。人間、誰しも苦手なことだってあるわよ」
「ありがとな」
「な、何よ。急にしおらしくなって。私ね。あなたと違って、見えることが『支え』だったのよ。だから、あなたみたいに受け入れるよう努力するなんてことは一切していないの」
「自然と受け入れることができるのはいいことじゃないか」
「でもね、苦労しているあなたを見ていると、何だか私だけズルをしているみたいじゃない?」
「そんなことないさ」
「だから、私も挑戦してやるわよ。これでおあいこ。私もやってみる。だから、あなたもやりなさい」
「あはは。そこまでしなくていいって」
「も、もう」
「ちなみに何をしようとしていたんだ?」
「これよ」
蓋を開けたカップを指さす陽毬。中には熱々のホットコーヒーが並々と入っている。
「いやそれ、努力してもどうにもなるもんじゃあないだろ」
「そ、そんなことないわよ。私だって、やればできる……んだから」
子供っぽくふくれっ面になる彼女が可愛くて仕方ない。
「何よ。その父性溢れる目は」
「気のせいだって。頑張らなきゃなって思ったんだよ」
「だから、気負わないでって言ってるでしょ」
陽毬は再び俺の頭を撫でる。
あああ。落ち着くうう。
「大丈夫。もし、長十郎さんを憑依させることができなくても、牡丹さんと会ってもらうことはできるから」
「それじゃあダメだ。二人には桜の木の下で会ってもらいたいんだよ」
「私だってそうよ。でもリミットは後七日よ。そこは分かってる?」
「来年になると俺たちも高校生じゃあなくなるからな。今、毎日会えるこの時に何とかしたい」
「そういうこと。明日から学校だし、一日中付きっきりってわけにはいかなくなるわ」
「そうだったあああ」
がばああっと顔をあげ、頭を抱える。
な、何の準備もしてませんがな。
「そこまで焦ることはないんじゃない? まさか学校の場所が分からないとか?」
「……」
「え? 本気で言ってる?」
「……場所も制服の準備もまだだ。制服は家にあるけど、一回も着ていない」
「今日はちゃんと準備をすること。学校の場所は調べ……ううん、駅前で待ち合わせしましょ」
「念のため確認だけど、手を繋いで登校はしないよな?」
「あ、当たり前でしょ!」
何言ってんだこいつって目で見られても困る。陽毬ならやりかねんと思ったんだよ。
俺は構わないけど、彼女は困るだろ。
いや、訂正。俺もちょっと困ってしまう。
こんな可愛い子と転校初日に手を繋いで登校なんてしてみろ、要らぬ注目を浴びる。
彼女のファンとかの目も怖いしさ……。余計なトラブルは避けたい。
学校とは潜む場所なのだ。忍者のように、気配を消して。
「べ、別に私はいいんだけど、あなたが困るでしょ。そ、その転校初日だし」
「い、いいのか……」
「だから、あなたが困るって言ってるでしょ! だから、ダメよ」
「あ、う、うん」
しまったと手で口を塞いでいるが、首元まで真っ赤になってんぞ。
彼女の好奇心は凄まじいな。学校や通学路で何か「見えて」いるのかもしれん。
「そ、そろそろ今日は帰ろうか」
「学校の準備もしなきゃだしね」
「陽毬は既に終わってんだろ?」
「もちろんよ。あなたが準備する時間のことよ」
「へいへい」
二人揃って階下に移動し入り口の自動ドアをくぐろうとしたころ、彼女が注文カウンターに戻る。
何を思ったのかホットコーヒーを頼んでいたが、彼女にお金を握らせた。
彼女は「何?」って猫のような瞳で俺を見上げたけど、にやっと親指を立て店員さんからカップを受け取る。
「気負わずに、だろ?」
「気障っぽく言っても似合わないわよ」
なんていいながらも、彼女の頬に朱が指す。
俺のイケメン行動にグッときたのか、ふふふ。
「あなたはぬぼおっとしている方が落ち着くわ」
なんてカウンターをしてくるものだから、こっちがドキっとしたよ。
「ま、まあ。ぼおっとしていることは否定しない」
「自然体でいるのが一番よ。私もそうだしね」
「そうだな。それがいい」
「でしょ」
「おう!」
頷きあい、手を繋いだまま自動ドアをくぐる。
カップを持つ手が熱すぎて持ち替えたかったけど、彼女の手を離したくなかったからそのまま我慢することにしたんだ。
◇◇◇
あ、あああああ。ネクタイがネクタイが。
まあいい。
こう崩していた方がいいはずだ。うん。洗面台の前で何度かネクタイを結び直したがしっくりこない。
ネクタイなんてもんは装着してりゃあ指導も入らないだろ。
「お兄ちゃんー!」
「おー。いま行くー」
妹が呼ぶってことは、結構ギリギリな時間になっているってことか。
ダイニングテーブルに戻ると既に食事を終えた妹がシンクに空になった皿を置いているところだった。
両親は既に出た後かあ。二人とも朝早いからな。
地方に来たら通勤時間が短くなって、父の出る時間も遅くなるかと思いきやそうじゃなかった。
母は朝からパートをはじめたので、出るのが一番早い。戻りも一番早いけど。
「妹よ。準備は万端か?」
「もちろん。お兄ちゃんとは違うのだよ。ふっふーん」
うむ。髪の毛もバッチリ決まっていて、サラサラヘアには跳ねた髪も見当たらなかった。
素晴らしいな。
俺? 俺はぼさぼさしてる。
いいんだよ。俺だし。
あんまりちゃんとし過ぎないことが肝要だ。忍者たるもの、目立たぬようせねばならぬからな。
「鍵は俺が締めとくよ。先行っちゃって大丈夫だぞ」
「お兄ちゃん、大丈夫って……本当に大丈夫?」
「忘れ物はないはずだ」
「高校の場所とか分かる? お兄ちゃんのことだから……」
ドキッとした。
実は分かってませんでしたーなんてことは言わず、おもむろにスマートフォンを机の上にでーんと置く。
「こいつがあるから問題ないのだよ。は、はははは」
「地図情報見ても迷うのが兄である」
「待てこらあ」
ペロっと舌を出し、左手をフリフリしながら妹はそそくさと去って行った。
すぐに扉が開く音がして、彼女が出て行ったことが分かる。
「ほんとにもう」
まあ、陽毬と一緒に登校することはバレてなかったから良しとしよう。
――ブーブー。
安心した時、スマートフォンが震える。
『陽毬さんに案内してもらうといいよー』
妹からだった。
こ、こいつ……鋭い。
さああっと血の気が引くが、首を左右にブンブン振り食パンをもしゃりと口に突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます