第19話 弱点克服
「長十郎さん、手を」
「ほう」
開いた方の手を前に差し出す陽毬に感心したような息を漏らす長十郎。
彼は彼女の態度から何かを感じ取ったようだ。
肩眉をあげ、彼にしては挑戦的というか何というか今までと違い少し覇気があると言えばいいのか。
「その笑み、久しく忘れておったぞ。挑まれるような、心地よいものだな」
「そんなつもりはなかったんですけど……」
といいつつ、陽毬は長十郎から差し出された手に自分の手を重ねる。
しかし、期待とは裏腹に陽毬と長十郎の手は重なることがなかった。
「うーん。ダメみたい」
「そうかそうか。これもまた一興」
落ち込む陽毬に対し、長十郎は扇子を扇ぐように右手を振る。
ぐうう――。
「ご、ごめん」
「ははは。生きておればこそよ」
こんな時に腹の虫がなるなんて、我ながらタイミングが最悪だ。
長十郎には大うけなんだけどさ……背を逸らしてまで大笑いしなくてもいいのにい。
「陽翔。お昼にしましょっか」
「そうだな。うん」
◇◇◇
長十郎と別れ、富丸商店横のファーストフード店まで足を伸ばす。
「はああ」
「さっきから、食べるかため息をつくのかどっちかにしなさいよ」
「そうだな。食べる」
ダブルチーズバーガーをもしゃりもしゃりと食べるも、長十郎との先ほどのやり取りを思い出すたびにため息が出てしまう。
「はああ」
「ほらまた」
「そういう陽毬も、さっきからふーふーし過ぎだろ」
「だって熱いもの」
両手でカップを握り、カップの蓋を開けてずっと息を吹きかけているんだよな。
俺とは違って、陽毬はとっくに食事を終えてるけどさ。
「すまん。俺が」
「長十郎さんは憑依できないタイプなのかもしれないわね。でも、別の手段を探せば」
「俺に気を使ってくれて、ありがとう」
「そ、そんなことないわよ。間違ったことを言っているわけじゃないでしょ」
うううとたじろく陽毬だったが、俺の目を真っ直ぐに見ようとしない。
目だけ俺から逸らしているんだ。
全く、彼女は分かりやすいな。
陽毬に牡丹が憑依できて、長十郎が憑依できなかった理由はずばり性差で間違いない。
霊は憑依できる。
もちろん誰だってというわけではない。
霊感がある人とでも表現すればいいのか……「見えたり」、「聞こえたり」、「その両方ができる」人が願い、霊もまた願えば憑依でるってことだ。
陽毬は異性という緊張感から失敗したと言っていたけど、俺とその……まあそれはいい。とにかく彼女は再挑戦しても上手くいかなかった。
そのことから、同性でないといけないことは確定と見ていい。
「霊を憑依させるに、条件は二つ。受け入れることと同性であること」
「いつもぼーっとしているのに、こういうところだけは鋭いんだから。他の手段があるかもしれないってさっきから言ってるでしょ」
「あるかもしれない。だけど、可能性は極めて低いと思うんだ。陽毬に出来ていて、俺には足りないものは明確だろ?」
「もう、分かっているわよ。だけど、あなたのこう……」
言葉を濁す陽毬に、くすりと口元が上がる。
彼女は言葉はきついところもあるし、何でもハッキリとズバズバくるけど、思いやりのある優しい子なんだと改めて思う。
「何よ」
ぶううと膨れつつ陽毬はようやくホットコーヒーに口をつける。
だけどまだ熱かったのか、眉をひそめすぐに口からカップを離す。
「いや、何でも」
「わ、私が弄るのはいいけど、弄られるのは少し癪だわ」
「な、なんちゅう無茶なことを」
「べ、別にいいじゃない。うじうじ悩まなくなってから偉そうなことを言いなさい」
あはは。
コロコロ変わる彼女の表情を見ていたら、さっきまでのずううんとした気持ちが和らいだ。
そうだな。彼女になら、いや、彼女にこそ聞いて欲しい。
「トラウマなんだ。俺にとって『声』ってのは」
ピタリと彼女の動きがとまった。
彼女は急に真剣な顔になって俺を真っ直ぐに見つめる。
「いいの? 私に?」
「うん。陽毬に。陽毬だから聞いて欲しい」
「そ、その言い方……て、天然って怖いわ……」
な、何だよ。
誰にも声に対する俺の気持ちなんて話をしたことないんだぞ。
耳まで真っ赤にして顔を逸らすことないじゃないか。恥ずかしいのは俺の方だってば。
自分のこっぱずかしい過去を語るのだから。
「俺にとって声は、『面倒』だった。ただひたすら煩わしいものだったんだ」
語り始めると止まらなかった。
「子供の時、物心つく前から、俺は虚空に向かって聞こえた音に反応していた。時に虫の声、時には家畜や鳥のさえずり……」
これまで思っていたことを全てぶちまけるように、バラバラに語られる俺の話に陽毬はコクリと時折頷きを返してくれる。
赤ん坊の時のことは覚えていない。だけど、覚えている一番古い記憶は、牛の鳴き声に導かれトブにハマったことだ。
母さんはフラフラと歩きだした俺を止めようとしてくれたみたいだけど、間に合わなかった。
次は、突然耳元に舞い込んだカエルの低い鳴き声だ。驚いて飛びのいた俺は、あと一歩で車にぶつかるところだった。
両親は俺がいるはずのないモノの声が聞こえていることは何となく察してくれていたのかもしれない。
だけど、俺はハッキリと両親にこのことを告げることはなかった。いや、自分以外には「聞こえない」ことを知る前には、何度か両親に「あそこから音が聞こえる」ってことは言っていたと思う。
随分と心配をかけた。両親は特異な俺に対しても愛情を注いでくれ、妹も俺を奇異の目で見ることなんてなかった。
「俺のためにいっぱい心配をかけた。たくさんの時間を費やしてくれた。嬉しかったさ。でも、『普通』だったらどれほどよかったかって思って」
「うん」
「それが我がままだって分かってる。だけど、そう思ってしまうんだよ」
「優しい人なんだね。陽翔は」
陽毬は慈愛のこもった笑顔を浮かべ、俺の手を両手で握る。
「だけどさ、陽毬に会って、初めて人の声と聞き、姿を見て、変わったんだ。少しづつだけど」
そう。変わったんだ。
長十郎の話を聞いて。彼が笑ってくれて。牡丹にも会って、彼女も儚いながらも微笑みを浮かべてくれて。
彼らが嬉しそうにしているのが嬉しかったんじゃない。
俺は救われた。救われたと思ったんだ。
煩わしい、蛇足だと思っていた「聞こえる」ことで、亡霊とはいえ誰かの笑顔を作り出せることに。
聞こえることが陽毬から必要とされ、報われた気がした。
「私は陽翔。あなたに出会えて良かった。嬉しかったわよ」
「お、おう」
身を乗り出して顔を寄せてくるものだから、思わず目を逸らしてしまった。
「同じ人がいたんだ。私は一人じゃないって思えた。それだけじゃなかったし、ね」
「それって?」
「前も言ったでしょ。私があなたに惹かれたきっかけは、「聞こえる」ことだった。だけど、それだけじゃあ、今も一緒に行動していないわよ」
体の位置を元に戻し、腕を組んでつーんとそっぽを向く陽毬。
「だからさ。俺は長十郎さんを受け入れたい。他の方法じゃあなくて、このやり方でやりたいんだ」
「分かったわ。やってみなさい。期待しないで待ってるわ」
「そこは期待してる、応援するとか言ってくれよ」
「嫌よ。あなたは褒めると伸びないわ」
「そんなことないって!」
あははと笑いあう。
何とかしてみせるさ。
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